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9/12

03:30 AM 幽霊は君のとなりに

 オウルマンと遭遇した廊下を抜けると、後はそれ以上の何かがおこることはなかった。


「……。」


 不気味だ。

 前を行くイナリの背中を追っていると、どうしてもそう感じてしまう。


 ここはボスエネミーが生み出した特殊エリアだ。プレイヤーを妨害するギミックがあれだけだとは思えない。

 だが、時おり立ち止まりながら、一方で決して迷う様子のないイナリの後に続いていると、館はまるで本当に死んでしまったかのように静かなままだ。


「ああ、」


 突然、イナリが振り向かずに言った。


「そこの方は歩かない方がいい。そっち……壁によって。」


 不気味さを感じるもうひとつの要因はこれだ。


 彼は時おりこうやって、細かく指示を出してくる。

 まるで、そこに何かがあることを知っているかのようにだ。


「何かあるんですか?」


「……さあ」


 尋ねてもそんな曖昧な返事が返ってくるばかりで、明らかに誤魔化している。


 何かを隠していることは間違いないが、それが何なのか検討もつかない。


 やはり、この男は信用できない。


 森のなかで遭遇したときから、ずっと不信感が拭えない。


 一人勝手に離れていったのも、あの訳のわからない『運営』を名乗る男も、そして自分と一緒にここへ飛び込んできたこともそうだ。


 この男は普通じゃない。何かがおかしい。


「俺がおかしいのは認めるよ。」


 見透かしたような言葉に、思わず足を止めてしまった。


 ちょうど彼の目的地にも到着したらしい。イナリは大きな扉を前に立ち止まっている。


「今さら嘘ついても信じてくれなさそうだし、そもそも俺嘘得意じゃないし」

「じゃあ、何なんですかあなたは。」


 イナリは考え込むように黙る。


「……俺の言う通り動けるっていうならここから出してあげられるかもしれないけど」

「またそうやって誤魔化す。それを信じろって言うんですか?……冗談でじゃないですよ。」


 嘲るように言うと、イナリは深い溜め息をついた。


「じゃあ俺にもどうしようもないや」


 話は終わりと言わんばかりに腰を回すと、目の前の扉をじっくりと観察し始めた。


 位置的には館の中心部。館の間取りはランダムで決定されるが、ここだけは固定になっている。礼拝堂と銘打たれており、ここにはボスエネミーが配置されている。


 ここがどんな部屋であるのかは、イナリも理解しているらしい。

 今までは不用心ともとれるようなペースで進んでいた足がぴたりと止まっている。


 それもその筈だ。

 ボスエネミーにも強い弱いの差はあるが、最低でもプレイヤー10人規模のスクワッドでも組まなければ、とてもではないが太刀打ちできない。


 イナリは黙って、ただじっくりと重い扉を見つめている。まるでその向こう側を透かして覗きこんでいるかのようだ。


「……入らないんですか」


 尋ねると、返事に大分時間がかかった。


「……いや。」


 また暫く空けると、答えも返さないうちから尋ねてきた。


「……ボスって、1回殺しても死なないの?」

「え」


 確かに、その様な演出の入るボスエネミーは多い。

 特に、人型のボスエネミーにはその傾向が強く見られる。


「一定量LPを削ると、そこでカウントが一旦止まって行動パターンやステータスが変化する奴ならたくさんいますけど。……まあ要は、何回か倒さないと死なない奴とか。」

「……ああ、そう。」


 それだけ頷くと、イナリは扉に手をかけた。


「じゃあ、まずは1回俺が殺すから。2回目からは援護だけおねがい。」


「はい?」


 聞き返す間もなく、イナリが扉を開け放った。






 豪華な天井画や装飾の施された広間に、いくつもの長椅子が並べられ、その周りを大理石のような質感の柱が囲んでいる。埃や蜘蛛の巣にまみれた他の部屋とは異なり、ここだけはまるで時が止まっていたかのようだ。

 燭台や吊られたシャンデリアには小さな火が灯り、部屋中の磨き上げられた装飾を黄金に輝かせている。


「少し待ってて。合図する。」


 祭壇まで真っ直ぐに延びる長い絨毯を踏み、イナリが礼拝堂へと入っていく。

 祭壇までの凡そ中腹に至ったところで、変化は起こった。


 入り口から祭壇に向けて吹き込む怪しげな風が、部屋を照らす灯りを次々と消していく。


 最後の灯りが揺らぎ、そして消えると、辺りの神々しさは一変し暗闇へと飲まれた。

 天窓から降り注ぐ青い月の光が、祭壇を冷たく照らしている。


 次の瞬間、月光が鋭く閃き、イナリの足下に二本のナイフが突き刺さった。


 イナリは動じることなくそれを見下ろし、邪魔だと言わんばかりに爪先で横へと除ける。


 これはボス登場の演出だ。先頭の一人の足下にナイフが刺さるが、決して当たることはない。

 だとすれば、それを知っていての反応なのだろうか。


 いや、それほどやりこんでいるのなら「ボスは1回では殺せないのか」という質問などしてこないはずだ。



 その時、月光に照らされた祭壇に銀色の影が舞降りてきた。


 全長2メートル。銀の仮面と、銀色の翼をマントのように身にまとっている。

 月光を鋭く照り返す翼は、羽根の一枚一枚が鋭利な刃物になっている。


 人型ボスエネミー、オウルマンの上位種『クラウンオウル』だ。


 低い声で短く鳴くと、ボスエネミーはイナリに向けて大きく羽ばたいた。


 クラウンオウルの固定行動のひとつ、初手の羽ばたき攻撃だ。あれを正面から受けてはならない。


「よけろ」と叫ぼうとしたが、その頃には遅く、無数の羽根の刃が放たれていた。


 もはやお仕舞いだ。


 あの羽根は弾丸と比べると速度には劣るが、それでも軌道が複雑で、弾道も表示されない。

 ダメージは小口径ライフル弾並み。ヒットすると羽根が突き刺さり、被弾箇所に確定で『鈍化』を発生させる。『鈍化』は刺さった羽根を抜くことで解消できるが、その際には追加ダメージが発生し、高確率で『出血』のデバフが伴う。


 そうでなくとも、正面から受ければ死は免れない。


 だがその時、イナリはとんでもない行動に出た。


 ナイフを片手に踏み出すと、飛来する羽根の弾幕に正面から突っ込んだのだ。

 そのままナイフの刃先で羽根を弾きながら、体を捻るようにしてそれを潜り抜けた。


 的を外した無数の羽根が、その背後の椅子や壁に突き刺さる。


「よい……しょッ」


 そのまま弾丸のようなスピードで祭壇へと踏み込むと、初手の攻撃モーションを終えて上空に飛び上がろうとするボスエネミーへ飛びかかった。


 降り下ろしたナイフが刃の鎧の隙間を抜け、ボスエネミーの体を切り裂く。

 空中でバランスを崩したボスエネミーの体を掴み、そのまま揉み合うように祭壇へと落下する。


「いたい……いたい……いたい、から……ッ」


 振り払われる前にインベントリへと手を突っ込むと、極端に短いショットガンを引きずり出した。


 レミントンM870のようだが、銃身も銃床もその面影が見られないほどに切り詰められている。


 ナイフを敵の体に残したままそれを構え、至近距離で散弾を撃ち込む。

 暴れ出したボスエネミーを足で踏み、ポンプアクションでプラスチックの薬莢を弾き出しながら更に三発を撃ち込んだ。


 ボスエネミーの悲鳴が響き渡り、刃の羽根に覆われた体が祭壇に沈んだ。


「いたたた」


 ショットガンもやはりその場に放棄し、刺さったままの自前のナイフを抜きながら距離をとる。


「1回目は死んだ。もう1回。」


 ボスから離れながら、手を振って合図を出している。


 その体には幾つもの細い切り傷がついており、所々あの鋭い羽根も突き刺さっている。


「あんなの掴んだから、たくさん刺さった……いたい」


 刺さった羽根を一本一本引き抜き、LP回復薬の注射を撃ちながらぼそぼそと呟いている。


 第一段階とはいえ、ボスエネミーを意図も容易くねじ伏せる。

 まるで実感のわかない光景だった。


「少しインチキしただけ」


 それもやはり見てとられたらしく、イナリが言う。


「次こそ危ないかもだよ」


「気を引き締めろ」と言いたいのか。


 無論、ここまで来たら付き合う他ない。

 こんな場所で死ぬのは御免だ。


 SG550を握り締めると、再び不気味な風が吹き始めた。

 祭壇の上で事切れていたクラウンオウルが起き上がり、再び宙へと舞い上がる。


 イナリが背を向けたまま言う。


「セトくんは適当に隠れながらでいいから」


「……言われなくても」


 柱の影に半身を預けながら、爪先でその質感を確かめる。見た目通り頑丈そうだ。これで攻撃はしのげるだろう。


 低い声で鳴いたボスエネミーが、翼を大きく広げる。

 第二ラウンド突入だ。


 第二段階に入ると、クラウンオウルは瞬間移動を使う。


 羽ばたきにより羽根を飛ばす攻撃からの瞬間移動だ。それを複数回繰り返し、四回目の瞬間移動で上空で翼を広げ、突風攻撃。もしくは五回目で急降下からの突進攻撃。

 これをワンセットとし、基本的にはこの行動を繰り返す。


 特に突進攻撃は強力で、翼を鎧にしながらの攻撃のためこちらからの攻撃をほとんど通さず、プレイヤーが接触すると大ダメージとなる。

 遮蔽物に隠れていると突進攻撃に派生しにくいので、遮蔽物に隠れながらの攻撃が一般的な攻略法だ。


 こちらからの攻撃タイミングは突風攻撃を行う直前、鎧となっている翼を大きく広げた瞬間だ。

 上手く決まれば体勢を崩し降下してくるので、そこへ更に追い討ちをかけることができる。


 この戦法をイナリと共有できるかは不安だが、賭けるしかないだろう。


「じゃあ、よろしく」


 イナリが言うのと同時に、クラウンオウルの瞬間移動が始まった。


 咄嗟に柱へ身を隠す。

 この羽根は軌道が複雑なため、物陰に隠れていてもヒットする可能性がある。油断はできない。


 しかし、一波目を凌いで敵の位置を確認しようと顔を出したところで、思わず目を疑った。


 イナリが、まだ礼拝堂のど真ん中に突っ立っている。


「イナリさん!!」


 聞こえていないのか、それても無視しているのか、彼はインベントリから何か今までの物とは違う銃を取り出そうとしている。


 長い銃身と、重厚な機関部。

 見間違うことはない、対物ライフルだ。


 ゲパードGM6 Lynx


 コンパクトなブルパップ式だが、その重量や反動はやはり上空を飛び回る相手に向けるような物ではない。


 上空でボスエネミーが二度目の攻撃モーションに入っている。

 あんなものを抱えたままでは、今度こそ回避は困難だろう。


 だが、その前に銃口が爆音を放った。


 同時に上空から激しい金属音が轟き、幾枚もの羽根が飛び散った。


「……ッ!?」


 硬い羽根の鎧に大口径の弾丸がめり込み、その一部を破壊したのだ。

 ボスエネミーは翼を固める防御体勢をとり、攻撃を中断。


「硬い……」


 イナリは呟くようにこぼし、10キロ以上の重量をものともしない様子で再び引き金を引く。


 ロングリコイルによるバレルの後退と、吐き出される長い薬莢。


 上空では弾丸と鉄壁の刃の鎧が衝突し、火花と轟音を放つ。


「……おちろ……てば」


 しかし、ボスエネミーは羽根を固めた体勢のまま上空で止まっている。


 そして、最大装填数の五発を撃ち尽くした。


「あぁ」


「イナリさん!!」


 クラウンオウルが急降下の体勢に入る。突進攻撃のサインだ。

 瞬間ダメージ量は即死レベル。

 あれを真正面から受けたら、流石の彼でもひとたまりもないだろう。


 援護に入ろうと柱から飛び出しSG550を構える。


 しかし、引き金に指をかける前に加速を終えたクラウンオウルがイナリに突っ込んだのだ。


 巻き込まれた長椅子が木片と化して飛び散る。


「イナリさーん!!」



「びっくりした……」


 そんな声が聞こえたのは、なんと頭上からだった。

 尻餅を着くようにして見上げると、対物ライフルを片手に携えたまま天井に太い鎖で吊られたシャンデリアにぶら下がっている。

 攻撃が掠めたのか、左足にダメージ演出の光が散っているが、それ以外は無事のようだ。


 いつの間にあんな場所に移動したのか。


 イナリは両足で弾みをつけながらシャンデリアに飛び乗ると、対物ライフルのリロードを終えて、突進攻撃のモーションを終えたばかりのボスエネミーに向ける。

 片手で保持したままの射撃で地上付近の標的には命中しなかったが、その気を惹くには十分だった。


 ボスエネミーが大きく羽ばたき、シャンデリアに向けて突進を始める。


「……ほらきた」


 イナリがそう呟くのが聞こえた気がした。


 突進攻撃が再開する中、対物ライフルを天井に向けて撃つ。放たれた弾丸は太い鎖を砕き、支えを失った超重量のシャンデリアが落下を始めた。


「おっとと……」


 バランスを崩したのか、それとも意図的にか、素早く落下するシャンデリアから飛び退くと、その直後にボスエネミーがそれに衝突した。


 重厚な金属のフレームで組まれたシャンデリア。ボスエネミーはその重量に敵わず、巻き込まれるように地面へと叩きつけられた。

 周りの長椅子が砕け散り、床に蜘蛛の巣のような罅が走る。


 一拍おいて、降りてきたイナリが猫のような身のこなしで着地する。


「ここまでしたし……死んだよね、たぶん」


 巨大なシャンデリアの下敷きになったクラウンオウルをちらりと振り返り、イナリが首を傾げる。


「……。」


 もはや言葉がでない。

 本来のクラウンオウルの攻略法とはかけ離れすぎている。


「ていうか、援護頼んだのに動かないんだね」

「それは……」


 やや突き刺すような一言に、思わず後ずさる。


 いや、そもそもあんな正攻法とはかけ離れた戦法に付き合える訳がない。

 だいたい、自分から進んでボスのパターン行動を乱すなんて、本来なら自殺行為に他ならない。


「……まあいいや、終わったし。」


 対物ライフルをインベントリに仕舞うと、ちょうどシャンデリアに伸されたボスエネミーの上に、真っ赤な結晶が浮かび上がってきた。


 あれがフラッグだ。

 砕くことで、撤退封印は解除される。

 つまり、出口の門が開くのだ。


 早く終わりにしよう。


 そう思った矢先。



 床を砕いていたシャンデリアが、がらりと言った。

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