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8/12

03:00 AM 暗闇

「広いね。」


 そんな声が、かび臭い静寂の中にこんこんと響く。


 舘の扉を解錠すると、まず現れたのは広いエントランスホールだった。


 天井に吊られたシャンデリアからは蜘蛛の巣が垂れ下がり、埃の積もった絨毯は暗がりの中でくすんで見える。


 礼服で着飾った屋敷の主と思われる男の肖像画が壁にかかっている。だとすると、そのとなりかけられた美しい女性は若い頃の妻か、それとも娘か。

 何れにしても不気味だ。


 そんな風に辺りを見回していると、背後で扉の閉じる音がした。


「はぁ」


 意図せずため息がもれる。

 たぶん、あれはもう開かない。

 一度踏み出した手前、後戻りする気はなかったが、それでもこの閉塞感は堪える。


 一方となりの方は相変わらずだ。


「……。」


 辺りを見回し、片手に摘まむように持ったナイフであちこちつついている。


「ここにはなにもいない」


 しばらくすると、にべもなくそう言った。


「どうしてわかるんですか」

「……。」


 イナリは再び黙る。

 なにか考えるように目を細めたが、すぐにぼそりと答えた。


「おしえない。」

「は?」

「おしえない。」


 それだけ繰り返して、屋敷の奥へと進んでいってしまった。


「……おしえないって……」


 どうやら自分を待ってはくれるつもりはないらしい。

 置いていかれては堪らない。言いたいことは山ほどあるが、黙って追うしかないだろう。


「あの……どこに何があるかわからないんですから、もう少し慎重に……!」


 すぐに目の前から消えようとする背中を追うと、月の光が差し込む長い廊下に出た。


「……わかってる」


 イナリが指先に揺らすナイフの刃が月明かりを照り返し、暗がりで幽霊のように踊っている。ふらふらとした足取りは、まるでその幽霊と手をつないで歩いているようにも見えた。


「……うん、わかってる」


「イナリさん……?」


 足を踏み出した瞬間、その手の中の光が翻った。


「ストップ」


「……!?」


 ナイフを指揮棒のようにして制止をかけると、イナリは目を細めて辺りを見回す。


「あ」


 次の瞬間だった。


 イナリが通路の先へと振り替えると同時に、天井が崩落してきた。


「なっ!?」


 粉塵が舞、咄嗟に顔を庇う。

 その間にもイナリはインベントリから何かを引きずり出す。


 小型短機関銃、MP5Kだ。


 落下してきた瓦礫の中で、何かが動いている。


「……なにが」

「……さがって、さがって。」


 片手のナイフの反射光でちかちかと後退を指示する。


「でも」


「さがって」


 瓦礫のなかで、成体の熊ぐらいはありそうな影が両腕を振り上げている。



 グオオオオオオッ



 遅れて、大気を揺さぶるような咆哮が轟いた。


「ボス!?」


「違う、と思う。」


 短く言うと、片手で向けたMP5で厚い埃の煙幕の向こうに弾丸を浴びせ始めた。


 銃声と同時に、空の薬莢が勢いよく床に溢れる。


 ヒット演出の赤い光は見えるが、巨大な影は怯むことなく突進を開始する。


「ああ、止まんないや。」


 呟いた直後に、短機関銃の銃声が止む。

 弾切れを起こした銃を横に放り、代わりに片手のナイフを持ち上げた。


「イナリさん、無茶だ!!」


 黒い影の塊はイナリに飛び掛かろうと、上半身を大きく持ち上げた。

 そして、対するイナリは


「うん?」


 こちらの声に振り向いたのだった。


 その時、何故か彼が右目だけを閉じているように見えた。

 だが、すぐにそれどころではなくなった。


「……っ!?」


 その背後に、巨大な肉体が壁のようにそびえ立っている。

 振り上げた両腕の先には、ナイフのように鋭い爪が三本鈍く光っている。


 あれを貰えば、イナリもひとたまりもない。


 思わず目を覆おうとした。


 だが、


 直後の光景に、思わず目を疑った。


 イナリは相手に背を向けたままぐらりと身を傾け、覆い被さるようなその攻撃を紙一重で避けたのだ。


 そして同時に、手の中のナイフが翻った。



 噴水のように吹き出す赤い光。


 すれ違い様に振るったナイフの刃がエネミーの首を大きく裂いたのだ。


 床を大きく揺さぶりながら、巨体が潰えた。


「……とと。」


 ややバランスを崩したのか、イナリがたたらを踏んでいた。


「……」


「ああ……」


 埃が目に染みたのか、イナリは何度も瞬きを繰り返している。


「……。」


 信じられない。

 エネミーの死骸を見下ろして、またイナリを見上げる。



 これは明らかに準ボスエネミークラスだ。


「……死んだんですか?」


 恐る恐る、黒く湿った羽毛のような物に覆われた巨体に手を伸ばす。


「あ、ストップ」

「え?」


 イナリの声がしたときのは遅く、エネミーの太い腕が再び動いた。

 持ち上げた顔の中で、赤い目が死に際の憎悪に燃えている。


「うわっ!?」


 思わず飛び退いたのと同時に、その頭が再びガクンと落ちた。


 イナリが巨大な背中の上に股がり、うなじに太いナイフを突き立てている。


 エネミーの身体が脈打つように震え、この世のものとは思えないおぞましいうめきを発する。


「ひっ……!?」


 尻餅をついたまま後ずさる自分を他所に、イナリが目を細めている。


「邪……魔ッ」


 そのまま体重を乗せて、押し込んだ刃をごりごりと捻る。エネミーが異様な悲鳴を上げ、それを最後に呻きが止んだ。

 太い手足が最後にもぞりと蠢き、やがて固まっていく。


「……ふう」


 イナリのため息が、やけに大きく聞こえた。




「オウルマン?」


 イナリが自ら倒したエネミーの死骸を、ナイフの刃先でつついている。


「イギリスに伝わる未確認生物がもとになってます……まあ、どうせ興味ないんでしょうけど。準ボスエネミーですよ……死骸が消えないのがその証拠です。」

「……たしかに普通じゃなかった」


 その普通がなんなのかは、たぶん自分には一生分からないだろう。


 それより、いよいよこのイナリという男が恐ろしく思えてきた。


 言動にしろ、仕草にしろ、戦闘能力にしろ、そして何を見つめているのかわからない目にしろーー


「だからこんなのも落ちるんだね」

「はい?」


 イナリが手に取ったのは、一丁の拳銃だった。

 ドロップアイテムらしいが、何やら不気味な赤い光に包まれている。


「それって……」

「レア5。」


 思わず唾を飲み込んだ。

 この世界の銃火器アイテムには、全て個体毎にレアリティという値がふられている。


 同じ名前の個体でもそのレアリティによって性能が大きく異なり、レアリティ5以上の火器アイテムは、使用するのに『契約』というシステムを必要とする。

 つまり、レアリティ5以上のアイテムは、その性能ゆえに個人専用なのだ。


「『P220』……シグですね。」


「シグ、そう。」


 レアリティ5以上のアイテムは、例え拳銃一丁だとしてもプレイヤーとしての強みになる。


 だが、イナリの反応はあまりにも軽薄だ。


「契約……しないんですか?」


「……いいや、これあげる。」


「え!?」


 唐突に目の前につき出されたそれに、一瞬言葉の意味が理解できなかった。


「これ、くれるんですか!?」

「いらないし。あれ、いらないの。」

「いや、そんなこと!!」


 慌てて奪うように手に取る。

 もしや、どこか重大な欠陥でもあるのか。

 しかし、どこを見てもそれらしいものはない。


 そうこうしているうちに、目の前に表示が現れた。


 〔SYSTEM:《SIG P220》レアリティ5以上のアイテムです。契約しますか?〕


「……。」


 息を止め、その表示を二度も三度も読む。


 そして、『yes』のコマンドを入力した。


「やった……」


 思わず口からこぼれた。


「やりましたよイナリさん!ありが……あ」


 顔を上げると、そこに彼の姿はない。


「何か言った?」


 ずっと遠くから声だけが聞こえて、慌てて足を進めた。


「ちょっと、すこしくらいまってくれても……」


 エネミーの死骸に躓きながらも、その声を追って暗い洋館を進んだ。



SOGOのエネミーキャラには、実際の(というのも不思議ですが……)未確認生物をモチーフにしたものが多いです。

作者の趣味ですね、はい。


何れもかなりホラーですので、元ネタが気になってもグーグル先生はお昼までにしておきましょう。

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