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02:00AM 珍客

(別作の方で)今年の投稿は最後と言ったな?


そ、そうだ、たたみん……た助けてくれぃ……


あれは嘘だ


ウワアアアアァァァァ

「止まって」


 調査再開から暫し。先頭を勤めていたイナリが突然足を止めた。


 相変わらず武器も出さずに、通りすがる木の幹に手を着いたりと歩いているが、足を止めたのはこれが初めてだ。


「どうか……」

「黙って」


 尋ねたヒューイを遮る。

 これも初めてのことだ。


 一気に緊張感の高まる中で、イナリは目を閉じたまま人差し指を唇に当て、じっと動かない。


 そして、突然口にした。


「間が悪い」


 その一言を終えた直後だった。


 イナリの体が弾かれたように動く。


「な!?」


 驚く面々を後ろに地面を転がるように着地する。


「イナリ、なにやって」


「全員警戒……」


 ぼそりと呟くような一言。


「は?」

「全員、警戒って。」


 繰り返すと、イナリは枝葉の張り巡らされた頭上を見上げて言う。


「上、攻撃受けてる。」


「攻撃だと……?」


 各々照準を頭上に合わせるなか、ヒューイが口にする。


 彼の言わんとすることは想像できる。


 射線が完全に見えなかった。


 この世界には射出された弾の軌道を可視化するシステムが存在し、その光のラインを『射線』や『予測線』『ライン』と呼ぶ。


 スキルなどである程度隠すことは可能だが、完全に不可視化することが出来るのは一部のボスエネミーや、レアリティ最大レベルのアイテムのみである。


「ボスか!?」

「いや」


 ヒューイの一言を早々否定すると、ぼそりと口にする。


「知り合いかも。」


 そのとたん、目の前で目を疑うような現象が起きた。



「知り合いとはまた、いつの間にそんなに偉くなったんだ?問題児。」



 眩しくなるような白いシャツと、黒いスラックス。モノクロ調でまとめたシンプルな服装の男が、空からふわりと降りてきたきたのだ。


 一同が銃を構えるのも忘れて呆然とするなか、イナリだけが淡々と口を動かした。


「久しぶり、ニコ」


 すらりとした長身に整った顔立ち。猫背にジャージ姿のイナリと対峙すると、そのルックスは更に映えるように見える。


 イナリの一言を聞くと、男は顔を険しくした。


「……その名前、まさかうちの姫さまが呼べと言ったのか?」


 尋ねる男に、イナリは何事もなかったような顔で頷く。


「そうだけど。」

「チッ」


 男は気にいらない様子で頭を掻き、ポケットから出した煙草をくわえた。


「おい問題児、何度も言うが俺はその名で呼ばれるのがあまり好きじゃない。」

「俺だって問題児は好きじゃない。」

「……」


 男の眉がぴくりと動く。だが、それ以上になにか反応するでもなく、男は煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吹いた。


「……だ、誰?そいつ」


 小声で尋ねるマナ。

 男の正体は検討もつかないが、ただ普通ではないことはわかる。


 エネミーキャラでもない。特殊アバターでもない。


 そして恐らく、プレイヤーでもない。


「ああ、この人」


 イナリはくるりと首を巡らせる。


「……俺からはどうとも。ていうか、知ったってどうしようもないよ。」


「まあそうだな……」


 曖昧に濁したイナリに代わり口を開いたのは、煙草を吹かす男だった。


「『運営』とでも言っておこうか?」


「!?」


 咄嗟に、手にしていたSG550を構えた。

 緊張を感じたのは自分だけではなかったようで、イナリを除いた全員が煙草をくわえた男を警戒している。


 そこで、男はやっと周りを見やった。


「ほう。なんだおまえら、俺と喧嘩したいのか?」


 男は喉を鳴らすように笑う。

 だが、それは友好的な笑みではない。


 向けられる銃を、もとい自分達を、全く脅威と見なしていない。

 そんな見下ろすような笑いだった。


「あのさ」


 不味い空気を理解したのだろうか。ぼんやりしていたイナリが遮るように口を開いた。


「何しに来たのニコ。俺に喧嘩売りに来たなら、みんなに当たんないでほしいんだけど。」


 注意を引くように僅かに首を傾げて見せると、辺りの殺気に笑みを浮かべていた男も肩を竦めた。


「冗談言うな。おまえひとりに時間割いてやれるほど俺らも暇じゃない。」

「じゃあ。」

「見回りだ。見ての通り、この辺は荒れてる様だからな。本来この辺には湧いちゃなんないのが湧いてやがる。」

「それが何で俺を殺しにくるわけ?」

「単なる挨拶さ、本気なら森ごと吹き飛ばしてる。こっちは最近おまえのせいで忙しいんだ、何かに当たりでもしないとやってらんないのさ。」

「別に、俺は迷惑かけてるつもりないんだけど」


「ていうか」と、イナリは息をついた。


「ニコたちって、そう簡単に顔出していいの。俺だけならともかく。」

「それもそうか」


 周りを取り囲むようにする銃口を眺め、男は口元に僅かに笑みを浮かべた。


「姫さまにどやされても面倒だ」


 何をするつもりか、検討もつかない間に、男は左手を上げる。


 その瞬間だった。


 男を取り囲むように、無数の光の小窓が現れる。

 この小窓には見覚えがある。プレイヤーがアイテムを収納するインベントリと酷似している。


 だが、プレイヤーのインベントリは同時に呼び出せるのはひとつまでで、位置も右手か左手のいずれかに固定されている。


 これは、プレイヤーの為せる技ではない。


「証拠隠滅」


 腕を振り下ろす号令と共に小窓から様々な銃が飛び出し、見えない糸で吊られているように空中に固定された。


「安心しろ、苦痛を感じる間もなく消してやる」


 十、二十、三十


 まるでそれぞれが意志を持つかのように照準を合わせる銃の群れ。


「……そんな、馬鹿な……」


 強力なエネミーキャラやプレイヤーと対峙するときとは全く異なるプレッシャー。


 勝てない。

 銃弾の一発も見舞う間もなく確信した。

 そもそも、自分達が戦っていい相手ではないのだ。


「あばよ」


 男が笑った。


 それとほぼ同時だった。


 男の両肩が、吹き飛んだ。


「あ。」


「あのさ」


 空中に固定された銃たちが、音を立てて地面へと落ちる。


 肉薄したイナリが、両手に握ったナイフを逆手に持ち直し、ぐっと目を細めていた。


「困るんだけど、そういうの。」


「……はは、おっかないな……本当に人間やめちまったのかおまえ?」


 両腕を失った男は、煙草を口から落としながら顔をひきつらせるように笑った。

 対するイナリはナイフを握ったまま、氷のような無表情を貫いている。


「喧嘩したいなら付き合うけど、他にちょっかいだす気なら、俺怒るよ。」

「おいおい、日本語の使い方を間違えるな?」


 剃刀で裂いたような鋭い目で見上げるイナリに無くなった肩を揺する。


「それはまだ怒ってない奴の台詞だ。」

「まだ勝手する気ならこのままやるけど。」

「落ち着け、ただの冗談さ。面白い顔するんじゃねえよ。」


 男は後ろに下がりながら首を振る。

 すると両肩に赤い光の粒子が集中し、一瞬にして元通りの腕を形作った。


「少しは気も紛れた。俺はそろそろ消えるさ。」

「そうしてほしい。」


 新に生やしたばかりの腕を擦りながら、現れた時のようにふわりと宙に舞う。


「ああ、そうだ」

「まだ?」

「なに、今度は迷惑にはならねえよ。おまえらの探してるエネミーなら、ここから東に暫くだ。そう遠くないぞ。」


 それを聞いて頷いたイナリだったが、暫し黙ってから首を傾げた。


「ならニコが行けばいいのに。」

「わかってないなおまえも。うちの姫さまが見たがってるのはおまえがボス相手に活躍するシーンだ。俺がボスの所まで、十秒で飛んで、三秒で木っ端微塵にする、そんなんじゃない。」


 男は木々の間から夜空へ舞い上がると、面倒臭げにポケットに手を入れた。


「最近は姫さまもまともに働いちゃくれない。せいぜい俺の猫の手に、ついでに姫さまの暇潰しにでもなってくれ。」


「あばよ」と言い、男は消えていった。


「俺は猫じゃないよ。」


 イナリはその後ろ姿に一声かけて、大きく手を振った。






「さっきの奴……」


「ん」


 あまりにも自然に調査に戻ったイナリ。


 無言でその後ろを続く一行だったが、ヒューイがやっとのことで口を開いた。


「……。」


 対するイナリは、すぐに答えることなく暫く黙る。


「俺もよくわかんない。なんかわけわかんないことばっかり言ってる連中だし。」


「でも知り合いなんでしょ」


 鋭く突いたギギに、イナリはまた黙る。

 だが、やがて観念したように口を開いた。


「……この世界管理してるんだって。」


「管理?」


「うん。あっちこっち、神出鬼没。なにやってるかはよくわかんないけど……まあみんな仕事仕事って忙しそうにやってる。」


 まるで昔からの友人の事でも語るように口調だが、その口から出てくるのはさっきから爆弾発言ばかりである。


「じゃあ、"姫さま"っていうのは……」


「たぶんアゲハちゃんであってる。」


「アゲハ……ちゃん?」


 突然飛び出してきた名前に一同は呆気に囚われる。

 本人もその名前の場違いさは理解しているようで、ごそごそと頭をかく。


「本人がそう呼べって。」


「そう呼べって……」



『アゲハ』



 いまやこの閉鎖世界においてその名を知らない人間はいないだろう。


 二ヶ月前、ある『イベント』において突如大衆の前に姿を現し、この世界の神を公言した謎の少女である。


「……その、イナリくん?」


「ん?」


 マナが苦笑いを浮かべる。


「あの……"アゲハ"とどんな関係なの?」


 あの日、大勢の中でその姿を晒した存在だとは言え、まだ()()は都市伝説のような存在だ。それに彼の口ぶりでは、それ以前からもその存在を知っていたような節が見られる。


 やはり気が乗らない風ではあるが、黙るのも無理と踏んだらしい。イナリはおとなしく語る。


「関係って程でもないけど、なんかよく絡まれる。ここ来て三日目の日も絡まれた。俺のこと面白いとかなんとかって。」


「わかんないよね」と溢しながら、イナリは再び歩き始めた。


「……」


 マナが視線を回すと、一同肩を竦めた。


 思ったことは、皆同じだろう。


『おまえが面白いのは何故かよくわかる』


 何かとただ者ではない風ではあったが、どうやら予想以上に何か抱えた人間らしい。


「あ」


 イナリが口にしたのは、その直後だった。



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