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01:45AM ……

「木の傷って、案外時間の経過が分かりやすい」


 ウサギの解体にも使っていた大きなナイフを、手近にあった木の幹に突き立てる。

 刃先が硬い皮を割り、弾力のある幹がコツンと小気味音を立てる。


 興味深げに向けられる視線を三つを前に、引き抜いたナイフの刃を軽く拭うと腰の後ろの鞘に戻した。


 イナリが「ほら」と言うと、三人揃って顔を寄せ合うようにその傷を覗き混む。


「……ん?」

「わからんな」

「……。」


 口々に感想を述べているが、どうやら何か掴めた生徒は皆無らしい。


「そりゃあ……ただの木の傷だし。」


 やれやれと、一言。

 ヒューイ、マナ、ギギの背中を一歩後ろから眺めている自分。


 木の傷だなんて、素人目に何かわかるような世界だとは思えない。


「そうでもないよ」

「……わっ」


 急に隣で喋り出したイナリに、思わず半身を引いてしまった。


 かなり礼に欠いた反応だった気もするのだが、彼は気にする様子も無しに淡々と続ける。


「よく見たらちゃんとわかる。生きてる木なら、汁っぽくなったり、色がだんだん変わってくるから。」


「あ、ほんと。なんとなくわかるかも?」


「ほら、ここよ、ここ」と、マナが横二人になにやら指差しして見せている。

 大して、二人は


「わからんな、やっぱり。」

「……。」


 相変わらずのようだ。


 マナが尋ねた事から始まった、イナリの『森の歩き方』。

 足跡の見方と続いての木の傷の見方だが、自分にはあまりよくわからない。


「じゃあさ」

「え?」


 関心の低さが顔にでていたのだろうか。唐突に何かを思い付いたらしく、イナリがぼんやり口を開いた。


「簡単なのなら教えられるけど」


 また何か別のことを教えてくれるらしい。だが、また何のことなのだか。

 イナリは自分の前に回ると、肩にかけたSG550のスリングを指しているのか、肩の辺りを指で弾くように示した。


「俺に向けてみて、とりあえず。」

「いや……」

「弾抜いたら大丈夫だよ、たぶん。」


 何か教えてくれるらしいが、何やら荒っぽい臭いがしなくもない。

 断ろうと思ったのも束の間、口に出す前にカブトムシのように木の幹に群がってい三人が何だ何だと顔を向けてきた。


「あ、そういえばイナリくん格闘技?も得意そうだったね。さっきもライフル取り上げてたし。」

「まあ、そんな立派なものでもないけど。」


 首を傾げて見せるイナリに次いでヒューイも頷く。


「ああ、あれは是非とも見ておきたい。」

「あれできたら見た目も映えるだろうし。」

「いや、ギギには無理じゃん?」

「……マナ、言っていいこととわるいことがあってな。」


 途端に機嫌の悪くなったギギを他所に、イナリは相変わらず淡々と言う。


「とりあえず投げるから、まあ注意だけ。」

「注意って……」


 かといって、今さら断れる雰囲気でもなく、イナリは首を回している。


「えっと、まず、変に力まないほうがいい。あと、ああ。指かけないこと、引き金に。」

「弾なら抜きましたけど……。」


 マガジンを抜き、薬室も空にしたSG550をパチンと吹かす。


「違う違う。」


 気持ち目を細めるイナリ。


「指おれるかもだから。 」

「……。」


 言いたいことは色々ある。

 だが、もう口にしたって仕方がないことばかりだ。


「わかりました。」


 こうなったら気持ちだけでも蜂の巣にしてやる勢いだ。

 ハンドルを引いて、目の前の寝起きのような顔に向ける。


「ただし、そっちが仕掛ける前に撃たれたら、投げるの無しですよ。」

「いいよ、別に。」


 恐らく本人に自覚はないのだろうが、その淡白な返答が逆に神経に障るのである。

 こうなったら意地でも撃ってやろう。


「じゃあ、セイフティ外したらってことで。タイミングは任す。」

「どうぞご自由……」


 距離、短くとも遠い3メートル。手や脚を伸ばす程度では届くまい。


 グリップを握った指を動かし、セレクターに触る。

 これを倒せば、安全装置は外れる。


「……に!」


 小さな摘まみが、シングルショットの表示を指した。

 後は引き金を引いて目の前のぼやぼやした顔を吹き飛ばすだけ


 その筈だった。


「よっ……」


 聞こえたのは、椅子から立ち上がるような緩い掛け声と、蹴りこんだ靴底に地面が抉られるザクリという音。


 撃針が空の薬室を叩く音は、まだだ。


 続いて、長く伸びた銃身が伸びてきた細い指に絡め取られる。


 空の射撃音は、まだこない。


 そこからは呆気なかった。

 捻上げるように真上へとずらされた銃。イナリの注意を忘れ、全身の力が抜けていなかったがためにバランスが崩れる。


 そこでやっと、何もない上空に向けてパチンという音が空しく響いた。


「早……っ!?」


 あまりの出来事にひきつった頬の横で、彼の口がぼそりと言った。


「投げるよ。」



 気が付いたら、うつ伏せになって土を舐めていた。

 いつの間にか奪い取った小銃に安全装置をかけているイナリが頭上にいる。


「注意は聞かなきゃ駄目だよ」


 手首と胸が痛んで、何を言っているのかよく分からなかった。


 後ろでは、仲間である筈の三人がすごいすごいと言っているのが聞こえる。


「どう、わかった」


 人の痛みなど知らんという顔で、イナリが見下ろしている。


「……いっ……うえっ、べっ!」


 文句のひとつでも言ってやりたかったが、口に入った土が非常に不味い。


「そう」


 何を理解したのだか。

 何やら頷いたイナリが、とった小銃をそのまま向けてきた。


「やれ」とでも言いたいのか。


 もちろん、あの一発でものを覚えられるほど筋のいい人間ではない。だが、ここまでされたからには一発はやり返しておかないと、収まらないものがある。


「……かりましたよ」


 ふらふら立ち上がると、小さく頷いたイナリがハンドルを引く。


「オッケー」


 その指がセレクターを弾く。


 同時に、体当たりをするように銃に飛び付いた。

 他所からどう見えたのかは分からないが、どんななりであれ先ずは相手の武器、もとい自分の武器を取り返さなければなるまい。


 がむしゃらに手を伸ばす。

 すると、思ったよりも早く手が届いた。

 なんだ、大したこともないと思ったのも束の間。


「遅い、近い、緩い」


 呆気なく手を振り払われて、横っ面をストックで容赦なく殴打された。


 お陰で二度目の土が、不味い。


 それでも足りないとばかりに、頭の上でパチンと空撃ちの音がした。


「……ぐえ……う」


 もはや悲鳴も出ない。


「できないなら無茶しなくてもいいのに」


 聞き方によっては、皮肉にもとられかねない言葉。

 とうの本人にその気は感じられないが、それでも気に障るものは障るのだから仕方ない。


「これ、ありがとう。」


 差し出される銃。


 それを奪うように取り返すと、急いでマガジンを押し込んだ。


「……早くいきましょうよ……遊んでないで」


「ありゃ、セトくん怒った?」


 マナの声を肩ではね除けるように、再び暗い森に踏み入ろうとする。


 と、そんな時だった。


 リリリリリリーー


 高い着信音が響き、ぼうっと仄かな明かりが灯った。

 音声通信の画面が現れたのは、イナリの目の前だ。


 スクワッド内通信とは画面も着信音も違い、表示されるのもプレイヤーネームではなくアドレスの方だ。

 ここは無制限空間なので、プレイヤー間の通信の制限はない。つまり、彼の知り合いからの電話だろう。


「ごめん、俺だ。」


 イナリがぼそりとこぼし、受信のアイコンを指で叩く。


『もしもしイナりんー?とろろ先生だよ~?』


 ノイズ混じりに響いたのは、妙なテンションの女性の声。

 イナリは僅かに目を細める。


「何かヤバイの?」


『いや、ヤバイっていうか?ああ、それよりイナりんてば聞いてくんなーい?なんかね、スッゴいやらしい色のキノコ見っけたんだけどさ、食えるコレ?』


「やらしいって」


『んー?ああ今ね、もってんだけどね……赤いっつか……紫っつか……うん、なんか色がエロいのよ。」


「とろろ先生のエロいは広いからわかんないや」


 なにやらどうしようもない会話を吹っ掛けられているらしいが、イナリの方もよせばいいのに話を打ち切る様子がない。

 というより、相手のいなし方がわからないようだ。


 先程の騒ぎもあったが、本気で会話が下手くそらしい。


『あ~、そう。イナりんが知らないってことはちょっちデンジャーなやつかな?なんか色合いといい雰囲気といい煎じたらエロい薬になるかなと思ったけど……』


 小学生でも思い付かないような理論である。悪戯電話もいいところだ。


「で、先生、用事は。」


 やっと切り出すイナリ。


『ああ、そうそう。ごめんねー。んとね、ナギっちから回ってきたんだけど、師匠とクマちゃんのコンビあったっしょ?』


「師匠。ああ、うん。」


『あっちでガイシャ出たっぽいのねー。死人も出たとか。いまいちどんな奴だったかはわかんないらしいけど、イナりんかナギっちの方飛んでったらしいから。一応あの女の子ら……ええとね』


「アキトのとこの。」


『アキト……アキト?ああ……うん、とりあえずあの子らもそっち回すらしいから、よろしくってー。』


「オッケー、うん。」


『ああ、後ひとつ』


「ん?」


『こんどナギっちにちゃんとアド教えてあげなよ?あの子イナりんのアド知らないって困ってたし。』


「こんどね。」


 そう言うと、イナリはさっさと画面を閉じてしまった。


「……どうかしたのか?」


 ヒューイの問いに、イナリは目を細目ながらボソボソと答える。


「ああ……ボスキャラの話。あれ、こっちにくるって。一応一緒に調査してる人がこっちに入ってくれるらしいけど。」


「え」


 これは全員の口から漏れた声だ。


「それって……ヤバくない?かなり。」


 マナが言うが、イナリは相変わらずの表情だ。


「まあ、正直、会いたくないけど。でも、調査だし仕方ないかなって。」


「仕方ないっておまえ……」


 ヒューイが喉をつっかえるような声を出すが、それでもイナリはごそごそと頭を掻くのみ。


「あ、そっか。みんな無理そうならスクワッド切ったほうがいいよ。」

「なら、おまえはどうなる?」

「一人でやる予定だったし、ボスの正体がわかったら帰るし、問題ないと思う。」


 もみ上げの辺りを指でいじるイナリ。

 あまりにも危機感に欠けるというか、そもそも事態を把握しているようにも見えない。


 そんな態度についにヒューイがイナリの胸ぐらを掴んだ。


「問題ないわけないだろうが!」


 ヒューイが怒鳴り付けるように言う。


「……っ」


 一転、目を大きく開くイナリ。


「いいか!おまえがやろうとしてることは、この上なく危険なことなんだぞ!何かあってからじゃ遅いだろうが!」

「……。」


 イナリはヒューイの顔を見上げながら、どうしていいのか分からない顔をしている。


「えっと……」


「ま、まあまあ、ヒューイ!怒鳴ったって仕方ないってば。それに、私たちがついてってあげればいいじゃん?ね?」


 マナが割ってはいることで、やっとイナリが口を開けるようになった。


「なんか、ごめんなさい……かな」


「ああ、俺も熱くなりすぎた、すまない。」


 互いに謝罪し、ヒューイはその肩に手を置く。

「とにかく」とヒューイは口にする。


「俺たちも同行する。おまえひとりに無茶はさせないからな。」


 何を考えているのか、イナリは頭を掻いている。

 仕草からも表情からも、中身は見えづらいが、暫くするとぼそりと溢した。


「みんなも無茶しないでね。」

イナリが使っているナイフセットには、細かい骨や間接ごと叩き切れる大型ナイフ『ブッチャー』、皮を剥いだり腱を切断する返しのついた丸っこいナイフ『スキナー』、細かい作業に使う『フォールディングナイフ』が含まれています。

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