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01:05AM ギシンアンキ

 

 誰かが、何やら言い争っている。


 いや、厳密には男が一方的に怒鳴っている。


 ロケーターの示す地点はすぐそこだが、遠く聞こえるその声に、一行は不穏な空気を感じずにはいられなかった。


「本当に大丈夫……かな?」


 敢えて誰も口にはしなかった言葉を、今ここでマナが吐いた。


 何を言っているのかはまだ遠くて聞き取れないが、そろそろ銃声が混じってもおかしくない程の雰囲気は十分に伝わってきている。


「大丈夫じゃないだろうね、これ」


 溢したギギに、ヒューイが声を低くした。


「静かにしろ……」


 目線の先に、木々の開けた小さな広場のような空間が見える。

 降り注ぐ月光を浴びるその広場では、白や淡いピンク色の花々が、互いに競うように夜空に向けて花弁を讃えている。


 頭上高くで枝葉を巡らせ日光を遮る樹木のない場所では、こうした下層の植物たちが我先にと地を固め、自らのテリトリーを数と繁殖力、成長の早さをもって死守する。


 この神秘的な空間は、こうした自然界における熾烈な場所とり合戦の最前線、いわば彼らにとっては戦場なのである。


「うわなんかロマンチック。一句出そう。」

「マナ、静かに。」


 息を潜めて覗いてみると、その植物たちの戦場の真上で、またもうひとつの争いが生まれようとしていた。



「なんだと!?俺たちの方が悪いってのかよ!?」


「相手を確認しないで撃つのは良くない」


「冗談じゃねえよ、こっちは命張ってんだよ!それを後ろからこそこそつけて来やがって、あいら夜賊かなんかに違いない!それに、こっちは怪我人出てるんだぞ!」


「先に撃ったなら、普通撃たれるよ。」


「なんだと!?」



 そんなやりとりを繰り広げているのは、全員赤いベレー帽で揃えたいかにも我の強そうな男たち五名と、件の青年、イナリである。


 元よりあまり肩を張れるような体格ではない上、改めて見ると若干猫背な彼なので、あんな男たちに囲まれるとものすごく頼りなさげに見える。

 見栄えだけで比べれば、地べたで小さな花をつけている草と、空めがけて枝葉を大きく張る巨木の差だ。


「ヒューイ、あれヤバイよ……早いとこ助けに入らないと、聞いてるヒューイ?」


 その服を横からぐいぐい引っ張るマナに、ヒューイは「落ち着け」と手を払う。


「連中かなり気が立ってる、下手に飛び出して刺激する方がまずいだろう。敵と間違われたら、真っ先にイナリが撃たれる。不安ではあるがあいつのしゃべりに任せて、様子を見るしか……」


 と、そんなことを話し合っていたその時だった。



「いたぞ!あいつらだ!!」



「え?」


 横からの割り込みに、マナが妙な声を出した。

 聞こえてきた声に首を巡らせると、茂みがガサガサと揺れて、銃を構えた別の集団がぞろぞろと現れる。


 あの几帳面に統一された迷彩柄には見覚えがある。


「さっき落ち着かせてきたやつらじゃん!?なんで来てるの!?」


「クソッ!!」


 ヒューイが頭を抱える内にも、彼らは完全に戦闘体制で声を張る。



「おまえら、さっきは良くもやってくれたな!それに今度は別のやつにまで手を!」



 どうやらイナリと言い合っている姿をかなり悪い方向に勘違いしてしまったようで、今にも撃ちまくりそうな鬼の形相で殺気を振り撒いている。



「おまえらこそさっきの!?……よくわからんが、ちょうどいい!白黒はっきりさせてやる!」



 ここでイナリから何かしらのフォローがあれば、少しは事態の改善に近づいたかもしれないが。



「……。」



 何を考えているのだか、相変わらずぼんやりとした顔で両組を交互に見ていた。


 いや、あの顔は恐らく何も考えていない。完全に想定外の展開にフリーズしてしまっている。


「ちょっ、あの人ぜんぜんポンコツじゃん!?どうしようヒューイ!!」


 なお強くヒューイを引っ張るマナ。


「ちょっと待て、くそ、どうにもならんぞこれは!」


 これにはさすがのヒューイも滝のような汗を流し


「仕方ない」


 ギギはそう呟きながら愛銃(MAG)を取り出している。

 それに気がついたヒューイが咄嗟にその小さな肩に手をかける。


「おいギギ、それを仕舞え!おまえがそれ出すと毎回ややこしくなる!」


 闇のなかで異様な存在感を放つその機関銃を掴むヒューイだが、今度はギギがその手を払う。


「ヒューイは慎重すぎる。喧嘩両成敗という言葉があってな。」


「それにしても、こいつは使うんじゃない!死人が出るぞ!」


「もんだいない、運が良ければひとりくらい生き残るかもしれない。」


「問題だらけだ!」


 遂に機関銃の取り合いに発展してしまった両者に、マナが悲鳴を上げる。


「もう駄目だー!もう終わりだー!」


「ああ、みんなそろってこんなときに……!?」


 こうなったらもう誰も頼れそうにない。

 とんだ厄日である。できれば最後まで後ろにくっついているだけで済ませたかったのだが、そうにもいかなくなってきた。


 マナに代わって、ヒューイとギギの間を割って入る。


「とにかく、二人は落ち着いて!こっちが慌ててどうするんですか!」


「いたって冷静。だから離せヒューイ、全員ハチの巣にする。」

「やめろギギ!それじゃ本末転倒だろうが!」


 駄目だ、てんで話を聞いてくれない。

 とにかく、ここで撃ちまくられては堪らない。機関銃を引っ張るギギの腕を取ると、睨むような目で見上げられた。


「離せ、セト」

「駄目ですってば」

「うるさい離せ、ふんっ」

「ちょっ……ギギ……うわっ!?」


 日頃から重量のある得物を取り扱っているギギの腕力は、そのファンタジーな頭身からは想像もできないほどに強い。

 図体のあるヒューイならまだしも、比較的軽量級の自分には到底抑えきれるものではない。


 それどころか、機動力重視で軽装な自分はまるでごみのように投げ出されてしまった。

 浮遊感と、景色がぐるんと回って、一瞬だけ何もかもがわからなくなる。


「いたっ!?」


 腰から地面に落ちると、幾枚もの花弁が散り、しかめた顔の真ん中にふわりと落ちた。


「い……たい」


 腰を擦って立ち上がると、目の前にはアサルトライフルの銃口があった。


「誰だおまえ!!」


 先程までイナリと言い合っていた男だ。

 いきなりすっ飛んできた自分に大いに驚いた様子で、血走った目を大きく見開いている。


「誰だと聞いている!答えろ!」


「いや、俺は……」


 胸に押し付けられた銃口に両手を上げる。


「いたんだ」

「いたんだ、じゃないですよ……!?」


 その横でイナリが、やはり何を考えているのだかわからない顔をしていた。



「ああ、もう!これやるっきゃないじゃん!」

「仕方ない、やるぞ!なるべく殺すな!」

「ほら、言わんこっちゃない。」



 この状況にこれ以上は持たないと踏んだのか、スクワッドメンバーたちも銃を手に飛び出してきた。


 それに対して更に警戒した男は、突然飛んできた自分を盾に怒鳴り付ける。


「畜生、おまえらハメやがったな!誰も動くんじゃねえぞ!動いたらこいつを撃ち殺す!」


 遂にその場には一触即発の空気が立ち込める。

 まだ武器という武器に手をつけていないのは、捕まった自分とその傍らでぼやぼやしているイナリくらいだ。


「イナリさん……どうにかしてくださいよ……!」


 藁をも掴むというのは、たぶんこの心境の事を指すのだろう。

 それに対して、すがられた本人はやはりまだよくわからない顔で周りを見回している。


「どうにかって。」

「とにかく、このままじゃ本気で誰か死にますよ……!」

「……。」


 沈黙。

 やっと、何かを考えるように目を細めると、彼はもそもそとシャツの襟口に手をかけ始めた。


「うん、わかった。やりたくないけど。」


 何やら、非常に乗り気ではないようだか。


「おいおまえ、妙な真似するんじゃ……!」


 それに気付いてか、自分に向けていた銃口を咄嗟にイナリの方へ動かす。


 だが彼は少しも臆することなくその銃身を掴み、ぐいっと真上に捻り上げた。


「なっ、おまえ!?離せ!」


 銃を取り戻そうとする男の手から、まるで子供のおもちゃのようにそれをもぎ取ると、さっさと傍らへと放り投げる。


 目を見開いた男に、イナリは一度まばたきをして、取り出した物を目の前につきだした。


 細いチェーンに通された金属片。ドッグタグだ。

 そのままそれを頭上に上げると、周りに示すように振った。


「円卓の者です。えっと、全員銃を捨てなさい。」








「……しれぇっと嘘ついたね、イナリくん」


 マナが何やら感服している。


 一先ず、三つ巴の激突だけは避けたのだが、場の険悪さが何処かへいくわけもなく、相変わらず息苦しいような緊張感が漂っている。


「悪かった、すまないセト」

「……」


 ヒューイが頭を下げながら、ギギの頭を押さえている。


「ほら、ギギたん。ごめんなさい言いなさい!」


「ごめんなさい。」


 マナに言われて、やっとギギが口にした。

 まだ不本意な気はあるようだが、口にした辺り反省していないわけではないだろう。心にもない事を口で言えるギギではない。


「いや……結果オーライって言うし……」


 本当はひとつふたつ文句を着けてやりたい気分だったが、今は怒っても仕方がないだろう。


 それよりも、さっきからその後ろで起こっている如何にもなやりとりに意識が行って、正直気が気でない。


「ふざけるな、こっちが悪いってのか!?」


「当たり前だ、だいたいな!」


『事情聴取』とは銘打たれているのだが、先程から怒鳴りの頻度が徐々に増してきている気がする。


 そして、治めるはずの本人、つまりイナリはと言えば、


「……。」


 やはり何をするわけでもなく、その間で右、左と両者を交互に見つめてばかりだ。

 まごついているという訳でもないのだから、なお何を考えているのだかわからない。


 これにはヒューイも呆れ顔だ。


「コミュニケーション能力とか、もうそういうレベルじゃないなありゃ……」


 見ていられないとばかりにその輪に入ろうとしたヒューイを、ギギが呼び止める。


「また怪我するかもよ、ヒューイ」


「大丈夫さ、怪我なら治せる。すぐ戻るからおまえらは待っててくれ。」


 そう言って行ってしまったその背中に、ギギは深いため息をつく。


「そんなこと言ってひとりでどうにかなったことないよね。」

「ヒューイはお人好しさんだからねえ……はいはいマナさんも手伝いますよっと。」


 結局は二人ともそのあとに続いていった。

 出会った当初から変わらない構図だ。


 ヒューイが動く、ギギが止める、マナが茶化す。

 だが、なぜか最後には抜群の団結力を発揮する。


 自分はいつもその後ろについていくばかりだ。


「……。」


 そんな三人に、少し憧れている。

 だが、同時に最後まで付き合いきれない淡白な自分がいるのも感じている。

 だから多分、自分は最後まで三人の後ろを歩く一人でいるだろう。


 三人の背中を眺めながら、そんなことをぼんやり考えていた。


 こうなっては自分も行く他ない。

 また撃ち合いにでもなったら事だ。SG550の肩紐を緩くかけ直しながら後に続いた。






「妙な集団がいたから後をつけて……?」

「ああ、その通りだ。」


 ヒューイの確認に、迷彩組が口々に言う。


「で、それに気づいたおまえたちは、敵だと思って撃った、と?」

「そうだ。」


 次はベレー帽組が揃って頷く。


「……」


 その横でギギがこくこくと首を振っている。


 事情聴取に関しては全くのポンコツだったイナリに代わり、一度乗り掛かった船だと仲裁に入ったヒューイが間をもっている。


 改めて互いに聞いた話をまとめると、こういうことになる。


 自分達と同じく、この森の調査に来ていたベレー帽組を、やはり同じく調査に来ていた迷彩組が遠目に不審に思い、正体を突き止めようと後を追跡したらしい。

 その姿を見たベレー帽組が、それを悪質プレイヤーの集団と間違えたらしく発砲。銃撃を受けた迷彩組も、同じく悪質プレイヤーと勘違いし、結果撃ち合いに発展したらしい。


「よくある事故じゃん。」


 傍らで銃を手に警戒していたマナが口を溢した。


「……その一言で済んだら苦労しないけど」


 その線で和解という風に済めば話が早いのだが、両者怪我人が出たようで、互いに相手が悪い悪いと一向に話が進まない。


「それにしても、イナリくんすっごくポンコツだね」

「ごめん」


 マナに言われて、イナリはごそごそと頭を掻いた。


「頑張ったつもりだったんだけど、あのヒューイ?っていう人、すごいや。俺には真似できない。」

「あれで頑張ってたんだ、もうわざとなんじゃないかと思ってた……ていうか、できないなら一人で飛び出さないでよ!」


 そんなことをいっているうちに、ギギとヒューイが戻ってきた。


「話はつけた。円満解決とはいかなかったが、これ以上無駄にやりあう事はないだろう。念のため、二組ともこの森からは出てもらった。俺たちも気を付けよう。」


 ヒューイが言うと、イナリはやはりぼんやりした顔で聞いて、やがて頭を下げた。


「……俺一人じゃ、たぶん長引いてた。」


「どうにもならなかった、じゃなくて?」


 ギギが突き刺すが、イナリは若干首を傾げてから「いや」と小声で溢す。


「とりあえず、全員眠らせれば誰も怪我はしないから。」


「……。」


 冗談とも本気ともつかない表情は、相変わらず動じない。


「ひょっとしてそれは皆殺しよりもとんでもないことなのでは?」とは誰も言わなかった。


「とにかく……調査を続けよう。」


 ヒューイが行動再開を提案するまで、暫しの沈黙があった。

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