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12:45PM Who are you?

「っ!」


 喉元に刃物を突きつけられたとさえ思いかけた。


 体の末端から心臓まで、固く凍りついてしまったように全身が動かなくなり、目の前に現れた双眼が頭の中を埋め尽くす。


「あ」


 その声が鼓膜を通って初めて、体の強ばりが解けた。


 顔を上げたイナリが、ぼんやりした顔でこちらを見上げていた。


「……ごめん……寝てた。……脅かした?」

「いえ、その……休憩中ですから、別に……」


 出会ったその時と同じ、何処かずっと遠くを見ているような目で謝ると、大きく伸びをした。


 確か、休憩も終わりなので仮眠を摂っていた彼を起こしに来たはずなのだ。


 膝を抱えるようにして眠っていた彼の名を呼び、肩に手をかけようと伸ばした。

 その時に、突然目を覚ました彼のあの目を見てしまった。


 怒りや敵意といった感情では収まりきれない、圧倒的な情報量を持ったなにかを、その目は湛えていた。


 たぶん、あれが本物の『殺気』というものだったのだろう。


「……どうか、したんですか?」

「……」


 自分の問いに、彼は目元を擦りながらゆっくりと立ち上がった。


「……悪い夢を見た……いや、ううん、平気……。」


 それだけ言うと、彼は燻っていた焚き火を踏み消した。


「ただの夢だった。」







 どうやら、自分は彼が信用できていないようだ。


 SOGOを始めた頃の自分がなんのつかえもなくあの輪の中に溶け込めたように、彼があの三人の中にいる。


 お陰で、その四歩後ろを歩く自分だけがその輪から弾き出されたような気になっていた。


「どしたの、セトくん?さっきからむすーっとして。」

「マナ」


 そんな自分の様子に気付いたらしく、マナが隣に並ぶように歩調を緩めてきた。


「セトの人見知りは知ってるけど、そんなに怖い人じゃないじゃん?確かに……ちょっとアレだけど。」

「そうだけど……」


 自分だって、彼が悪い人間でないことは分かっているつもりだ。

 それでも、説明のつかない何かを彼から感じるのは確かだ。


 あの目を見てしまった後では尚更だ。


「……あの人、何者なんだろう」


 ぽつりと溢した一言に、マナは難しそうな顔をした。


「何者って?イナリくんはイナリくんじゃん。それじゃダメかね?」


 思わずため息が出た。


「……マナのそういうとこ、たまにすごく羨ましい。」

「あらあら、セトくん珍しく誉めるね~?マナさんうれしー。」

「……誉めてません。」

「知ってますー。」


「……とまって」


 会話を遮ったのは、前方から聞こえてきたイナリの声だった。


「え?なに、なんかいた?いてっ」


 能天気に言うマナの頭にヒューイのげんこつが振り下ろされる。


「バカ、静かにしろ、空気が読めんか……!?」


 地面に膝をついたイナリが、何か見つけたらしく木の幹を手で撫でている。


「流れ弾が当たった痕がある、5.56ミリ……感覚が狭いから近い……傷がまだ乾いてないから、たぶんここ一時間以内……地面の草が同じ方向に連続して倒れてる、足跡が粗い……かなり走ってる。一人、二人、三人以上……プレイヤー……あっち。」


 ぽつぽつと呟くように言う彼に、それを眺めるように見ていたギギが訪ねる。


「つまり?」


「プレイヤーが何かから逃げた痕跡。」


 それを聞くとヒューイがすぐさまM4のセレクターに触った。


「まずい、ボスかもしれん。追うぞ、加勢する!」


「待って」


 それをイナリが制し、またも別の場所で身を屈める。


「……おかしい。」


 足跡を観察しているようで、低い姿勢で地面に張り付いている。


「なにが?」


 ギギが訪ねると、イナリは顔を上げた。


「追ってるのもプレイヤーだ。」





 彼の示した方向に向かうと、やはり銃声が聞こえてきた。


 お互いにサプレッサーを使用しているらしく、方向が掴みづらいが、確かに撃ち合いになっている。


「なに、喧嘩?」


 口にしたマナにヒューイが首を振る。


「物盗りかなんかとの小競り合いだろう。こんな森のなかでってのも珍しいが。」


「いや」


 それを横からイナリがあっさり否定する。


「銃声が乱れすぎてる。たぶん、お互い相手が何だか分かってないよ。」


「お互いにビビってるだけってか?冗談だろう。」


「暗い場所だとよくあることだし、そう珍しくない。荒れてる場所だとなおさら。……近いからそろそろ散った方がいい。群れてたら余計刺激するから。」


 そう言うと、彼は一人で飛び出していく。


「あ、ちょっ……だからって一人じゃ!?」


 マナの悲鳴のような声が聞こえなかったのか、それとも無視したのか、イナリはさっさと木々の間に消えていってしまった。


「どうするヒューイ。付き合う義理無いし、スクワッド切って逃げる?」


 その背中を見送りながら提案したギギに、ヒューイは首を横に振った。


「いや、こんなところで死人が出ちゃたまらんだろう。止めるぞ!」

「やっぱヒューイだね。わかった付き合う。」


 ギギが頷いたのに続きマナもAKを手にした。


「仕方ないなー、ヒューイはいい人なんだから。手伝ってあげますよっと。」


「すまんなおまえら。あとマナ、銃は仕舞え。撃たれるぞ。」


 そう言うと腰の辺りにマジックテープで張り付けていた発煙筒を擦った。


 赤い光と煙が噴射音と共に広がり、ヒューイが声を張る。


「おーい、聞こえるか!?俺たちは敵じゃない!発砲を止めろ!」


 そのまま草を踏み分けながら森を進む。

 だが、銃声はめっきり止んで、射手が顔を出す様子もない。

 この近くに潜んでいるのは確かなのだが、どうやらこちらを警戒しているらしい。


「出てきてくれ!いったん落ち着いて話し合おう!」


 大きく両手を振るヒューイ。


 だが次の瞬間、近くで銃声と共に火花が散った。


「ぐっ……!?」

「わ、ヒューイ!?」


 脇腹からダメージ演出を散らしたヒューイを咄嗟にマナが押し倒す。


 同時に幾つもの弾丸が空気を叩いた。


「……へえ」


 途端に目を光らせたギギが機関銃を構える。

 ベルギー製の汎用機関銃、FN MAG。大口径弾を連射する、スクワッド一番の火力だ。


「よせ、ギギ!」


 ヒューイの怒鳴りでギギの照準が、火点の消えた藪を捉えたまま止まる。


「一人くらい黙らせた方がおとなしくなるかも。」

「ミイラ取りがミイラになってどうする……この程度かすり傷だ。そうムキになるな、らしくないぞギギ。」

「……かすり傷?LPゲージ見られてるの忘れてないよね、ヒューイ。」


 心なしか低い声で溢したギギだったが、ヒューイの指示に逆らうことはなく、息をひとつ吐いて銃口を下ろした。


「今のは見逃す、次撃つやつまでは保証しないけど。」

「大丈夫さ、もう誰も撃ちやしない……」

「どうだか」


 一気に殺気だったギギの後ろで、マナがヒューイに治療アイテムを使っている。


「もう、死んだらどうする気?もう少しそれてたらアウトだったじゃん!」

「そりゃ、死んだらどうにもならんだろうな……すまん、マナ……」


「で、撃たないならどうするヒューイ。」


 マナは治療で手が離せない。ギギは銃を手放してくれない。


「……なんでこんな目に……!」


 こうなったら仕方ない。出来ることなら関わりたくはなかったが、自分が発炎筒を取った。


「落ち着いてください、俺たちは敵じゃありません!」


 正直、怖くて仕方ない。

 ヒューイがやられたように、またいつどこから弾が飛んでくるのかわからないのだ。

 全力で走り去りたいのを堪え、発炎筒の噴射音しか聞こえない中に返答を待つ。


 すると、やっとのこと闇の中から声が返ってきた。


「動くな!動くんじゃねえぞ!」


 声が震えている。

 どうやらかなり怯えているらしく、どうしても姿を見せようとしない。


 とにかく、この興奮状態ではいつ撃たれてもおかしくない。


「俺たちは敵じゃありません!出てきてください!」


 落ち着かなければ説得力が生まれないのは理解している。だが、その意思に反して膝が震え、喉の奥に力が入ってしまう。


「黙れ!おまえら、連中の仲間だろうが!」


「違います!話を聞いてください!」


 駄目だ、話が通じる様子がない。

 完全に見えない敵に怯えてしまっている。


 辛うじて保っていた冷静さがだんだん焦りに浸食されていく。

 このままでは衝突は避けきれない。


 額の汗が頬を伝い始めた時、後ろからズボンの尻を摘ままれた。


 汗だくで振り向くと、マナが「餅つけ餅つけ」と手招きをしていた。


「ちょい、セトくん、パス。ちょっと私に代わりな?マナさんの本気見せたる。」

「え、ヒューイは?」

「たぶん大丈夫、この筋肉お化け体のつくりだけは頑丈だから。」


 発炎筒を持つ自分の前に立ったマナが、両手を筒のように構える。

 そして、大きく息を吸い込み


「聞こえますかー!マナさんでーす!!」


「ちょ……マナ!?」


 思わず発炎筒を落としそうになった。


 張りつめた空気を完全に無視した名乗りに、辺りの緊張が一気に吹っ飛んだ。


「……ま、マナサン?」


 仕舞いには相手までも困惑して聞き返す始末だ。


「こっちのいかにも頼りない新人顔がセトくん!草に埋もれてる物騒なコロボックルがギギたん!さっき撃たれたやつは筋肉モリモリのマッチョくん!ちなみにうちのリーダーだけど、たぶん生きてるから気にしなくていいよー!」


「き、気にしなくてって……」


「それより、これじゃ話しにくいから!出てきてくれなーい!?マナさんとお話しよう!」


 さっきまでの緊迫した雰囲気が嘘のように霧散した。

 しばらくの静寂が舞い降りた後に、草木が揺れる音がして、緑と灰色との明細柄に身を包んだ男たちが銃を手に手に這い出してきた。


「お、おまえら、何者だ……!?」


 今度は別の意味での緊張感を見せる男たちに、ギギは機関銃を手にしたまま「わあ」と口を開けた。


「マナ、こういうとき器用だよね。」


「女の子ですから、ね?ヒューイ、上手くいったよー。」


「あ……あぁ」


 ギギが片腕を持ち上げると、ヒューイも何とか立ち上がった。

 治療アイテムが効いてきたようだ。


「あ」


 ちょうどその時、『INARI』の表示と共に音声通信の着信が届いた。


「向こうも決着ついた……のかな?」

「冗談だろう?」


 位置情報では、後方約60メートルの距離だ。


「物音ひとつしなかったぞ?」

「後ろから忍び寄って、騒がれる前に皆殺しにしたとか。」


 ギギが物騒なことを言ったが、この手早さは冗談にならない。

 とにかく、終わったのなら合流しなくてはならないし、問題なら援護に回らなくてはならない。


 ヒューイが表示を開き、外部スピーカーに切り替える。


「どうした、問題か?」


『平気。こっちはどうにかなったから、報告。』


 一同は顔を見合わせる。


「マジでか、はや」


 思わず溢したマナの声は拾われなかったようだ。


「ちょうどこっちもなんとかなった。」

「ヒューイが死にかけた。」

「余計なこと言うな、ギギ。」


『……そう』


 それだけ言うと、通信画面は閉じてしまった。


「……なんか……あれだね。」

「そうだな。」


『通話終了』の画面を囲みながらどうしようもなく頷きあっていると、再びスクワッドメンバー全員ち宛てた通知が届いた。もちろん《INARI》の表示でだ。


「ロケーター?観測手(スポッター)系のスキル持ってたんだ。」


 観測手(スポッター)系のスキルは、対象とした場所やエネミーキャラ、プレイヤーなどの位置をスポットし、メンバー間で共有することが可能になる。


 スクワッドなどでのチームプレー向けのスキルで、あまりソロプレイヤーの使うスキルではない。


「ここに来いってこと……だよね?」


 首を傾げたマナに、ヒューイは頷いた。


「とりあえず向かうしかないな。」

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