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12:05PM 閉鎖世界はウサギに優しくない

 

「!?」


 一番初めに気がついた自分に続き、おかしなやり取りを繰り広げていた三人が肩を跳ねさせた。


 不自然な藪の揺らぎ。

 間違いない、何かがいる。


「な……なんだ……!?」


 ヒューイが愛銃のM4カービンを構える。


「なになに待って!?ヒューイが変なこと言うから、もう!!」

「ナマも言ってた」


 その様子にただならぬものを感じ取ったのか、マナは太いサプレッサーのついたAKS-74Uを抱き締めるように構え、ギギはこの距離での機関銃の使用を諦めたのかUSP拳銃を抜きながらヒューイの後ろに下がっていった。


「いいか……ゆっくり下がれ、ゆっくりだぞ……まだ撃つな、刺激したらやばい……」


 ヒューイの声に合わせ、藪の中に照準を合わせたままゆっくりと距離を取る。


 揺れの発生源が移動している。

 素早く激しい動きで、千切れた草を散らしながら右へ左へ、蛇行を繰り返しつつもこちらに接近している。


「やばいよヒューイ、なにこれ……!?」


「撃つなよマナ、まだだ!ギギ、用意いいか!」


「間に合う」


 その後ろで、ギギが小さな体躯に不釣り合いな汎用機関銃を持ち出した瞬間だった。


「うひゃっ!?」


 マナの奇声が聞こえてきたかと思うと、藪の中から何かが飛び出してきた。


「っ!?」


 引き金を引きそうになった指を離したのは正解だった。

 藪から出てきたその小さな塊は地面をひと跳ねすると、鼻をひくひくと動かしながら目を見開く若干三名を不思議そうに見上げる。


「う、ウサギか……?」

「ウサギ……ですね」

「わお!」


「……え、なに。見えない。」


 ヒューイの熊のような背中の後ろにいたギギだけが、平常運転で口にしたのだった。


 藪から飛び出してきたのは、小さなウサギだった。

 茶色い毛並みに、長い耳のついた小動物、あのウサギだ。


「……脅かすんじゃねえよこのチビスケが……!」


 何も知らない顔のウサギに、ヒューイは額を押さえながら天を仰ぎ、


「あははっ、ウサギか?ウサギじゃん!びっくりしたー、てかかわいっ!!」


 マナは肩紐を通したAKをわきにやって、身を屈めて手を伸ばした。


「お~よちよちよち~、おまえはふわふわだな~?かわいいな~?ウサギだもんな~?ほらほら、マナさんが抱っこしてあげるぞ~、おいで~。」


 突然迫ってきた謎の人間に驚いたのか、ウサギは身を低くしてじりじりと後ずさる。


「マナ、ウサギが嫌いだってさ。」

「なに、ギギ?ウサギ語わかるわけ?それともちっちゃいもの同士通じ合ってるの?」

「うん。」

「嘘こけって。さらっとした顔で、おまえは。」


 ウサギを諦めてギギに絡みに行ったマナだったが、ヒューイは未だ銃に手をかけたままでいる。


「ヒューイ?」


 声をかけると、彼は首を傾げながら銃の安全装置に指をやった。


「いや……」


 ウサギ一匹にしちゃ、揺れが大きくなかったか?


 そう口にするつもりだったのだろう。

 ちょうど同じことを考えていたので、聞く前にわかった。


 だが、それをこの耳で聞くことはなかった。



 がさり



 また藪が揺れる。

 しかも、今度はかなり激しい。


 振り向くと同時に、視界の隅で確かに見えた。


 藪の中から伸びた何かがウサギを絡めとり、一瞬にして引きずりこんだのだ。


「うわっ!?」


「えっ!?」


 思わず尻餅をつく。

 ウサギが飲み込まれた藪が大きくざわつき、ギィギィという悲鳴が聞こえてくる。


「え、な、なに!?え!?」

「マナ、駄目だ!!」


 尻餅を着きながらも近付こうとしたマナの手を掴めたのは、かなり運が良かった。

 ちょうどその瞬間にウサギの断末魔が響き、地面をぬるりとした液面が迫ってきた。


「なに……これ……なんなの!?」

「おまえら下がれ!!」


 ヒューイの怒号。


 そして、


 草の切れ端や枝を散らしながら、それが姿を現した。



















「……あ」


 藪を抜けると、目の前には銃口があった。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ

 長いの、短いの、太いの、細いの


 でもって、その上に見える顔四つは揃いも揃って鬼気迫るモノをなみなみ湛えていた。


 おかしい。

 眠気覚ましにと夜食を調達していた所なのだが、果たしてそんな自分に銃口と殺気を向けられるような節があっただろうか。


「……。」


 無かった。無かった筈だ。無かったと思う。


 それは理解しているつもりだ。だが、こうも強く当たられると不安になってしまうのが、人間という難儀なメンタルを持ち合わせる生き物の性なのである。


 結局。


「その……ごめんなさい、かな」







 初めは、化け物を見たような気分だった。


 虚ろな目でどろどろと血を落とすウサギを片手に下げた青年が、ナイフを片手に藪の中から出てきたのである。


「それにしても驚いたな」


 沸かしたお湯でカップの粉末スープを溶いたヒューイが顎に手をやった。


 一時はボスとのエンカウントを上回りそうな勢いで騒然としたが、相手がプレイヤーと分かれば混乱も治まった。


 今は四人に加えてその青年一人を入れ、互いの情報交換という体で仕方なく焚き火を囲んでいる。


 再びの休憩に満足そうな顔をしているギギを横に、ヒューイが頭を掻いている。


「まさかこんな森の中で人に会うとは。」

「……どうも」


 当の青年はと言えば、手早く捌いてしまったウサギの肉を小分けにして串を通し、火の周りに並べている。


「ああ……あんなにかわいかったウサちゃんがこんなに美味しそうな串焼きに……」


 そんな光景に、悲しいのか嬉しいのか、マナが複雑な表情で呟いていた。


 ちなみに解体の過程で、レバーなどの内臓は青年が食べていた。

 もちろん生で、である。


「食べます?」とヒューイが勧められていたが、人一倍食べそうな図体の彼も今回ばかりは全力で遠慮していた。


 新鮮だから大丈夫だとは言っていたが、さすがに真っ赤な血肉の塊に形のまま噛みついて頬張っている姿はあまり見ていられるものではなかった。


「悪かったな、いきなり銃なんか向けて」


「結構慣れてる……こっちこそいきなり飛び出してごめんなさい」


 解体に使った大小のナイフを布で磨きながら、青年はぼそぼそと答えた。


 こんな森のなかをひとりで歩き回っている時点で既に普通ではないが、変人揃いのこのスクワッドの中でも浮くほど変わった存在感を放つ青年だ。


 上下とも黒地のジャージ姿。ナイフの鞘や弾倉の下がったタクティカルベストを上着の上から着用しているが、それでもかなりの軽装だ。


 コスチュームのデザインや装備品の自由度に関しては、かなりの幅があるSOGO。各国軍隊の装備を模した物はもちろん、中世ヨーロッパ風の甲冑から宇宙時代の到来を告げる金属質のスーツ、果てや着ぐるみやコスプレまでと、そのバリエーションはもはや混沌の域にある。

 様々な衣装が用意されたこの世界だからこそ、その部屋着のような着こなしが酷く浮いている。


 いや、格好だけではない。


 口数は少なく、ぼんやりとした顔をしているのに、その動作には妙に隙がない。投げ掛けられる声に対して受け答えははっきりとしているのに、その一方では何か別のものを見ているようで、何を考えているのかさっぱり分からない。


 温厚そうな仕草や口調と、次の行動が全く読めない危うさ。そんなものが同居した結果、形容しがたい特異な雰囲気を醸し出している。


「ところで……」


 そんな青年が突然話を振ってきたので、一同は思わず身構えた。


 その様子が何に見えたのか、何度か瞬きをする青年。

 改めて息を吸い直すと、微かに首を傾げながら口にした。


「こんな森の中でなにやってたの。暗いし、少し寒いし。」


「……」

「……」

「……」


 そりゃこっちの台詞だ


 カップのスープをズルズル啜っていたギギを除き、全員がそう思った筈だ。


「……それは」


 面食らって黙りこんでも仕方がない。

 そう気を取り直したヒューイが代表して喋り始める。


「この辺のエネミーの発生率の異変だ。俺たちはその調査に来た。」

「調査……」

「ああ、この辺は危険だ。ザコが湧いてくるだけならまだいいが、ボスエネミーとでもぶつかったら不味いからな。用事がないなら、早くこの森を出た方がいい。」

「……。」


 話を理解しているのか、していないのか。

 青年はぼんやりと頷くと、いい具合に焼けてきた串焼きを取ってふうふうと吹いた。


「……。」


 そのマイペースっぷりに、思わず黙るヒューイ。


「その……聞いてたか?ここは危険なんだ。」

「あ……ごめん、その」


 焼きウサギを一口二口とかじり、残った串だけをやはりぼんやり見つめると、暫くしてポケットから何かを取り出した。


 四つ降りにされた書面のようで、それを広げると焚き火の明かりにそれを翳した。


「円卓からの委託。俺も、この森の調査に。」







『白翼の円卓』

 通称『円卓』


 この閉鎖世界において最大規模のプレイヤー連合であり、ver5.0.0配信後のSOGO内の治安維持を目的とした自警団として機能している。


「『円卓』……奴等が動いてるのか!?」


 書面に添えられた印は確かにその組織のものだ。

 だが少々妙だ。

 円卓はその立場上、身内以外にその活動を委託することは少ない。


「意外!君、団員なの?」

「……。」


 質問したマナに、彼は緩やかに首を横に振る。


「いや……やめた、かなり昔だから」

「じゃあ、その首から下げてるのは?」


 マナが指を指したのは、ジャージの襟元から覗くドッグタグだった。

 焚き火の明かりの元では分かりにくいが、強い力で曲げられたような歪みや高熱による変色などが微かに見える。


「それ、円卓の団員証でしょ?」

「これは……」


 この時、やっと彼の人間らしい仕草が見られたような気がした。

 青年は言い淀み、顔を背けながらシャツの裏にチェーンごとそれを隠した。


「……俺のじゃない」


 なにやら事情があるようだが、あまり深く聞ける雰囲気ではない。シャツの布越しにタグを握ったきり、言葉を発しなくなってしまった。


「円卓からってことは、一人じゃないんだよね。あそこじゃブラックな仕事はできないし。」


 居づらい沈黙を破ったのはギギだった。

 ニ本目の串を取ろうとしたものの、それを凝視していたマナに気付き手を止めていた青年が顔を上げずに頷く。


「知り合いが何人か。でもこの森広いから、手分けしようって、それきり。……あ、食べたいなら別に、どうぞ。」


 これにはギギでさえ肩を竦めていた。


 どういう経歴の奴だかわからないが、命知らずにもほどがある。

 見かねたヒューイは、ため息を隠したのか大きく咳払いをしていた。


「なあ、それなら。」

「え?」


 ヒューイは空中に投影されたメニュー画面を操作すると、青年の目の前にある画面を送った。


「俺たちのスクワッドだ。今だけでもいいから来ないか?」

「スクワッド……」



 スクワッドとはつまり、プレイヤー同士で組むチームのことである。

 加入すると、メンバー同士が一定範囲内で音声通信が可能になる他、LPやバフ、デバフなどのステータスや位置情報が共有されたり、友軍誤射(フレンドリーファイア)によるダメージが軽減されるなど、プレイヤー同士の連携をシステムがアシストしてくれるようになる。


 青年は三本目の串を捨てつつ、YES、NOと並んだ画面とヒューイの顔を見比べる。


「……こういうの久しぶりだから、うまく動けるか分からないけど」

「いや、構わん。遠慮するな。それに、円卓のお墨付きとあれば、こちらとしても心強い。是非とも協力させてくれ。」


 口ではそう言っているヒューイだが、こんな奴をひとりで歩き回らせるなんて危なっかしくて見ていられないというのが本音だろう。

 彼はそういう男だ。


「なら……はい」


 脂を拭った指が、目の前の表示を弾いた。


 メンバー全員に通知が届き、名簿の五人目に新たな名前が追加される。


 アルファベットで表記されたのプレイヤーネームは『INARI』。


稲荷(イナリ)です。……えっと、よろしくおねがいします、かな」


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