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11:50PM 夜の森は騒々と……

本作は『ver5.0.0シリーズ』の二作品目となりますが、世界観以外に他作品との繋がりはほぼありません。


『ver5.0.0 ~月光の森でダンスを~』お付き合いお願いします。

 不思議な気分だった。


 湿気を帯びた夜の空気と木々の間で、遠くくぐもる銃声。現代日本で一般的な生活をおくる分には一生味わうはずのない音が満ちていた。

 だが、気がつけばこれさえも日常の一部だ。


「エネミー来たぞ、近い!」


 仲間(スクワッドメンバー)の声に慌てて深く構えた銃もまた、いつのまにか日常の一部。


『SG550』

 堅牢な作りと遠距離での高い射撃精度が強みの、スイス製のアサルトライフル。

 レンズの向こうに赤い点を浮かべる無倍率の照準機、ドットサイトを乗せてある。


 特にこの手の知識に明るい訳ではなかった自分も、ここ半年命懸けで使い込んだおかげでそれなりに扱えるようになった。


 所々伸びる草が揺れ、木の幹が弾けて散る。

 その軌道上にでたらめに伸びている白く細い光のラインは、敵の放つ弾丸だ。


 夜の森の向こう。

 暗闇に慣れた目を凝らすと、月明かりの差す木々の隙間を、黒い靄を纏った影と赤い一つ目がゆらゆらと現れては陰る。


『敵』だ。


「裏取りよろしく、セト!援護するから、走って!」


「分かった!」


 応えながら柔かく沈む土を蹴って走り出す。

 仲間たちから離れながら、銃声を頼りに大きく迂回する。


 同時に、更に仲間の合図が聞こえた。


「発炎筒行くぞ!」


 闇の中に撃ち込まれた光に、敵の姿がはっきりと浮かび上がった。


 ゆらゆらと揺れる幽鬼のような足取りと、真っ黒な影で出来た体。赤い一つ目を光らせながら、片腕と同化した自動小銃を乱射している。

 雑魚エネミーキャラの代名詞、『シャドウピープル』。


 数は八体まで見えた。


 木々の隙間を縫って走るこちらには目もくれず、制圧射撃を続ける仲間へでたらめな攻撃を続けながらふらふらと距離を積めている。

 仕組まれたAIの下す攻撃優先順位は、攻撃の激しさ。つまり、陽動には極端に弱い。


 側面さえ取れれば一瞬で片が付くはずだ。


 硬く、だが何処か軟らかい樹木の幹に半身を預けながら、照準器の向こうにぽっかりと浮かぶ赤い点を覗きこんだ。

 高揚感は確かに感じている。指先に緊張を感じない訳ではない。

 だが、これも慣れなのか、頭の芯は夜の空気と同化したように冷めていた。

 赤い点と黒い背中が重なる。


 この一瞬だけ、世界が止まる。


 指で切った三点射が敵の無防備な背中を駆け上がり、腰、肩甲骨、後頭部の順に赤い光を散らした。


 視界の隅に表示される『120pt』『23exp』『critical!!』の文字を残して、影一つがぐらりと傾いて地面に溶けるように消えた。


 だが、彼らは振り向かない。


 派手な銃声と火花を散らす目の前の敵以外には、決して反応を示さない。そう組み込まれている彼らに、『振り向いて反撃を行う』という選択肢は存在しないのだ。


 だからこそ、落ち着いて狙い、確実に仕留めることができる。


 地面で燻っていた発炎筒が燃え尽きていく。


 だが、二発目の光源は必要なさそうだ。

 陽動を兼ねた味方の射撃を浴びた敵が崩れ落ちていく。もう三体でも仕留めればまた静かになるだろう。


 そうなったら、また眠気が襲ってくるだろうか。

 夜はあまり得意ではない。


 そんなことを考えながら、再び引き金を引いた。








 ver5.0.0 ~月光の森でダンスを~









 不思議な気分だった。


 ほんの半年も前までは、目前に迫ったセンター試験に向けてボールペンを動かしていた指が、今は三十発まで入るマガジンに5.56×45mm弾を積め入れている。


 もちろん、その前にも何度かこの作業はしてきたが、まさかこの作業をここまで真面目にやる日が来るなど予想するわけもない。

 

 あの頃は、まだこの細かい作業も『ゲーム』の一環でしかなかったのだから。


『ソウル オブ ガンスリンガー オンライン』、縮めてSOGO。

 現代兵器に身を包み、荒廃した世界を冒険するアクションゲームだ。

 作り込みの悪さを臭わせるファンタジーとミリタリーの不協和音。そしてプレイヤー層の悪さを特徴とするB級作品として知られる。


 まだただの受験生だった半年前までは、この世界も数ある息抜きのうちの一つ、『VRゲーム』に過ぎなかった。

 だが、あの日それが変わってしまった。


 唐突に、どうしようもなく唐突に。


 新アップデート、『ver5.0.0』のポップアップが現れたあの午後八時過ぎ。

 それに触ったその瞬間から、記憶が曖昧だ。


 次に目覚めたその時には、見慣れたゲームの世界と、そしてゲームにしては恐ろしく生々しい感覚の同居というギャップがそこに存在していた。


 ログアウト不能という事態に気が付いたのはその三分後。

 更に、この世界に死後の『リスポーン』が許されないことに気が付いたのは数日以内だった。


 つまり、自分達はこの火薬と鉄の閉鎖世界でもサバイバルを余儀無くされたということだ。


 原因はわからない。

 誰がなんの目的を持ってしたのかも、そもそもこの現象に何者かの意図があるのかもわからない。


 だが、それなりに時間さえ経ってしまえばこの通り適応してしまうのだから、人間とは底が知れない。


 使ったマガジンに最後まで弾を詰めきると、あくびを噛み殺しつつ改めて視線を上げた。

 仕事中とはいえ、時間も時間だ。

 休憩中の仲間三人が自分と同じく各々弾を詰めるなり、座りながら半目を閉じるなりとしている。


 このメンバーとは、世界がこうなる以前、というよりもSOGOをはじめて以来なのでかなり長い。

 何か共通の趣味や目的のあるチームという訳ではないし、リアルに接点があった訳でもないが、気が付けばいつも組んでプレーしている仲だ。こうなってしまった今では互いに便りになる仲間として、スクワッドを組んで仕事をしている。


「セト、調子どう?」


 突然目の前に現れた目出し帽(バグラバ)


「あ……マナ」


 黒い覆面のようなそれを脱ぐと、そこから長い金髪がこぼれ落ちた。

 メンバーの一人、マナだ。このゲームを始めた頃、このメンバーに誘い入れてきたのが彼女だ。

 SOGO(ここ)では珍しい女性プレイヤーだが、人懐っこいというか、フランクというか、変わった雰囲気の人である。


 脱いだ目出し帽で顔を扇ぐと、まつげの長い目を猫の様に細めて笑った。


「そいえば、さっきのナイスダッシュだったよ?がんがん裏取れるセトくんはカッコイイねぇ~。」

「いや、別に、いつも通りですってば……。それに、これくらいならマナにもできる……ですし。」

「おお、セトの変な敬語出た、照れてる照れてる、あははは!」


 この面子と関わるようになって気がついたことが、どうやら自分は決まりが悪くなるとこの『変な敬語』が出るらしい。

 今ではこのことでことあるごとにからかわれる。

 顔を背けて弾詰めに戻ろうとしたが、ちょうど作業が終わっていたことを思い出し、結局それをいそいそとポーチに仕舞った。


「こらマナ嬢、セトは女の子慣れしてないんだ、あんまりからかってやるな。」

「あはっ、そう?ごめんごめん!でもそういうセトくんもカワイイよ~」


 同じくアサルトライフルのマガジンを補充しながら笑ったのは、この中でリーダー的立場にいるヒューイだ。


 額にバンダナを巻いた肩幅のある偉丈夫風だが、見た目によらず狙撃や簡単な工作もこなせるという器用な男だ。


「別に、そういうわけじゃない……ですけど」

「あ、図星?」


 ぼそりと、横から一言。

 メンバー最後の一人、子供と見紛うほどの小柄だがマシンガナーのギギだ。

 弾薬をたっぷり詰め込んだ大きなリュックに、ライフル弾だって止めそうな雰囲気のプロテクターやヘルメット、プレートキャリアというかなり厚ぼったい格好をしている。そのファンシーな頭身も相まって、マナからは暫し『マシンガンのゆるキャラ』と称されている。


「でもそういうギギたんもめちゃカワよ~」

「ありがとう。」


 突然矛先をずらしたマナにヘルメットの頭を撫で回され、酷く迷惑そうな顔をしていた。

 ちなみに、男か女かはっきりしない形をしているが、言動などから察するに恐らく男だ。そのはずだ。


 いつも起きているのだか眠っているのだか半目でぼんやりしているが、技術に関しては信頼が置けるので問題はない。


「よし、休憩ここまでだ、歩くぞ。」


 立ち上がったヒューイに、各々の装備を確認しながら続いた。


「……。」


 ただ、ギギ一人が乗り気ではない顔をしている。


「ギギ。」

「……座りたい……」

「もう座ってるだろうが。」

「まだ座りたい……」

「却下だ。早いところ終わらせないと、ずっとこの森のなかだぞ。」

「……。」


 短い手足でやっと立ち上がると、愚図るような顔で自分の尻を叩いた。


「……みんなおれの苦労を汲むべきだ。おまえらの二倍足を動かさないと前に進まない……。」


「よし、んじゃ出発だ~」


 マスコットサイズの彼のヘルメット頭に手をのせながら、マナが調子よく言った。





 別にこんな真夜中にこんな森の中まで、キャンプを楽しみに来たわけではない。

 いや、マナなら「やろう」などと言い出しかねない性格をしているが、違う。


 今回はきちんとした仕事をしにきた。

 この森、基、その周辺で発生している『異変』の調査だ。


 その前に、この世界のシステムについて説明する。

 この世界は主に、『戦闘区域外』と『戦闘区域』に二分される。

 前者は町などの拠点や施設であり、その圏内では戦闘行為そのものは許されるが、発生するダメージは制限され、LP(ライフポイント)も残り1%でカウントがストップするというセーフティが働く。

 後者『戦闘可能区域』はこの世界の大半を占める空間で、戦闘行為からあらゆることまでが許される他、AIにより統治された『敵』役NPC、エネミーキャラが発生(スポーン)する。主に、特殊なルールが発生する多層空間である『特殊エリア』と、それを取り巻く余白部分『無制限空間』から形成されている。


 ここはその無制限空間。

 SOGOのワールドマップにおいての中心、主要施設『エリアナンバー01:タワー』。その影を遠目に望む小さな廃村『エリアナンバー11:湖畔の村マリット』、その周囲を囲む森林地帯である。


 ゲーム開始地点からも近いため歩きやすく、毎晩必ず月が出るため視界が確保しやすいため、夜間になると難易度が跳ね上がるこの世界では比較的静かな場所である。

 正式な名称は存在しないが、攻略サイト等では暫し『月光の森』と呼ばれている。


 ところが、凡そ二週間ほど前からこの森である異変が観測されるようになった。

 エネミーキャラ発生率の異常上昇である。


 エネミーキャラ発生率の変動自体は差ほど珍しくはなく、放っておけば自然に解決する場合が殆どなのであまり気にされることも少ないのだが、今回は場所が場所なだけに放置ともいかないらしい。


 いくつかの情報屋が委託施設に調査を依頼、そこからの紹介で自分達がこの仕事を行うことになった。


「大方原因の予想はついてるから、まあ長引きはしないと思うよ?それに、報告さえ持って帰れば買ってくれる人は一人や二人じゃないだろうし。いやぁ、臨時収入最高!」

「……。」


 相変わらずむすっとしているギギのモチベーションを気にしているのか、それとも単にこの降って沸いた稼ぎの種に気分がよくなっているだけなのか、マナがそのいい高さにあるヘルメットをぽふぽふ叩いている。


「ボス級エネミーの自然発生(スポーン)……今のところその線が一番強いか。」


 気楽なマナに対して、ヒューイは警戒を怠らない。


 ボスクラスのエネミーキャラは、基本的に特殊エリア内にしか発生しないが、表側での発生が観測されたことがないわけではない。

 そういった場合、その周囲では他の雑魚エネミーキャラ発生率の上昇や通常現れないエネミーキャラの出現が観測されている。


「ボスの痕跡さえ発見できればそれで十分だが、もし途中で鉢合わせなんて食らったら事だ。油断だけはするなよ?」


 ボスの危険度はピンキリだが、ものによっては50人規模の討伐隊を組んでも被害が出るレベルの怪物も存在する。


「このゲーム、その点ではバランス調整イカれてるし……場所は場所だけど、万が一はある。」


「あらら、ギギたんまさか怖がってる?」


 冷やかすように頭を撫でまくるマナに、ギギは迷惑そうに目を細めて黙った。

 代わりにヒューイが叱りつけるような口調で言う。


「バカ、それこそ油断してその『万が一』に当たってみろ。取り返しがつかんぞ?」

「そんな顔しないでよ、ヒューイ隊長?なんか田舎のお父さんみたいになってるし。ホラー映画とか見たことないでしょ?こういうのって無駄に構えちゃうから危ないんだってば。

 万が一なんてありません、かんがえません!そのくらいがちょうどいいんですよ!」


「……。」


 一方の自分はといえば、そんなやり取りを聴きながら、ずっと指先でSG550のセレクターを触っていた。


「……そういう台詞もホラー映画で聞くんだけどな……」


 とは、考えるまでで口には出さなかった。

 そして、




 がさり




 目の前の草むらが派手に揺れたのは、そんな曖昧な不安を忘れようとしているその時だった。


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