C 必然的に被る苦痛
「……と、…ひとったら…」
上の方からそんな声が聞こえる。
「…ちょっと、起きなさいよ…」
美樹の声だ。どうでもいいが、その言葉、幼馴染みが朝に起こす感じに優しく頼む。
「……、ふざけたこと言ってると堕とすわよ…」
……。よし、起きよう。今すぐ起きよう。
「……」
俺はむくっと上体を起こし、美樹を見上げる。そこには、少し引きつったような笑みを浮かべる美樹がいた。
「ったく、素直にすぐ起きなさいよね」
「…あぁ、悪い」
俺は辺りを見渡す。傾きかけた夕日が窓から差し込み、あたりを少し明るく照らしている。ホームルーム終了直後の放課後のようだ。
「…別にいいけどね。ちゃんと起きて(・・・・・・・)くれたら」
美樹は辟易とした感じに言う。
「ホームルーム終わったんだな…」
「十分ぐらい前に終わったわよ。あぁ、そうそう、今日から文化祭準備期間だから私部室行けないから」
「あぁ」
確か昨日のホームルームで美樹はクラス出し物の総元締めになったんだったな。
「そうよ、だから、当分の間、ユリエ達のお守りよろしく」
美樹は少し楽しそうに言う。
「お守りって…、俺が疲弊する姿しか想像できないんだが」
「いいじゃない。懐かれてるのかもよ」
あれが懐いた相手にする行為なら、なんと歪んだ愛情なことか。
「まぁ、元々は邪念だしね」
「…俺にだけあぁなんだよな」
「でしょうね、私ならあの二人を消すことができるって知ってるから、その腹いせもあるんじゃない?」
「とばっちりかよ」
「まぁ、がんばんなさい。私はクラスの準備で忙しいから」
充実していると言わんばかりの笑顔で美樹は言う。
「そういえば、お前が文化祭ではりきるなんて中学以来じゃないか?」
「そうかしら?」
「あぁ、少なくともクラスを率いる勢いだったのは中学以来だと思うぞ」
「…、あれ、中学って何したっけ?」
「お前がはりきってやったのはお化け屋敷だろ。雪音と一緒に騒いでた記憶があるぞ」
「そうだったわねぇ、懐かしいわぁ」
美樹は遠くを見るようにして言う。あの時も今回同様、美樹が総指揮を執ることになり、細かいアイディアを雪音と一緒に楽しげに出していた。
「でも、本物が来るとは思わなかったな」
「そう? 私は思ってたし、無害な子に招待状みたいなのをばら撒いたりしてたから全然驚かなかったわよ」
俺たちがやったお化け屋敷。中学生が考えるものだから悪戯程度のものが多かった。だが、そこに何故か明らかに他とは異質なものが混じっていたのだ。つまり、本物のお化けが混じっていたということがあった。どうやら、それを仕組んだのは美樹のようである。
「仕組んだとは人聞き悪いわね。演出よ演出。ありきたりなお化け屋敷じゃつまらないでしょ?」
知るか! 普通学祭のお化け屋敷で本物を見ることにいかほどの価値があるというのか。学祭なんだから普通でいいんだよ。普通で。
「……何? 怖いの?」
「…なんで急にそうなる」
「そういえば、中にいた雪音が言ってたわね、晃仁が結構怯えてたって」
「……」
「眞梨亜だって、ある種お化けみたいなものなのに、お化け屋敷に出た本物は怖いのね」
「……そ、そりゃ、暗闇でいきなり青白いのが出てきたら誰でもビビるだろ」
俺はボソリと言う。
「まぁ、晃仁の場合は子供の頃とか襲われてたもんね。俗に『アヤカシ』って言われるものに」
「…お前は浄化とかそういう力があるからいいけど、こっちは命懸けなんだぞ」
「はいはい。そのために、私が守ってあげてるんだから感謝しなさい」
美樹は俺の頭をポンポンとしながら言う。
「それに『アヤカシ』に襲われるのに比べたら『人ならざるモノ』に弄られるのなんてかわいいものよ」
違いがわからん。
「だって、ユリエたちはあの結界があればとりあえずはあなたを襲うことはできないし、とりあえず、彼女たちも襲おうとかは考えてないでしょうからね」
「なるほど、肉体的な危険があるより、精神的に疲弊する方がマシだとお前は言いたいわけだな」
「そのとおり。だから、さっさと行ってきて」
「へいへい。わかったよ」
俺は渋々といった感じで席を立ち、教室のドアを開け、廊下へと出る。