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結局、クラスでは和風なメイド喫茶をやることになり、しかも、張り切った美樹はその先頭に立ったのだった。それから美樹は連日放課後遅くまで残って準備をし、文化祭前日には泊まり込みをするほどだった。
そんな文化祭当日。学校に登校した俺は教室の前で待ち構えていた美樹に出会う。
「見なさい! これが、私の…いえ、私たちの成果よ!」
美樹は俺と目が合ったのを確認すると、大仰な手振りで入口の看板を示す。そこではポップな文字が踊る。
「確かにすごいけど、お前が作ったわけじゃないだろうに」
「そりゃそうだけど、指示したのは私よ」
威風堂々という単語を使いたくなるほどにきっぱりと言う。使う場面はあきらかに間違っているが。
「というか、看板だけじゃなくて、目の前のこの美少女にも注目しなさいよ」
美樹はポーズを決めながら言ってくる。今の美樹は、このために、裁縫趣味の女子たちが作り上げた和ゴステイストなメイド衣装だ。というか美少女とか自分で言うのか。
「…似合ってるんじゃないのか?」
俺はできるだけ明るく言う。むしろ抑えたぐらいかもしれない。
「何パーセント増し?」
「自分から聞くのか…」
「…四割弱じゃないか」
「なによ、その微妙な数値は…」
美樹は少し不貞腐れたように言う。プラス何かオプションを付けてくれればあがるかもな。
「オプション? 本番はここにお盆を持つけど?」
うん、そりゃそうだろ、それでないと店である必要がないからな。そうでなくて、こう見た目的なもので。
「…まさかパンチラとか望んでんじゃないでしょうね、だとしたら、全力で消すわよ」
んなわけねーだろ! そうでなくて、例えば髪型とかだ。
「髪型? なに? ポニーとか、ツインとかにしろってこと? どっちも面倒なのよねぇ、それに、ポニーなら毎年してるし」
なに?
「お前ポニーテールなんかしたことあったか?」
全く見た記憶がない。
「してるわよ。お正月に。巫女服には可愛いかなと思って」
ちょっと待て。
「巫女服とかもまだ見たことないんだよな。何故か毎年タイミングが合わないみたいで」
俺は少しジト目で言ってみる。
「あら、それは残念ね」
対して美樹はさほど気にしていないという風に言う。
「まぁいいけどな。それより、準備とかはもう終わったってことだよな」
「当たり前よ。後は三十分後の開店を待つだけよ」
美樹は満面の笑みで言う。それはとても充実しているようにも見えた。
「あ、そうだ、もしかしたら、そろそろ遥華が来ると思うから迎えに行ってあげて」
宮前遥華。美樹の従姉妹で、全盲の霊能少女。夏休みに俺とは出会い、それ以来友人関係となった美樹とは正反対に大人しい少女だ。
「校門まで来るのか?」
「うん。だからついでに、一緒に見て回ってあげて、私たぶん手が離せないから」
「今から?」
「うん。今から。さっき、学校に来る最後の信号を渡ったって連絡があったから」
「…教室で休ませー」
「早く行って、遥華が待ってるから」
「……」
俺はそのまま来た道を戻り、校門へと向かう羽目になった。
教室から校門へと向かう間。開場に向けた最後の準備が随所で行われていたし、準備を担当する以外の生徒も続々と登校してきていた。その流れに逆らうように俺は校門へと向かう。昇降口を出て、校門を見ると細く白い棒がチラチラと覗いていた。それは遥華が常に持っている白杖で、そこに彼女がいることを示している。
「おはよう、遥華、久しぶりだな」
俺は少し急ぎ足で校門に行き、手持ち無沙汰に白杖を小さくユラユラさせている遥華に声を掛ける。
「おはようございます、晃仁さん。今日はよろしくお願いします」
声に気付いた遥華は即座に俺の方を向き、柔らかな笑顔でそう言うと小さく会釈する。
「あ、ああ」
その素早さと正確に俺の方を向く勘の良さに俺は気圧されながら応える。いつものことなのだが、まだ慣れない。
「美樹ちゃん、はりきっているみたいですね」
遥華はくすりと笑いながら言う。
「ああ、反応に困るくらい、な」
「ははは、美樹ちゃんらしいです。一緒に回ってって、どんな出し物あるんですか?」
俺の呆れ果てたような言い方に苦笑しながら言う。そして、どうやら美樹は俺にはさっき言った「一緒に回って」ということを遥華には事前に言っていたようだ。
「そうだなあ、うちのクラスはメイド喫茶だし、あとはお化け屋敷とかスゴ技披露してるとこもあるみたいだぞ」
他のクラスのはあまり細かいことは知らない。文化祭のパンフレットと校内を歩いた時にふと目に付いたりしたのは店名だけなら覚えているんだけど。とりあえず、スゴ技は中二病チックでないことを祈るぐらいか。
「そうなんですねえ。どこもおもしろそうですねえ」
遥華は瞳を輝かせるような勢いで言う。こういうところは従姉妹なのだと実感するところだったりする。
「まぁ、過度な期待はしないほうがいいと思うけどな」
「そうですか? きっと楽しいと思いますよ。お化け屋敷はちょっと遠慮したいですけど…」
「いや、これは完全に作り物だぞ」
「いえ、本物なら少しは克服できたと思いますけど、まだ…」
本物より怖いらしい。逆だと思うんだけど。
「本物はまだ、会話できるし、なんだったら浄化しちゃえば済むじゃないですか? でも、作り物はそうはいかないじゃないですか。物理的な攻撃をするわけにもいきませんし…」
遥華は少し必死な様相で言ってくる。ある意味解らなくはないんだけど…。ちなみに物理的な攻撃という単語の時に彼女の白杖に目が行ったのはスルーしてもらいたい。
「あぁ、とりあえず、それは美樹とかとでも行けばいいと思う」
きっとお化け役が出る前に全部ネタバレ発言をしまくると思うぞ。
「いえ、雰囲気自体が駄目なので…」
遥華は一転、真面目な表情で言う。断固として行かないつもりらしい。
「そっか、じゃ、それ以外でいろいろ見て回ろうか」
「はい。それでお願いします」
「うん。じゃ行こう」
といって、俺は右手を差し出す。それに応えて遥華も一瞬左手を出しかけるが、すぐに下ろし、
「あの、御守りって持ってますか?」
と聞いてきた。意図が読めなかったが、俺は、
「いや、無いけど」
と答える。最近は特に何があるわけでもなかったから、美樹が俺に御守りを渡すということは無かった。
「……。私のでは効果が薄いかもしれませんけど…」
そう言って、遥華は肩から下げたバッグの中から御守りを取り出し、俺に差し出す。
「あぁ…」
特になにも考えずにそれを受け取る。
「………」
瞬間、微かに、ともすれば風に紛れて聞こえないか、風の音と勘違いしてしまうほどの幽かな叫び声が聞こえたような気がした。
「…え? 今、なんか…」
「よくは解りませんけど、何か邪念の残りカスみたいなものが憑いてたみたいだったので…、取れてよかったです」
遥華は茫然としている俺に向かって柔和な笑みで答える。邪念の残りカス? その単語を聞いた時「…今更?」と思った。何せ、邪念と深く関わったのは今年の四月のことでもう半年ほど前の出来事だからだ。それに、その時邪念だった二人は今は大人しく部室に張られた結界の中に閉じ込められているはずだし、もう、そういったものを出すことはないはずだ。となると、この何日かの間に別の邪念に触れたということになるのか? だが、もしそうなら…、
そこまで考えて俺の脳裏には一人の姿が浮かび上がる。
「…美樹が気づかないほどのものってことか」
「それは無いと思います。いくら微量でも常に晃仁さんと一緒にいる美樹ちゃんが気付かないなんてことは考えにくいです」
「いや、ここしばらくはあまり一緒にいなかったんだよ。あいつは文化祭の準備で忙しかったし、昨日なんか泊まり込みだったから」
「……それでも、気付かないなんてはずは…」
遥華は逡巡するようにつぶやきながら顎に手を当てる。
「とにかく、美樹のところに行こう、もしかしたら、あいつにも何かあったのかもしれない」
「……そうですね。そのほうがいいですね」
俺は遥華の手を掴み、そのまま、少し急ぎ目に昇降口へと向かった。
「なんか、瘴気っぽい感じを感じるんですけど…」
昇降口へ向かう途中、遥華が嫌そうな口調で言う。
「瘴気? 腐ったりするみたいなアレか?」
「いえ、そういうのではなくて、妖気とか、霊気とかのもっと悪いものって感じで、長くあたっていると気分が暗くなるというか、荒んだ感じになるみたいなやつです」
そんなものがいつの間にか校舎に充満していたというのだろうか。
「急ぎましょう。のんびりしてたら取り返しのつかないことになるレベルです」
「わ、解った」
少し歩く速度を上げる。ほとんど駆けていると言ってもいいぐらいだ。目の見えていない遥華には悪いがそうせざるを得ないだろう。俺と遥華はそのままの勢いで昇降口の扉を通り抜けた。