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「さ、今日は昨日の分も遊びつくすわよ!」
校門の手前、制服姿の美樹が俺に向かって大々的に宣言した。
「あぁ、そうだな」
別に反論する必要もないので、賛同する。ただし、美樹のような宣言はしない。
「さ、まずは食べ尽くしましょう!」
そう意気込んで美樹はスタスタと露店の方へと歩いていく。
「…いきなりかよ」
そう呟きながら俺も後についていく。
「あ、たこ焼き。一個あげるから買って」
美樹は満面の笑顔で言ってくる。
「同じネタは二度しないぞ。後、お前が主に食べるような言い方のくせに、人に集るな」
「解ってるわよ。それに、女の子には奢るものでしょ?」
奢れと言う女子がどこにいるか。
「ここに」
美樹は笑顔で自分を指差す。潔い開き直りだ。
「ったく、わかったよ」
俺はそう言って渋々たこ焼きを一つ購入した。
「ありがと」
受け取ったそばから美樹がパックごと取り上げる。
「はい、あーんして」
美樹がたこ焼きを一つ取って差し出してくる。
「あぁ」
差し出されたたこ焼きを口に入れる。
「うん。文化祭の出し物程度にしてはなかなか美味しいわね」
「店のすぐ近くでそういうことを言うんじゃない」
なんとひどい客であろう。
「なによあのお化け屋敷、怖くも全然ないじゃない」
それから数分後、優俚佳の様子も気になったのでお化け屋敷に行った帰りの第一声がこれだ。ちなみに、優俚佳は今日、休んでいるらしい。
「床にスポンジを仕込むとか、巧妙なギミックの人形を出すとかすればいいのに」
どこの美術部だそれは。
「それこそ、文化祭の出し物なんだからあれぐらいでいいだろ」
「別にいいけどね、ベスト出し物賞みたいのがあれば私たちが楽勝だろうから」
そんな賞は存在しない。というか、それも何かのネタか?
「あ、あれいいかも」
突然、美樹は何かを発見したのか近寄って行った。見るとそれはフリーマーケットのような場所で、美樹が見ているのはアクセサリーのコーナーだった。
「これとか可愛いかも」
幹は花の形のイヤリングを持ち上げながら言う。
「お前、アクセサリーなんて付けてたっけ?」
「いやねぇ、私が付けるんじゃないわよ」
美樹はニヤニヤしながら言う。怪しすぎるだろ。
「じゃ、なんでまた」
「フフフ、ちょっとね」
そう言うと美樹はそのイヤリングを持って店員のところに行き、購入してきた。
「さ、文化祭巡りの続きをしましょ」
そう言って、美樹は再び歩きだしたのだった。
「…何よ、これ」
この始まりかた気に入ったのか? そんなことは置いといて、さらに歩いていたらかなり長い行列に出くわした。
「占いみたいだな」
「なるほど…、晃仁、一番人気のある占い師のところに並ぶわよ」
何かのスイッチが入ったかのように目を輝かせる美樹。
「なんでまた一番人気のあるなんだ?」
「だって、こんなに並んでるのよ。つまり、その先にいる占い師は本物か、あるいは話し上手ってことよ。どっちか確かめないといけないわ」
まるで、獲物を見定める猟師のような言い方になっている。
「そういえば、お前も昔あぁいうのやってたよな」
「無知な故の過ちってやつよ」
感慨深げに言う美樹。
「でも、高校の文化祭だろ? お遊びみたいなもんだよ」
「馬鹿ね、もしかしたら、無意識な本物がいるかもしれないじゃない」
「なんだよ本物って…」
「私みたいなもの」
それは確かに本物と言うべきかもな。
「次のかたどうぞ」
十数分後、そう促され俺たちは一際行列が出来ていた占い師の前へと来る。そこにいたのは薄栗色の長髪にメガネをかけた女子生徒だった。
「…恋愛ごとですか?」
「ここまで、そのネタを持ってくるのは、作為的な悪意を感じるわね」
「冗談です。何を占いましょうか?」
「そうね、今後の運勢の流れを見てもらえるかしら」
なんか、素人が言わなそうな頼み方をした気がする。
「お二人の、ですか? それとも、おひとかたずつですか?」
「じゃ、一人一人で、彼から」
美樹がそう言うと少女は小さく首肯し、手元に束ねられたタロットカードを机の上に広げて混ぜ始める。数回混ぜると、それを一つの塊に戻し、三枚のカードを横一列に起き、さらにもう一枚取り、それを三枚を並べたところに少しずらした位置に置いた。
「三枚ならんだ真ん中が現在、その左が過去、右が未来を表します」
「そして、残り一枚がアドバイス的な位置よね」
「はい」
なんか二人が目で語り合ったような気がした。少女は次にその三枚と一枚のカードをめくる。
「過去の位置にカップの王の逆位置。現在にワンドのペイジの逆位置。未来にペンタクルの五の逆位置があることから、過去から現在にかけて、質の違いはありますが人に振り回されているようです。そして、未来、今までのやり方では打開できないような精神的な困難が訪れるようです。ただ、法王の正位置があることから、しっかりと見極めてちゃんと選択することができるでしょう」
確かに振り回されている。というか、踏んだり蹴ったりだな。
「なるほど。じゃ、次私」
そして、また同じようにしてから、
「過去、現在、未来にペンタクルの騎士の正位置、戦車の正位置、吊るされた男の逆位置がありますので、過去から信念を貫き通した結果望むものを手に入れ、現在もその状況は変わっていないですが、思い通りにならない状況が訪れるようです。ですが、それも確実に解決へと向かうでしょう」
いまいちよく解らないが美樹は真剣に頷いている。
「ありがと。あなた凄いわね」
「いえ、私ではなく、このカードさんたちが凄いんです」
「カードを使いこなしてる時点であなた自身の実力よ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
少女はニコリと微笑む。俺たちはそのままその場を後にした。
「…あれは本物だったわ」
部屋から出てすぐ、美樹はそんなことを呟いた。
そして、次にどこに行くのかと思ったら、
「部室になんの用なんだ?」
「ちょっとね」
そう言って、美樹は部室のドアを開く。
「あれ? お二人とももう文化祭は満喫し終えたんですか?」
「…それとも迎えにきた?」
結界の中の二人が同時に小首をかしげる。
「違うわよ。あなたたちにお土産があるの」
美樹は満面の笑顔で言い、サユリたちの結界を解き、中に入る。
「なんですか?」
「…食べ物?」
「そんなんじゃないけど、はい、二人に」
そう言って渡したのはさっき買ったイヤリングだった。
「うわぁ、可愛いですね」
「…しかも、百合の花の形」
「いいでしょ。はい、着けて」
「…」
途端に二人は黙りこくる。
「もしかして、私の好意が受け取れないのかなぁ?」
「着けないとだ――」
「着けなさい」
プレゼントではなく、強制だ。
「はい…」
「…うん」
二人は渋々という感じでそれを耳につける。
「うん。やっぱり似合うじゃない。それ絶対外しちゃ駄目だからね」
「は、はい…」
「…サユリとお揃いなのはいいけど…」
「ユリエ、なんか不満あるの?」
「…な、ない」
「じゃぁいいじゃない」
そう言うと美樹は踵を返し廊下に出た。
「晃仁、文化祭はまだ終わってないんだから次行くわよ」
「……へいへい」
俺はその独裁な光景を目の当たりにした衝撃も冷めぬまま、美樹とともに文化祭を楽しみに再び歩きだしたのだった。




