R 時が熟し、光も満ちる
「またなんか見ちゃった?」
意識がはっきりとして、今自分が立っていること、謎の少女と一緒にいることに気づく。少女はこちらに首をかしげて聞いてくる。
「…えっと」
その時、制服の前ポケットに妙な重量感を感じる。ポケットの中を探ると、そこには見覚えのある御守りがあった。
「なんで、そんなのがあるの?」
少女が怪訝そうな顔で御守りを見る。
「…これは、今朝、遥華にもらったやつ…」
俺は小さく呟く。さっき感じた重量感は一切無い。
「…そういうこと。どうりであの時いなかったんだ」少女は一人でそんなことを呟いた後「ねぇ、その御守りこっちにちょうだい」
と言ってきた。俺は咄嗟に少女から腕を抜こうとするとあっさりと抜けた。そして、御守りを持って彼女から距離をとる。
「どうして?」
少女はニヤリとしながら言う。
「よくわかんねぇけど、お前に渡しちゃダメな気がする」
何故かは解らない。だが、そう感じるのだ。
「酷いなぁー。もしかして、思い出しちゃったとか?」
「…」その時、御守りから熱のようなモノが発せられた。熱くはなく、心地いい温度。それと同時に脳内にいくつもの記憶のような映像が流れ込んできた。その潮流の激しさは目眩を起こしそうなほどのもので、とても立っていられるようなものではなく、思わず膝をついてしまう。
「思い出しちゃったみたいだね。ざーんねん、もう少しで本体ごと飲み込めたのに」
少女は薄ら笑いを浮かべて言う。
「…あ、あぁ、思い出したよ。全部…」
文化祭当日、つまり今日、遥華の指摘で何かが起こっていることを知った俺は、遥華と一緒に美樹のところへと急ぎ、祭りの『熱』というやつに浮かされていた美樹とともに、瘴気が一番濃い場所――お化け屋敷へと行った。そこで、俺は、
「――お前の基である優俚佳と再会したんだ」
「そう…、そしたら、あの娘たち中にいるのに気づいてて、浄化しようとするんだもん。そばにいて、彼女たちが手出しできなそうな晃仁の精神を取り込むしかないじゃない」
「でも、お前の狙いは外れたんだ。何せ、美樹や遥華の意識が少しだけ俺と一緒に入ってきたから――」
だから俺は、バラバラの時間軸を進んでいるような変なユメ(・・)を視たんだ。それはたぶん、二人が俺の精神が完全にこいつに飲み込まれるのを少しでも防ぐため。
「でも、それもおしまい。美樹の意識はもう捕まえちゃったから、後はその遥華の意識が詰まった御守りを捕まえれば、晴れて晃仁はこの世界から抜けることはできない」
「それはごめんだな。俺はまだ文化祭を楽しんでいねぇんだ。っていうか、美樹が接客するとことかかなり見てみたいし」
「そう? ここの方があなたにはいいと思うけどなぁ…。アヤカシとかもいないし、あなたに危害を加えようとするものはいない。というか、自分自身の中にいるようなものだし」
「どういう意味だ?」
「気付いてるとは思うけど、私はこの優俚佳って娘の体を借りてるだけ。でも、それだけじゃここまでは無理だったと思う。だから、あなたの力を少し借りたのよ」
少女は少し楽しそうに言う。
「俺の…力?」
「そう…、この娘にいつ会えるか解らなかったから保存用に利用させてもらったんだけど、予想以上に凄い力が、移動した時に着いてきたのよねぇ」
まるで悦に入るように言う。
「人を乾燥剤か保冷剤みたいに言うな。それより、美樹はどこにやったんだ」
遥華の意識とやらは今、俺が手に持っている御守りになっている。なら、美樹もこれのように形を成しているはずだ。
「やっぱり気付いてなかったんだ。あんなに一生懸命に私から晃仁を守ってたのに、可哀想」
ということは既に俺は見ているんだ。美樹の意識が入った何かを。
「ま、探させたりとかしないけど」
そう少女が言うと、周りから真っ黒な人影のようなものがウヨウヨと出てきた。
「…俺に危害があることはないんじゃなかったのか?」
「それは、私の言う通りにしてくれてればに決まってるじゃん」
少女は楽しそうに言う。
「…くそっ!」
俺は、影人間たちの隙間を縫って走り出した。とにかく、美樹が何になってるかを考えないといけない。
「逃がさないで」
少女のそんな声を後ろに聞きながら俺は走り続け、看板のような長めの板切れの隙間に隠れ、追ってきた影人間をやり過ごす。
思い出すんだ。たぶん、文化祭に関係している何かに美樹もなっている…。それこそ、制服を着ているとか、出し物の衣装を着ているとかのはずだ。
「それだとすれば…」
美樹が着ていた服で思い出す。特にここ最近のものを。
「…そっか、あのぬいぐるみ」
確かあれは和風なメイド服を着ていたはず。そして、今回の文化祭でクラスがやるのはメイド喫茶。今朝見た美樹の服は和風のメイド服だ。
「あれは、たぶん」
俺は、さっき、あのぬいぐるみを落としたと思われるところへと走り出す。
そうだ、あのぬいぐるみに間違いない。だから、このユメで美樹が一瞬、ぬいぐるみに見えたんだ。あれは、美樹が自分の姿を見つけられるようにと見せたものなのかもしれない。
「…あった!」
眼前に美樹の姿をしたぬいぐるみが座っているのが見える。後、数メートルというところで。
「ダメ!」
と声が掛かると同時に身動きが取れなくなる。
「そのぬいぐるみには触らせない、あなたは絶対に逃がさない」
後ろを振り向く必要はない。というか、向けない。声はあの少女だ。いや、優俚佳ともう一人、ユリエだ。
「さっきも言っただろ、俺は文化祭をまだ何一つ楽しめてない。美樹の接客も見てないし、遥華の道案内もまだしていない。というか、ここにいたら全部が台無しになっちまう」
その時、御守りを持っている腕だけが自由に動かせるようになったことに気付く。なので、俺は、御守りをぬいぐるみの近くに落ちるように投げた…。無意識に二つを一緒にしないといけないと思ったから。だが…。
御守りはぬいぐるみの足元で止まってしまう。ここから脱するにはおそらく、二つをくっつける必要があるので、これでは意味がない。
「残念でした。運が無かったんだねぇ…。じゃ、あのぬいぐるみと御守りは消していいよね」
少女がそこから動こうとした時だった。
コトン。
風の悪戯だろう。ぬいぐるみが前倒しに倒れ、御守りがその額があるはずの位置に触れた。
「…っ! なに、この光!」
瞬間、そこから眩いほどの閃光が走った。少女はそれに狼狽えたように後退する。そのためか、俺の体は自由になった。そのため、無我夢中でぬいぐるみがある場所に行き、ぬいぐるみへと触れた。
すると、まるでそのぬいぐるみに吸い込まれるような感覚になる。少女の断絶魔の叫びのようなものを後ろに響く中、俺の意識は完全に暗転した。




