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学祭ホリック  作者: 葉月希与
第一章 賑やかすぎる日々
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1

 一ヶ月という学生生活最長の夏休みが終わってしまい、ひと月半ほどが経過した。つまり、いよいよ中間テストという地獄の期間が始まるわけだ。期末と違い五教科だけなのが、せめてもの救いとも言えるかもしれないけど、こんなものが一体何に役立つというのだろうか。いや、俺には役立つとは思えない。だが、教師たちはその無駄なことを覚えることを強制させ、嫌がらせのようにテストをしてくる――。

「なーに、バカなこと言ってんのよ」

 俺の目の前で美樹が死んだ魚のようなジト目で見てくる。

「……いや、言ってみたかっただけの妄言だ」

 役に立つかどうかってところは事実だけど。

「それにしたって、役に立たないってことはないわよ」

 美樹はどこから持ってきたのか謎な伊達メガネの鼻の部分を少し押し上げて言う。

「例えば国語は、公用語である日本語を正しく使えれば社会に出た時に円滑な人間関係が築ける。理科は、この世界を構成する科学側の理が理解できたら、科学側と霊的な側どちらにも対応できて一石二鳥。数学はいろんな仕事の基礎になることだから、覚えておけばいつか役に立つかもしれない。世界史と日本史は物語みたいなものだから覚えていて損はないでしょ。後、英語は覚えれば外国人に自慢できるわ」

 なるほど、それぞれに理由があると言いたいわけだな。でも、英語の理由はかなり適当ではないのか。

「だって、私英語そこまで好きじゃないもん」

 開き直った。さっき俺に偉そうに言ってたことはなんなんだ。

「だいたい、私は海外に行く予定はないのよ。それに、日本に来るんなら日本語ちゃんと覚えてくればいいのよ。何様のつもりって感じじゃない? だから私は受験以外の目的で英語は勉強しないって決めてるんだもん」

 これほどまでに直前に言った台詞が台無しになるものもないだろう。

「いいのよ、私全科目高得点だから」

 確かに美樹は前回のテストでもクラスで一位二位の成績をとっている。なんという不条理だろう。少なくとも美樹が勉強しているところは想像がつかない。

「とにかく、そんなこと言う前にちゃんと勉強しなさいよね。誰のために勉強見てあげてると思ってるのよ」

 そう、高校生になってから恒例となった美樹との勉強会が今まさに行われているわけなのだが、先述していることからも解るように俺の集中力は完全に切れていた。

「…いつも感謝してます」

「だったら、バカなこと言ってないで集中しなさい」

 美樹は呆れたような口調で言う。

「それに、このテスト期間が終われば楽しいことが待ってるじゃない」

 テスト期間が終わった後にあるもの…、文化祭か。

「そうよ。お祭りなのよ。頑張った自分へのご褒美に思いっきり楽しめるじゃない」

 美樹は少し楽しそうだ。

「だから、そのためにも、まずはしっかり勉強して、楽しむ準備をするの」

 言っている意味は解らないでもないが、そう簡単にできることでも無い気がする。

「やるのよ。それとも、他にも何かご褒美的なものがいる?」

 いや、別にいらん。

「そ、なら、勉強再開するわよ」

 そこから俺たちは再び教科書へと視線を下ろすのだった。


 翌日も俺と美樹は放課後の勉強会を行っていた。

「そういえばそろそろハロウィンの時期よね」

 現代文の教科書に目を向けながら美樹がボソと言う。どうでもいいが、現代文と関係無さすぎないか。

「別にいいでしょ。ふと思ったんだから」

 ま、いいか。

「なんだ? やりたいのか?」

「うーん。本来の意味を考えると私たちがやる必要ないのよね」

 意味?

「知らない? ハロウィンって元々ケルトの収穫祭だし、さらに言えば先祖の霊を迎える行事なの。だから、日本の盆や、秋祭りとかと意味が重なる部分が多いのよ」

「へぇ、仮装する祭りなんだと思っていた」

「日本人にはそれの方が広まりやすかったんでしょ。でも、収穫祭に似たものや盆は日本古来の行事であるんだから、そっちをちゃんとしないといけないと思うのよね」

「…じゃ、やらないのか?」

「いいえ、やりたいわね」

 矛盾してないか?

「してないわよ。私がしたいのはあくまでも仮装だけ、収穫のお祝いとかはするつもりないもん」

「…そっか、ちなみに、どんな仮装がしたいんだ?」

「そうねぇ…、やっぱりオーソドックスに魔女とかいいかも」

 黒い三角帽子に、黒い服、黒いマント、さらに、爪先が跳ね上がったような独特の靴と魔法の杖。という姿の美樹を想像した。うん、まるで無表情で占いをしそうだ。

「言っておくけど、ギター弾いたりとか、宇宙的な魔法とかは使えないから」

 当たり前だ。

「後はそうね、女バージョンのコックリさんもいいかも」

 カップ麺好きの女子に憑いた狐のことを言っているのだけど…、マイナーなネタを使うんじゃない。

「大丈夫よ。私たちみたいな側の人間にはメジャーだから」

 それをマイナーという。

「しょうがないわね、じゃぁ、黒い執事さんとか」

 悪魔の仮装ではあるが、ただのスーツじゃないか。

「稲穂の精霊の狼さんとか」

 故郷に帰るなら一人で帰ってくれ。俺はあの商人と違って頭脳プレイができるほうじゃないからな。

「ドラゴンが跨いで通っちゃう魔道士とか」

 うん。妙に似合いそうで怖い。

「ま、アニメネタはこれくらいにして、吸血鬼とか面白そうよね」

 ここまでいろいろ出した中で一番シンプルな仮装が来た。

「面白そうって…」

「だって、あんな血しか摂取しないとか凄い効率悪くない? 他の何かを食べていてたまに血を吸うとかなら腑に落ちるんだけど」

 確かに言われてみれば弱点も多いし、効率がいいとは思えないな。

「ま、仮装としてなら面白そうなんだけどね」

「でも、ハロウィンはしないんだろ?」

「えぇ、どっかのテーマパークならまだしも、こんな田舎でやったら悪目立ちするだけだしね。それより、勉強の続きするわよ」

「やっぱりやるのか…」

「当たり前でしょ」

 そこから再び俺たちは勉強会へと突入するのだった。


 そして、悪夢のテスト期間が終了したある日の放課後。

「文化祭よ!」

 部室に俺が入ってくると同時に美樹が満面の笑みで叫んできた。

「あぁ、そうだな」

 俺はいつものように答えながら自分の定位置に着席する。

「何よ、ノリ悪いわね、文化祭なのよ。学校生活最大のお祭りごとといっても過言ではないわ。いえ、最大のお祭りよ! しかも、年に一度なのよ! もっと盛り上がりなさいよ!」

「いつもノリは悪いですよね」

「学園モノの主人公なのに」

 美樹はハイテンションで俺の傍まで来て言ってくる。どうでもいいが、耳元で叫ばないでくれ、うるさいから。

 いつもノリ悪くはないと思う。それに、主人公ってなんだよ。だが、とりあえず、

「体育祭のときも似たことを言っていたような気がするけどな」

 学生生活最大の行事、だったか。

「だとしても、文化のお祭りは年に一度しかないのよ!」

 開き直った。ま、いつものことだけど。

「じゃぁ、クラスに何か企画でも出すのか?」

「え? クラスに? なんで?」

 美樹は意味が分からないという感じで言ってくる。いや、こっちが意味分かんねぇよ。

「クラスはどうせ、誰か適当な人が適当に適当な案を出して適当に決まるでしょ?」

 ここで俺は嫌な予感だけがした。だから、それを止めるために俺は先手を打つことにした。

「まさか、俺たちでなんかやるとか言うつもりじゃないだろうな」

「あら、珍しく冴えてるわね。ズバリその通りよ」

 清々しい笑顔である。

「やっぱりか、いいか――」

 そこで俺は淡々と説明した。それはもう必死という言葉がこれほど似合うものはないというくらいに。二人で何かするなんてのは無理だということ。例え、やるにしてもゲリラになるし、しかも、それをやるにもいろいろな労力が必要になるということ。そういったあれやこれやを俺は説明した。その必死の訴えをようやく理解したのか、あるいは俺の熱意が伝わったのか、

「…しょうがないわね。クラスにこのリビドーをぶつけろってこと?」

 リビドーってなんだよ。まぁいいか、とりあえずはそういうことにしてくれ。

「じゃぁ、とりあえず、メイド喫茶でも提案してみるわ。私はやらないけど」

 うん。実に適当なアイディアである。だがまぁ、映画を作るとかバンドをするとか、劇をやるとか言い出さないだけましと思おう。

「そうだな、やきそばでも作ればいいよ。一皿百円で」

「いや、占いの館もいいかもしれないわね。あと、ダンスっていう手も」

 適当なわりに実にポンポンとアイディアが出てくるものだ。

「で、結局何を提案するんだ?」

「そうねぇ、晃仁はどれがいい?」

「私は焼きそばがいいですね。いろいろと楽しめそうですし」

「私は占いがいい。なんだったら占ってあげる」

「あんたたちの意見は求めてないから」

 美樹は一度サユリたちの方を向いてそう言い、再びこちらに向き直る。

「で、晃仁はどれがいい?」

 と言われても、俺自体もそう文化祭に熱心だったりするわけではないから、どれでもいいのだ。だが、そう答えるわけにもいかないだろう。となると、見たいものを選ぶのが無難なのではないか。ダンスはそれ相応の衣装になるわけだから少なくとも女子だけなわけだ。ただ、美樹が踊っているのは想像がつかないし、そもそもネタでしかないだろう。占いの館はたぶん、こいつが禁忌としたことを犯すことになるはずだから、薦めるわけにはいかないだろう。となると、焼きそばかメイド喫茶になる。ここでさっきサユリが言った台詞を思い出す。そこからはなんとはなしに企みの匂いがしてくる。わざとということも考えられなくはないが、より被害が少なそうなのとすると…。

「…メイド喫茶…かな」

「……、…へぇ、晃仁ってメイド萌えだったんだ」

 美樹が意外そうな顔で言ってくる。

「そういうことじゃなくて、俺はただ――」

「私のメイド服見たい?」

 一瞬マジで想像してしまった自分がいた。顔赤くなってないよな。

「…」

「しょうがないわねぇ、この超美少女である美樹ちゃんがメイド服でご奉仕してあげますか。ただ、変なこと想像してたら消すわよ」

「か、考えるか!」

「そう、ならよろしい。じゃ、明日クラスに提案するのはメイド喫茶ってことにするわ」

 そう言うと美樹は鼻息荒く部室を後にした。

「…想像してましたよね?」

「…してない」

 ここは断固として否定しよう。

「胸元が見えて、ミニスカのエロメイドを想像したはず」

「そんなものを想像するかっ!」

「そんなものってことは何を想像したんですか?」

 しまった、即座にツッコんだせいで、墓穴を掘ってしまった。

「猫耳メイドとか?」

 ユリエがくすくすと笑いながら言ってくる。

「…黙秘権を行使する」

「あらあら、でしたら、ドジっ娘の猫耳エロメイドを想像されたということですね」

「ハレンチ」

「それとも、メイド服で『ご主人様』って上目遣いで言うところを想像されたんですかね」

「下衆」

 まずい、もうツッコミたくなってきた。

「あ、もしかして、ツンデレメイドの方がお好みですか?」

「鬼畜メイドならしてあげる」

 それは恐怖でしかないな。

「もしや、妹メイドがいいとか」

「シスコン(笑)」

 嘲笑とはこのことだな。

「普通のメイドしか想像していない」

 我慢しきれずついに言ってしまった。

「一般的なってやつですか? だとは思いましたけど」

「つまらない」

「つまらなくてけっこうだ」

 こいつらを楽しませる必要はないからな。

「じゃ、俺は帰るからな」

 そう言って、俺は部室を後にし、家路についたのだった。

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