P 込めた想いは報われることなく
目を開けるとそこは何もない教室だった。俺が突っ伏していた机と椅子以外の全てが無く、人が使っている感じすらしないような殺風景な教室。
「……」
辺りを見渡す。妙な気分だった。夢とも現実ともつかないような空間をフラフラしているようなそんな不思議な気分。
ガラガラッ。
そんな時、教室のドアが開かれた。そちらを見ると一人の少女がこちらに向かってきていた。
赤銅のような赤褐色に近い不思議な色合いの髪をツインテールにした、青紫の瞳を持つ少女。その雰囲気はどこか知り合いに似ているようなそうでもないような…。
「やっと見つけた」
少女はにこやかな笑顔を作り言う。
「…え?」
「さ、行こ?」
言うと少女は俺の腕を掴み、強引に教室の外へと連れ出す。
「行くってどこに…」
「とっても楽しいところ。私たちだけの文化祭」
そのまま引かれ、一つのドアの前に着く。そして、少女は空いている方の手でドアを開けながら、
「ようこそ『人ならざるものの宴(私とあなただけの文化祭)』へ」
と言い、そのまま部屋の中へと連れて行く。
そこは、どこかの教室とは思えないほどに広く。まるで、夏祭りとかの参道のように出店が立ち並んでいる。
「どういう、ことだ…」
唖然として呟く、後方にあった筈のドアは既に消滅しており、そちらにも出店が並んでいた。
「どういうもこういうも、晃仁が感じてるとおり。さ、私たちだけの文化祭を楽しみましょ」
少女は俺の腕に自分の腕を絡めるようにして歩き出す。
「ちょ、なんだよ」
「気にしない気にしない。ただ、こうしたいだけだから」
少女は小さく微笑むようにして言う。
「…? ま、いっか」
そのまま出店をまわることになった。情けない話ではあるが、俺はされるがままになっていた。現状が完全に把握できていない上に、思考がうまく働かないのだ。
「たこ焼き、一個いります?」
少女は先ほど手に入れたたこ焼きのパックを片手に聞いてくる。
「…何かがループしそうだな」
俺は冗談めかして言う。あれは確か夏休みだったが。
「面白いこと言うね。ま、これはループとかじゃないけど、永遠にいることもできるから。いつまでもずっと…」
少女はにこやかな笑みのまま言い、たこ焼きを一個頬張る。
「うん、美味しいですよこれ、いりませんか?」
「…なら、一つもらうよ」
俺がそう言うと少女はたこ焼きを一個差し出し、
「はい、あーんしてください」
「…いや、それ君が食べてた爪楊枝だろ、もう一本無いのか?」
「ありません。というか、出店のたこ焼きは爪楊枝日本で一個食べるのが常識ですよ」
「そんな常識は無いと思う。…じゃ、爪楊枝だけもらってくるよ」
「必要無いですよ。はい、口開けて」
目の前にグイっと差し出されたたこ焼き。俺は周りを少し確認してからそれを口に入れる。
「…うん、確かにうまい」
「でしょ。そういえば、何をそんなに気にしてるの?」
「え、いや、こんなことしてたら後で誰かにからかわれる気がして」
「誰かって、誰?」
「そりゃ…」
…誰だろう。言われる内容は容易に想像できている。だが、それを誰に言われるかが思い出せない。
「気にしすぎなんじゃない?」
少女は少し明るめの口調で言う。
「だってそういうのってラブコメの主人公でしょ? でも、これってラブコメじゃないし」
「……確かにラブコメではないな」
「きっと気にしすぎなんだよ。そういう人はいないんだよ」
そうなのかもしれない。何故か少女の言葉でそう思えた。
それから暫くして、少女はふと立ち止まり、
「あ、射的だ。行こ?」
と言って、俺を連れて行く。
「…あのメイド姿のぬいぐるみにしようっと」
そう言いながら、少女は和風なメイド服を纏ったぬいぐるみに銃を向けながら言う。
パンッ、パンッ…。
「うぅ…、なかなか当たらないなぁ…」
発射された数発の弾は全て外れ、残り三発となっていた。少女は歯噛みしながら唸っている。
「俺がやろうか?」
なんとなくやりたくなったのだ。
「……、…じゃ、お願い」
少女は少し探るように俺の顔を覗き込んだ後、銃を俺の手に押し付ける。
俺は銃口に弾を込め、先ほどから少女が狙っていたぬいぐるみに銃身を向ける。
パンッ。
そして、そのまま引き金を引き、弾が発射される。弾はぬいぐるみが乗っている台にバウンドして、ぬいぐるみの腹部辺りに命中。ぬいぐるみはそのまま後ろに落下し、俺に手渡される。
「…ほら」
俺は少女にそのぬいぐるみを差し出す。
「ありがとう。うまいんだね」
少女はぬいぐるみを受け取り、嬉しそうに言う。
「まぐれだよ。俺こういうのあんまり得意じゃないし」
事実、台に当たった時は失敗したと思ったし…。
「じゃぁ、運が良かったんだね」
そう言った後、射的をするのに一旦離していた腕を少女はまた絡め、
「さ、次行こ」
と言って歩き出した。
「そうだな。次はどこに行こうか」
そう言った後、俺はふと思う。何かを忘れているのではと。でも、一瞬過ったそれはすぐに思考の外へと消え、今はもう何を思ったのか思い出すことはできない。




