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学祭ホリック  作者: 葉月希与
プロローグ ある無邪気な願い
1/27

 ある秋の日、元来私たちの時間帯のはずの真夜中を一人で過ごした私は、その時間帯にすやすやと寝息を立てているユリエの横で、私たちの前に立ちはだかる結界の壁に視線を向けています。

「……相変わらずですね」

 と呟きました。最初の頃と変わることのない結界が私の目の前に立ちはだかるのです。いえ、これは確実ではありませんね。何せ人間がその力のみで保っているようなものですもの、浮き沈みのようなものはあります。ただ、少ないのです。

 私はそんな壁から目を離して、隣ですやすやと可愛らしい寝息を立てているユリエに向きます。この子もすっかり……という感じです。そんな彼女の頬をちょんとつついてみたのです。

「…んぅ、…朝?」

 ユリエは眠たそうに瞼をこすりながら上体を起こします。ほんとこの子は…、

「そろそろ起きたらどうですか、もう朝ですよ」

 私は呆れた感じで言います。この子も本来私と同じはずなのですが…。

「…うん」

 まだ眠たげに顔をこすりながらユリエは言います。

「すっかり、昼型ですね」

「そんなことないはず、今日はなんか眠かっただけ」

「そうですか? とりあえずここ一週間似たようなことを言っていると思います」

「だとしたらきっとこれのせい」

 そう言ってユリエは私が先ほど見詰めていた結界を見据えて言います。

「これですか、確かにこれは厄介ですね。力が自然に制御されてしまってますからね」

 少なくとも私はという補足は付くのですけれど、ユリエにとってはそれだけではないでしょうね。

「これってなんとかできない?」

 ユリエは見据えつつ言います。

「今の私の力だけじゃ無理ですよ」

「ま、いいや。とりあえず今日は何して遊ぶ?」

 小さくため息を吐いてユリエはこちらを向いて言います。

「あら珍しい。いつもはユリエがそこのボードゲームを選んで『これしよ』って言うのに、私に聞きますか?」

 私は部屋の隅に積まれたいくつものボードゲームを指差して言います。ほんとにたくさんあります。

「だって、飽きたもん」

「そうでしょうね。じゃぁ、しりとりとかどうです?」

「やだ。しりとりだとサユリ強すぎ…」

 逆にユリエが弱いんですよ。なんてことは言えませんが。

「そんなことないですよ。なら、何がしたいですか?」

「外がいい…」

「そうですね、外の方が楽しいでしょうねぇ」

「でしょ! だから、なんかない?」

「……」

 そう言ってくるユリエを見ていると何か奥底に疼くものがありました。

「…サユリ?」

「…ユリエは変わりましたね」

「え…?」

「前はこんなに大人しくなかったはずですよ」

「…そうかな?」

 そうですよ。まるで…、

「まるで…、基のようです」

 私は首を傾げるユリエを見ながら思いました。これじゃまずいと。

「…サユリ?」

「そうだ…、楽しいことを思いつきました」

「え、なになに?」

「とっても、楽しいことですよ」

 そう、私たちにとって、とっても…。そう言いながら私はユリエの眉間に人差し指を当てます。すると、ユリエは瞼が重たくなっていくようにゆっくりと意識を失って行きました。

「……」

 そして、そのままユリエはその場に倒れ込みます。私はそのユリエの頭を優しく撫ぜながら、

「その前にしっかりと準備をしないといけませんけど」

 と小さく呟くのでした。


     ◇    ◇     ◇


 何か、昔のユメを見ていたような気がする。…昔? 私に昔ってあったっけ? というか、今の私って…?

「…んぅ、あれ? 寝てた?」

 でも、そんなことを考えている間に意識が上に上がり、目が覚めた。

「やっと起きました? そろそろいい時間ですよ」

 見ると私の近くでサユリが静かに読書をしていた。サユリは私に気付いていつものような優しい微笑みで言って、部室に置かれた時計を見遣る。

「…八時」

 私はその時計を見てそう呟く。

「そろそろ皆さん登校なさって来る時間帯ですね」

 確かにこの空間が賑やかになってくる時間帯。私たちの力の源だっていっぱい。

「…そういえば、途中で寝ちゃって一人にしちゃってたね」

 ふと、そう思いサユリに言う。でもサユリは相変わらずの優しい微笑みで。

「あら、たった一時間ですし、構いませんよ」

「…ん? そういえば何読んでるの?」

 さらに、私はサユリが読んでいる本が気になったそう聞いた。

「これですか? 最近の人間の娯楽品ですよ」

「面白い?」

「そうですねぇ、今のユリエになら面白いと思えるかもですね」

 サユリは少し不思議な雰囲気のする笑みで言ってくる。

「どんなの?」

「読みますか?」

「いいの?」

「えぇ」

 サユリは私にその本を差し出す。その本には妙に読みたくなる何かがあるように感じて、私は受け取ってすぐに本を開いた。

「面白いと思いますよ? 喪失した貴女なら…」

 サユリが何か言ったような気がするけど、そんなのが気にならないぐらいその本から受ける何かに夢中になっていた。


     ◇     ◇     ◇


 あれから数時間が経過しました。だいぶ準備も整ってきたようです。でも、準備は完璧にしないといけませんから。

「ねぇ、ユリエ」

 私はさっき私が渡した本を視ているユリエに声を掛けます。

「…ん? 何?」

 ユリエは本に向いたまま答えます。

「そろそろ文化祭の時期ですね」

「…文化祭」

 ユリエは本から顔を上げて私の方を見ます。

「そう、ユリエがいつも楽しみにしている文化祭」

「…うん、楽しみ」

「ね、たこ焼き屋台のタコを一個抜いてみたり」

「…したね。カラのたこ焼きにした」

「他にも、喫茶店の店員を何回か転ばしたり」

「うん。面白かった」

 ユリエはニコニコとし出しました。

「そういえば、ずっと昔だけど、舞台の照明消したこともあったね」

 ユリエはニコニコしnあがら言います。

「そうね。ユリエったら面白がって何回も付けたり消したりしてましたね」

「だって、あの時の舞台にいた人間の反応が面白かったんだもん」

「確かに面白かったですね。あたふたとしているさまgあなんとも、くくく」

 私はその時のことを思い出して笑ってしまいました。

「あ、あの、もしかして、あの時、照明が消えたりしたのって、あなたたちのせいですか?」

 すると突然、部室にいつの間にかいた眞梨亜さんが少し悲しそうな瞳で聞いてきました。

「……あ、あの時焦ってた人だ」

 少ししてユリエが眞梨亜さんの顔を指差してニコニコしたまま言います。

「あ、あの時、ほんとに吃驚したんですよ! 急に照明が何回も消えたりして、折角覚えた台詞は全部とんじゃって」

 眞梨亜さんは少し瞳に涙を溜めるようにして言います。

「でも、私たちの間ではすごく面白かったですよ?」

「うん。お腹抱えるほど笑った」

 私とユリエは口々に込み上げる笑いを堪えながら言います。

「お二人ってほんと邪念なんですね」

 眞梨亜さんは呆れるように言います。

「眞梨亜がそのツッコミをするのはおかしいと思う」

「そうですね。似たようなものだと思いますよ? こちら側に堕ちたんですから」

「それは、あなた達が唆したんでしょ。よく覚えてないけど」

 眞梨亜さんは少し慌てるように言いました。

「あれも楽しかったですね、ユリエ」

「…うん。楽しかった」

「ひっ…、また私を取り込む気じゃないですよね」

 眞梨亜さんは怯えたように言いました。

「まさか、そんなことしたら美樹さんに今度こそ消されてしまいますよ。それに、今は別の楽しいものを見つけましたから。ユリエのために」

「よ、よくはわかりませんけど、今度こそ、美樹さんに消されるんじゃないですか?」

「そんなことにはならないと思いますよ」

「なんか、また、悪い目をして…」

 眞梨亜さんはそう呟くと会話を遮断するように私たちから目を逸らしました。

「…サユリ? 楽しいものって?」

 ユリエは少し疲れたような表情をして言いました。どうやら、まだ不安定のようです。

「今にわかりますよ」

「…」

 私が言うとユリエはそのままことんと私の膝の上に頭を載せて倒れ、可愛い寝息をたてます。その頭を私は優しく撫でます。

「あれ? どうしたの? 急に倒れたみたいに見えましたけど…」

 眞梨亜さんはユリエを見て少し心配そうに言います。私は優しげな微笑みで、

「大丈夫ですよ。少し眠っているだけですから」

 と言いました。

「そうなの…、そういえばあなた達っていつも仲良しよね」

 眞梨亜さんは唐突にそんなことを言います。

「そう見えますか?」

「う、うん。いつも二人セットって感じだし…」

「それは光栄ですね」

「昔から二人だよね」

「えぇ、双対ですし、私のモノです」

 言うと眞梨亜さんは「そ、そうなんだ」と少し引きつったような顔で言いました。ですが、私は気にすることなく、ユリエの方を見ながら、

「それに、これからユリエが大喜びすることが起きますから…」

 と小さく呟くのです。

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