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私とこの子は同じだった その2

「あれ? なんかおかしくないですか?」

 現在午後六時。

 春花ちゃんのことをラインで簡単に説明したら京子と香奈の二人とも家に来た。

 途中で合流したのか同時にやってきた。

 昨日の今日だから京子の状態に変化が見られると思ったけど、そんなことはなくデフォルトに戻っていた。

 二人に昼間のやりとりを事細かに説明すると香奈が疑問を投げかけた。

「どうして春花ちゃんの虐待のことを知ってるんですか?」

「そういえばそうだな」

 京子が頷いて補足する。

「二人の刑事は春花ちゃんに会ったことないだろう? なのにどうして虐待されたことを知ってんだ?」

 今から考えるとそうだ。いくら警察の捜査能力(信用できないけど能力は認めている)が卓越されていても限度がある。

「考えられる可能性を挙げていこう」

 京子が指を立てて数えだす。

「一つ、春花ちゃんの母親が警察に話した」

 可能性はなくもない。

「二つ、虐待のことを知っていた第三者が警察に話した」

 これも考えられる。

「三つ、春花ちゃん本人が警察に言った。以上三つの可能性がある」

 さて、一つ一つ考えてみよう。

「一つ目はどうだろう。自分から罪を自白したってことだけど」

 私が言い換えると香奈は「それはないと思いますよ」と否定する。

「春花ちゃんの母親は死んだんでしょ。問題は死ぬ前に警察が接触したのか、死んだ後に接触したのかで変わりますよ」

「もし前者だとしたらもっと早く警察が動いてもおかしくないし、後者は伝えられないしな」

「後者でも伝えられるよ。遺書を書けばいいんだから」

「ん? ああ、そうだな。うっかりしてた」

「考えられるのは後者ってことですね」

 とりあえずは保留しておこう。

「二つ目は逆に絞りきれないから考えても無駄だね」

 だって春花ちゃん自身が隠す気がないのだから。

「そうだな。これも保留だな」

 京子も同じ意見だったようだ。

「でも可能性という点では一番脈がありますね」

 香奈の言葉はまさしくそうで、世の中には人の秘密を嬉々としてちくるヤツがたくさんいるのだ。

「三つ目はそれこそないですよね」

 だって今まで一緒だったから話すタイミングがない。

「まあいくら考えても埒が明かないな。だってあたしたちができることはもうないんだから」

「……そうだね」

 京子の言うとおりだ。今頃春花ちゃんは警察署で保護されている。もう会うこともないだろう。

「最後に一度、会いたかったなあ」

 香奈が悲しげに呟く。私も同じ気持ちだった。春花ちゃんにクリームシチューを食べさせてあげたかった。

「春花ちゃんが笑ったところ、二人は見たことある?」

 私の言葉に二人は首を横に振る。一緒に過ごした三日間のうち、一度も笑っていないんだ。

「虐待されてたんだ。笑えなくなっても不思議じゃあない」

 京子の言葉に頷こうとしたとき――

 ピンポーンと間延びした音がした。

 チャイムだ。

「うん? 誰だろう?」

 二人に「ちょっと行ってくる」と言い残して玄関へ行く。昼間と同じように除き穴を覗いて――

「――っ! ど、どうして――」

 鍵を急いで開けてドアを開ける。


 開けたその場には、春花ちゃんが居た。


「お、お姉さん……」

 春花ちゃんは泣いていた。いや、泣いたという表現は相応しくない。

 すっかり取り乱している。

 はあはあと息を切らし、顔は涙と鼻水だらけ、身体は震えていて、顔色は悪く、目が虚ろで、なんていうかとても痛々しくて見てられなかった。

「春花ちゃん! なんで、ここに?」

 つい大声を上げてしまった。その声に反応して後ろから京子と香奈が近づいてくる気配がした。

「お姉さん……助けて、ください」

 助けて? 助けてだって?

 虐待にも耐え、母親から捨てられたことにも耐え、知らない人との生活にも耐えた春花ちゃんが、初めて助けてと言った。

「佐々木! なんで春花ちゃんがここに居るんだ?」

「警察に保護されたじゃあないんですか!」

 二人の言葉が遠くに聞こえる。私は一切を無視して、春花ちゃんを優しく抱いた。

「大丈夫、私たちが助けてあげるから」

 根拠はなかった。私は先生じゃあないからこの状態の春花ちゃんを助けたりはできないだろう。だけどここでそういうことが言えない人間は、人間として失格だ。

 嘘でもはったりでもいい。

 まずは安心させないといけないんだ。

「春花ちゃん、何があったの?」

 優しい声で春花ちゃんに問う。

「お姉さん……お母さんが……」

 春花ちゃんが途絶え途絶えに答えた。

「お母さんが、死んじゃった! 私のお母さんが、殺されちゃった!」




 ここからは千葉さんから聞いた話になる。

 春花ちゃんを部屋に入れて、ベッドで寝かしつけた後、すぐさま昼間に貰った名刺に書かれていた電話番号に電話した。

 最初、千葉さんは「今取り込み中なので後にしてください」と言ってたが(敬語に戻ってる)私が家に春花ちゃんが居ると言うとどこかほっとしたように「そうですか」と溜息をついた。どうやら忙しかったのは春花ちゃんの捜索のためらしい。

 千葉さんは今から迎えに行きますと言ったけど、私は明日まで待ってくれませんかと頼んだ。理由は今、知らないところで目が覚めたら必ずパニックを起こすと思うのと、警察に自分から行くように説得するからという二点からだ。

 千葉さんがそれを聞くと渋っていたが最終的に納得してくれた。

「今晩だけですよ。明日すぐに近くの警察署に来てください」

 それに対して「分かりました」と首肯してそれからどうして春花ちゃんが家に来たのかを訊いた。

千葉さんは「真に言い難いのですけど」と前置きした上で「話していた内容が春花ちゃんに聞かれた」というなんとも間抜けな言い分だった。

これだから警察は信用できないんだ。

聞かれた内容を問い質すと千葉さんは「春花ちゃんの母親が男性と心中した」とあっさりと簡単に言った。

「心中……ですか?」

 私が聞き返すと隣に黙ったまま居た京子と香奈がこちらを見てきた。

「ええ。心中です。朝日さんの遺書にこう書かれていました」

 やっぱり朝日さんは死んでたんだ。

「遺書によると男性が借金を返せなくなったこと。その保証人になったこと。付き合っていた男性が朝日さんと春花ちゃんに暴力を振るうようになったこと。色々書かれていました」

 勘違い。

 私たちは今まで朝日さんが虐待していたと思い込んでいたけど、第三者が居たのは盲点だった。

 先生はそれを分かっていたのかな。いや絶対分かっていたのだろう。

 詳しい遺書の内容は教えてくれなかったけど、私のことは書かれていなかった。だから春花ちゃんの居場所が分からなかったみたいだ。

 会ったこともないのに虐待のことを知ってた、その答えが氷解したとき、達成感よりも徒労感が勝っていた。

「とりあえず、春花ちゃんのことを頼みますよ」

 その言葉を最後に電話は切れた。

 そして二人に聞いたことを語ると、京子は怒り、香奈は悲しげな顔になった。

「勝手に死にやがって」

 京子の言葉。

「春花ちゃん、どうなるんでしょうか」

 京子の言葉。

 二人とも春花ちゃんの為に思っている。

 私は、何も思いたくなかった。

 辛くて悲しくてたまらなかったから。

 その後、誰も話すことはなかった。

私たち三人の間に会話がなくなった。

時間だけが過ぎていく。

沈黙が破られたのは春花ちゃんが目覚めてからだ。

「…………」

「春花ちゃん。もう少し寝ていいんだよ?」

「……いいです、もう」

 春花ちゃんは――続けて言った。

「私、一人きりになっちゃった」

 三人が三人、言葉に詰まる。

「お姉さん、私――」

 私を見つめて、虚ろな眼差しで言う。

「私も、死んだほうがいいですか?」


「そんなこと、言っちゃあ駄目だよ」


 気づけば春花ちゃんの抱きしめていた。

「どんなに辛くても生きていかなきゃいけないんだよ」

 そうか――やっと分かった。

 私とこの子は一緒だったんだ。

 この子と私は、幸せになりたかったんだ。

「春花ちゃん、私の話を聞いてくれる?」

 春花ちゃんはこくりと頷いた。

「私には家族がいないんだ」

 滔々と語りだす。京子以外には話したことはなかったけど、それでも伝えなければいけないこともある。

「母親は五才のときに死んじゃって、それからお父さんと二人きりでいたけど、父さんが再婚して兄と義母さんができた。でもね、二人とも私のことが気に入らないようで、いじめたりされたんだ」

 香奈の息を飲む音が聞こえた。

「殴ったり蹴られたり首を絞められたり。酷いものだったよ。耐えたけど耐えられなかった。毎日が地獄だった」

 思い出すと吐き気がしてくる。

「地獄から解放されたのは兄と義母さんが交通事故で死んだときだね。私が中学生になったときだ。このとき私はもちろん悲しんだりしなかった。『ああ、良かった』と思ったんだ」

 人格破綻者なのは生まれつきじゃなくて育ちからだ。

「誰も助けてくれなかった。誰も救ってくれなかった。お父さんも警察も。誰一人助けてくれなかった。私は一人きり、一人ぼっちだったんだ」

 唯一の助けはテニスだった。やっている間は何も考えずにいれたから。

「春花ちゃん、昨日、こう聞いたよね。『家族ってどうしたら仲良くなるんですか』ってね。そのとき答えられなかったけど、今答えてあげるね」

 これからとても残酷なことを言う。

「仲良くなるなんて積極的に考えなくてもいい。逆に嫌われてもいいんだ」


「だから――別に恨んでも構わないんだよ」


 春花ちゃんは泣いたりしなかった。怒りもしなかったし、もちろん笑いもしなかった。

 ただ言葉をそのまま受け取って。

「……はい」

とだけ答えた。





 翌日。

 近くの警察署まで春花ちゃんを連れていった。

 見送るのは私と京子と香奈。

 高校や大学は欠席した。

「すみませんね。お手数かけました」

 千葉さんと立花さんが車に乗ってやってきた。

「いえ、いいんです。春花ちゃん、これでお別れだね」

 春花ちゃんは私と手をつないでいた。それを解くように離した。

「元気でね、春花ちゃん」

「……また会えればいいな」

 香奈と京子がそれぞれ別れの挨拶をした。

「さようなら、です」

 春花ちゃんの寂しそうな声に胸が痛む。

「さあ行きますよ」

 千葉さんが促すと春花ちゃんは車の中に入る。

 私はこのとき何も言えなかった。

 何かを言えば、涙も出てしまうから。

 車が動き出し、遠ざかっていく。

 私は声を出さない代わりに手を大きく振った。

 後部座席から春花ちゃんが見つめている。

 見えなくなるまで手を振って、見えなくなっても振り続けていた。

 ああ、何か言っていれば良かったと。

 そう後悔した。


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