真実と和解
日曜日は元々休日ではなかったことを知っているだろうか。
旧約聖書の創世記で神は六日間で世界と人間を創り、その後一日だけ休んだ。これが一週間の起源となった。その休んだ一日というのは実は土曜日であり、世界創造の栄えある初日こそが日曜日である。
実際、旧約聖書を唯一の教典としているユダヤ教では土曜日が安息日として労働どころか家事すらしない教派もあるそうだ。
ではなぜ日曜日が休日となったのか。
それは古代ローマ人の太陽信仰が元になっている。
キリスト教がローマ帝国内で禁教から開放された際にある会議が行われた。
異国の宗教を自国の宗教と擦り合わせる会議は歴史上あらゆる場で行われたことは語るまでもない。
キリストの神性などが語り合われた中で安息日についても議題に挙がった。
当時のローマは太陽信仰が盛んで特に日曜日は太陽の日、ディエース・ソーリス(英語でサンデー)と言われていたので特別な日だったと当時の史料にも書かれていた。
まあざっくばらんな話、ローマ人が安息日を日曜日に勝手に決めてしまったのだ。
……勝手に決めて良かったのかな?
でも良くないからユダヤ教とキリスト教は相性が悪いのかもしれない。
しかし、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でも古代ローマ人でもないただの日本人な私にとって日曜日は休日で明日が憂鬱な月曜日だということしか意味を持たない。
とりあえずは日曜日。
一日ゆっくりと休める、みんな大好きな休日なのだ。
「……休日、だったのになあ」
「なんだ佐々木、文句があるなら一人で帰ってもいいぞ。あたしは構わない」
突っぱねるように言う京子に、私は少しイラっとした。
「文句なんてないよ。何? イライラしてるなら一人で解消しなよ」
「まあまあ、センパイ方。揉めないでくださいよ。せっかく――」
春花ちゃんの手を握りながら、香奈は車外を見て、気持ち良さそうにこう言った。
「せっかくリムジン乗ってるんだから仲良くしましょうよ」
超が三つほど付くくらい高級なリムジンに乗る羽目になったのを遡って考えると元凶は間違いなく京子だった。
まあ元凶という言い方はアレだけど、それ以外の言葉を私は知らない。
四人がそれぞれ起きて朝食を食べてゆっくりまったりテレビを見ていたとき。
午前十時くらいだろうか、家のチャイムが鳴った。
早朝に鳴るのは珍しいと思ったけど、もっと言えば不審に思ったけど家主としては確認しなくちゃいけない。
「もしかして、春花ちゃんのお母さんかも」
香奈が春花ちゃんを抱きしめながら(昨日帰ってきてからスキンシップが過多になっているけどスルーした)不安げに言ったので、私は「多分違うよ」と答えてあげた。
「一週間まで後四日あるし、多分違う」
「よくそう言い切れるな。何か確信でもあるのか?」
私は京子に「ないよ。勘だよ」と言って玄関の方へ向かった。
ドアについてある覗き穴(正式名称はドアスコープって言うんだっけ)から相手の顔を見る。
そこには執事がいた。
老人らしい真っ白な髪。折り目正しいスーツ。銀縁メガネに真っ直ぐな姿勢。胸元にはハンカチーフを添えている。どこからどう見ても執事にしか見えない。他に見えるとしたら紳士だろう。
この執事、どこかで見たような、見なかったような……
一応、安全のためにドアチェーンを付けたまま、ドアを少し開けた。
「あのう、どちら様でしょうか?」
なんとなく敬語で話すと執事風の老人は頭を深々と下げた。
「お久しぶりでございます。佐々木様」
えっ? 会ったことあったっけ?
私が戸惑っていると、執事は下げていた頭を上げて、丁寧に自己紹介をした。
「わたくし、九鬼家の執事長を務めています柳田でございます」
やなぎだ? 柳田……!
「ああ、柳田さんですか! 高校以来だから二年ぶりですね!」
驚いて大きな声を出してしまったのは不注意だったけど、びっくりしたのだから仕方がない。
「思い出していただけましたか」
にっこりと微笑む柳田さん。
「懐かしいなあ! どうして――」
「柳田だと? おい、どういうことだ!」
後ろからドタドタ音を立てて誰かが来るのを感じて後ろを振り向いてみると、京子がどこか怒ったような顔で近づいてきた。
「京子、柳田さんが――」
「無視だそんなの!」
私を押しのけドアを勢いよく閉めた。
どたんと乱暴に閉まったドアに満足したのか、京子は「ふん」と鼻を鳴らして部屋に戻っていく。
「まったく乱暴だなあ。すみませんね柳田さん」
すぐにチェーンを外し、ドアを開けて柳田さんを招き入れる。
「いえ、お気になさらず――」
「って、うおおおい! どうして入れるんだよ! 普通追い出すだろ!」
疾風迅雷の四文字熟語が似つかわしいほど素早く玄関に戻る京子。
「なんで! 何事もなかったように! 入れるんだよ!」
「いやだって知り合いだし」
「あたしたちの関係知ってるだろ!」
「いやだって無関係だし私」
「でも、でも……」
言葉に詰まる京子に私は「ここの家主は私だから誰だって招き入れてもいいでしょ」と言うとなんとも言えない顔になった。
「京子お嬢様、お久しぶりでございます」
停滞したタイミングを見計らって柳田さんが声をかけてくる。
「お元気そうでなによりでございます」
「……まだくたばってなかったようだな、柳田」
丁寧な柳田さんに対してとことん冷たい京子。流石に見過ごせないので苦言を呈す。
「ちょっと京子。柳田さんは元とはいえ教育係だったんでしょ。その言い草はひどいと思わない?」
「いえ、構いませんよ佐々木様」
京子の態度に慣れているのか、にこやかな姿勢を崩さない柳田さん。
「わたくしたちはそれだけのことをしてしまったのです。責められるのは当然。非難は尚更なのです。現にわたくしたちは二年間、京子お嬢様に何の接点を持ちませんでした」
少しだけ曇った顔をした執事に元お嬢様は不愉快そうに「それで何のようだよ」と言った。
「もうあたしはあんたらと関係ないんだからな。もしかして兄貴から何か――」
「旦那様が病に伏しておられます」
その言葉に――私たちは動きを止めた。
頭が真っ白になって思考も停止する。
「い、今なんて――」
京子が、あの京子が動揺している。それはそうだろう。実の父親が倒れたと聞いたのだから。
「原因は心労でございます。加えて連日の会議、書類の決裁、度重なる海外での会談。休む暇もない、いえ実際休んでいないのですから、これは必然の結果となったのでしょう」
「ちょっと、待ってよ。兄貴は? 兄貴が一緒に居て、フォローすればこんなこと」
そこで柳田さんは目を逸らした。これは言い難いことを言うときの癖のようなものだ。
「京梧様は――行方知れずです。今、どこにいるのか見当もつきません」
「はあ? どういう――」
「センパイ方、そちらの方はどなたです?」
問い詰めようとした京子を遮るように奥から香奈と春花ちゃんがやってきた。二人とも不思議そうな顔で柳田さんを見ている。
「はじめまして。わたくし九鬼家の執事長をしております、柳田と言います。あなた様は確か、京子お嬢様の後輩でいらっしゃる葉山香奈様でございますね?」
「えっ? そうですけど、あの、どこかお会いになりましたか?」
混乱して日本語が不自由になる香奈。やっぱり不測の事態には弱いなあ。
「以前、京子お嬢様がお話になられたのですよ」
「そ、そうですか。うん? 京子お嬢様? それってどういうことですか?」
うーん、どうしよう。この状況はまずいというか危ういというか。
「今はそんなことはどうでもいい! それよりお父様と兄貴はどうしたんだ!」
激しく詰問する京子に対して、柳田さんは名の通りしなやかに受け流す。
「詳しい話は、車内にて。今は時間がありません」
「車内? どこへ行くんですか?」
私の質問に柳田さんはにこりと微笑んだ。
「無論、旦那様が居る病院ですよ」




