表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方調月語  作者: 夜天夜空
2/2

02話―――『空、飛んでみました』

自慢にもならないことだけれど、僕の朝は早い。

例え日の出が早い夏場でも、朝日が昇る前には眼を覚ましている。

それは、前日にどれだけ疲れていても、お酒を飲んでいても変わらない、所謂習慣と言うやつだ。


その日も僕は当然のように早起きをして、部屋を出る。

この家の家主はまだ起きて居ないようなので、起こさないように静かに台所に移動した。

それこそ習慣のように、本日の朝食は何にしようかな。なんて考えながら。













「あら、早いわね」

「あ、おはよう、霊夢」


ええ、おはよう。と目をぱちくりさせながら、寝巻き着姿の霊夢が起きてきたのは、日が出始めて暫く経ってからだった。

それでも早朝、外の世界では恐らく6時にもなっていない位の時間だから、彼女もなかなかの早起きなのだろう。

或いは、もしかしたら自称巫女と言う事で、禊でもするのかもしれない。


そんな事を考えていると、不意に彼女の視線が鋭くなる。

僕が彼女の事を、本当に巫女だと信じていないことに気がついたようだ。

彼女の前では、あまり滅多な事は考えないほうがいいかもしれない。


「一応言っておくけど、これから身を清めてくるから、覗かないようにね」

「……料理してるから、わざわざ覗きに行ったりしないよ」

「そ」


ならいいわ。と着替えを抱えて扉の向こうに見えなくなる。


霊夢の容姿は個人的に度ストライクで、その水浴びと言うなら確かに興味はある、興味はあるんだけど……。

もしそれが万一ばれた場合、本気で人食い妖怪のいる森に捨てられかねない。

そうなれば何の力もないこの身は破滅である。自重しなくては。


煩悩退散、と気を紛らわせるために僕は料理に集中した。





朝食が出来上がり、ちゃぶ台に並べ終えると、見計らったかのタイミングで霊夢が戻ってきた。

服装は昨日と同じ自称巫女服。

少し髪が濡れているが、眠気は飛びきって居ないようであくびをしている。


「うん、美味しそうね」

「それは良かった」


昨日に引き続き、あった物で適当に作った物だから、嫌いな物がなさそうで良かった。


向かい合わせで座り、二人でいただきますとお辞儀をする。

食事をしながら霊夢を見れば、パクパクと美味しそうにご飯を食べている。


うん、口にあった様で良かった。


「それで、今日は僕の事を見てくれる人の所に行くんだっけ?」

「ええ、そうなのだけど、ご飯食べ終わってからすぐだと少し早いわね」

「なら神社の掃除でも手伝う?」

「それは当然として」


当然なのか。

僕、このまま行くと、この神社のおさんどんになる気がする。


「そうね……ちょっと空飛んで見ましょうか」

「うん……うん?」


そのほうが楽になるし。とか霊夢が頷いているけど、聞き間違えかな?

空を飛ぶとか聞こえたけど、常識的に考えて人が空を飛ぶ筈はないし。

昨日も思ったけど電波とかそう言う系の子なのか?


「何よその顔は。言って置くけど、私は飛べるわよ」

「……霊夢、残念だけど、人は空を飛べないんだ」

「外ではどうだか知らないけど、そうやって諭される様に言われると腹がたつわね」

「それとも、ヘリコプターとかそういった類の物が此処にも?」

「それがなんだか知らないけれど、ここでは人が空を飛ぶのなんて日常茶飯事よ」


……なんてファンタジーなんだ幻想郷っ。

ある意味人類の夢と希望が詰まっている……っ。


「私の見たてだと、多分貴方も空を飛ぶ程度の霊力はあるわ」

「……空を飛ぶってそんなに簡単な事なの?」

「霊力さえあれば、そう難しい事ではないわね」


少なくとも此処ならね。と霊夢はお茶をすする。


ちゃぶ台に眼を移せば、もう食器の中は空で、残るは僕が今食べているご飯数口分。

僕は、急いで残りを口に放り込んで、ご馳走様と礼をした。












食後、食器を片付けると、霊夢に連れ立って境内の掃き掃除をする事となった。

とは言ってもこの神社自体、そこまで広いものじゃない。

二人で掃除しているということもあって、一時間もあれば余裕で終わってしまった。


「さ、じゃあ空を飛ぶ訓練でもしましょうか?」

「おー」


そういうわけで、早速空を飛ぶ訓練とやらに取り掛かる事となった。

と、その前に一つ確認したい事があった。


「ちなみに、その空を飛ぶ事が出来るようになると向こうに帰れなくなる。なんてことは」

「さあ?少なくともこちらに染まる事は確かよね」

「よし止めよう」


小さな可能性だったとしても、向こうに帰れる要因を潰してしまうなんてしたくない。

確かに空を飛ぶなんて心の底から欲しい能力だけど!

小さい頃とか何度タケコプターが欲しいとか想像したか分からないけれど!

それでも、それが原因で帰れませんなんて事になるよりよっぽどマシだ。


「空を飛べるのと飛べないのとじゃあ、妖怪に遭遇した時の死亡率が倍以上に」

「さあ!まずは何をすればいいんだい!?」

「……」


僕の急なテンションの切り替えに、霊夢は呆れたような眼を向ける。

が、しょうがないじゃないか。

元々空を飛ぶなんて魅力的な提案に、安全と言う名のチップを上乗せされたら、

帰れない”かも”なんて曖昧な要因、無視せざるを得ない。


「やる気になったんなら、別にいいのだけど」

「うんうん、それで、僕は何をすればいいの?」

「……そうね、とりあえずは体から力を抜いて」

「うん」


ふいー、と体から空気を出しつつ、力を抜く。


「後はなんかこう、ふわーっと」

「ふむふむ、ふわーっと……って、できるかぁ!?」


叫びつつ霊夢に向き直ると……霊夢は確かに宙に浮いていた。

それはなんと言うか水中で地面に足がつかないような、そんなふわふわとした浮かび方。


「う、浮いてる!?」

「そりゃ浮くわよ、人間だもの」

「少なくとも外では人は浮かべません!?」

「何度でも言うけど、ここでは浮くのよ」


そう言うと霊夢は、ふわーっと空高く舞い上がる。

その拍子にスカートの中がちらりと……なんていうんだっけ、あれ、かぼちゃ。


と、そんな事を考えていると、何時の間にやら背中に廻りこんだ霊夢に方を捕まれる。

……僕には分かる。いま、すごい恐ろしい笑顔が頭の後ろにある。


「さて、じゃあとりあえず空を飛ぶ体験でもしましょうか?」

「ま、まって、ちょっと落ち着こう!?」

「あら、いい訳なら飛びながら聞くわ」

「――――っ!?」


瞬間、僕の足が地面からはなれるのを感じる。


…足がつかない、命綱の無い不安感や、初めて空を飛ぶ感動などは確かにあるものの、僕にはそんな事を考えている余裕は無かった。

逆に、なんと言うか、ほっこりというか別の意味でどきどきと言うか、

多分前から僕の顔を見られたら、少なくとも恐怖に引きつった顔や感動した顔は映っていないだろう。

……その原因は、背中に当たる慎まやかな膨らみにある。


霊夢は僕の後ろから、両脇下に手を突っ込んで、抱えるように空を飛んでいる。

そうすると当然、霊夢の胸は僕の背中に押し付けられるようになっているわけで。

そうなると当然、僕はそれが顔に出ないようにする事で必死になるわけで。

静まれー!僕の心臓ーー!紳士的に!紳士的に!?


そんな僕の必死な精神的攻防に、霊夢は気づく様子も無く。


「どう?これが幻想郷よ」

「ほえ?あ、うん、おー、すごーい」


霊夢に言われて辺りを見回せば、当たり一面の森。

遠くのほうにやたら尖がった山や、小さな集落、明らかに雰囲気の違う森や湖なんかがあり、雑多としている。

その光景は、写真で見るようなのっぺりとしたものでもなく、

それは、自らが空を飛ぶ事の出来ない人間を、小馬鹿にするような壮大さで、僕の事を、僕の心をがっちりと掴んでしまう。


「何よその反応、すごいでしょ?」

「うん、なんと言うかこう、背中の感触すら忘れさせてくれるような」

「……背中の感触?」

「……あ」


しまった、と思うまもなく、自分を支えている手から、力が抜けていくのを感じとる。

一瞬で体を包み込む浮遊感の中、必死に助かる方法を考える。

そしてちらりと足元、地面までの絶望的な高さが眼に入る。


やばいっ、これは死ぬ!?


とっさに体が動き、振り返る。

そして落ちきる前に霊夢の足にしがみ付いた。


「ちょっ、あんた何してるのよ!?おとなしく落ちなさい!」

「落ちたら死ぬから!?悪かったから!?」

「うっさい、いっぺん落ちてしまえ!?」

「ごーめーんーなーさーい!?」


その時の僕達のじたばたする姿は、後から考えるととても珍妙で、周りからは奇妙なオブジェが踊っているように見えたことだろう。




暫くして、漸く霊夢も落ち着きを取り戻し、持ち方を変えると言う事で一応の決着はついた。

ついた……のだが。


「ねえ霊夢」

「なによ?」

「いや、おかしくない?この持ち方」

「そう、どの辺が?」

「いや、多分どの辺とかではなく、全部」


現在僕の両足首を霊夢が掴み、僕はひっくり返って宙ぶらりんと言う状況。

頭に血が上るわ、下手なバンジーよりも恐怖だわと、もう突っ込み所がありすぎて追いつかない体勢だ。


「我ままねぇ」

「いや、もっとこう、なんか他に方法は無かったかな?」

「たとえば?」

「僕の事を背負うとか」

「嫌よ、後ろから何されるか分かったものじゃない」


する気はないけれど、さっきの今でそんな事を言っても許される気がしない。


「横に抱え込むとか」

「そんな力があるように見える?」


見えない、僕の体が軽めだとは言え、今両手でも良く持っていると感心してしまう。


「せめて手の方を掴んでくれるとか」

「私の手を押さえてどうするつもりよ」


何もしないよ!?自分からも握っておきたいだけだよ!?


「何かロープのようなもので」

「あら、貴方、縛られる願望でもあるの?」

「……もう、この体勢でいいです……」

「あらそう?」


もう、今の問答だけで変えてくれる気はないって事は分かった。

それなら、なるべく早めに抱えられなくても大丈夫なようになるしかないわけだ。

幸い、先ほどの臨死体験の際に、空を飛ぶという感覚に着いてなんとなく見つけている。

様は、あの落ちる感覚の逆の感覚を掴めばいいのだ。


「で?その様子だと、なんとなく分かった?」

「うん、多分だけどね」

「そ、じゃあいっぺん落として」

「地面に下ろしてくれるかな!?」


しょうがないわね。と高度を落としていく霊夢。

なんだかんだで、一応頼めば聞いてくれるようだ。


「って、ああ、小銭がっ」


ほっとした瞬間、ひっくり返っていたからか、ポケットに入った小銭が数枚ぽろぽろと零れ落ちていく。

落ちた先の木々から鳥が飛びたち、小銭が零れ落ちた先である、こちらに集まってくる。

そして僕と霊夢に群がる鳥達。


「わっわっわ!?」

「ちょっと、何やってるのよ、わわわわ!?」

「え、ちょっと、ま、真逆!?」


ぱっ、と音がするように霊夢の手が離れ、僕は再び浮遊感に包まれる。

必死に辺りを見回すが、唯一の捕まり所である霊夢は既にかなり上。

必死な顔でなにやら……って鳥が吹っ飛んだ!?

そのまま慌ててこちらに飛んでくるが……その手は間に合わない。

その手が届く前に、僕は地面に到達するだろう。


他に、他に何か、生き残る手立ては……っ。

地面までの数秒間、その短い時間の中、かちかちかちと、頭の中で何かが組みあがっていく。

そして、奇しくも見つけてしまう―――空に浮かぶ方法!

空に向けて”落ちればいい”!


ふ、と地面に向けて落ちる速度が遅くなる……気がする。

しかし、その減速はあまりにも緩やか。

このままでは地面への激突は避けられない……っ!


今度こそ終わった。と思った瞬間。

ぽす、と、あまりにもあっけなく、霊夢に抱え込まれた事に気づいた。


「あ、あれ?」

「はい、ご苦労様」


ぱちくり、と眼を瞬かせて霊夢を見るが、しっかりと地面に立って、僕をお姫様抱っこで抱え込んでいる。

さっき見た限りだと、どうやっても間に合わない距離が開いていたと思うんだけど。


「な、なんで?」

「あのね、さすがに何の保証も無く空から落とすわけないじゃない」

「……どういうことで?」

「こう言う事」


そう言うと、霊夢は僕を下ろし、目の前でひゅ、と地面に沈みこむ。

慌てて辺りを見回せば……真後ろでにやついている霊夢がいる。


……ワープとか、幻想郷、僕の想像を越えていきすぎだよ。


「そう言うわけだけど、何かコツを掴んだみたいじゃない?」


私の作戦勝ちね!とか言って笑ってるけど、なんとなく釈然としない。

それでも、その作戦に見事嵌って飛べるようになってしまったのだから、僕と言う人間は単純なのだろう。


僕は力を抜くと、とん、と軽く踏み出して、空に向けて落ちる。

その感覚は、確かにこう、ふわっとしたもので、これを説明しろと言われたら難しいかも知れない。

特に霊力的なものが無くなる感覚は無く、意識の切り替えによって進行方向が変わる感じ。


人間には元々様々な能力があった、とかそんな話をどこかで聞いた気もする。

まさにそれは、ただ単に忘れていただけではないのか?とも思ってしまえるような、

自転車に乗れるようになった時のような、出来てしまえばなんでもない、そんな気軽さだ。


ぐんぐんと浮き上がり、木々より多少高い位の高さまできたところで、僕はふと気づく。


……あれ?これ、どうやって静止するんだろう?


今僕は、浮かんでいる、と言うより飛んでいる、と言う形。

飛ぼうとする方向に浮かんでは行くものの、上がるか下がるの2択しかない。

それもその進行方向の切り替えには、慣れて居ない為か結構なラグがある。

結果、一定の場所に留まろうとすると、ボクシングなんかで言うステップを踏むかのように安定しなくなってしまった。


「へえ、思ったよりしっかり飛べてるじゃない」

「これが、そんな、ふうに、見える?」


上がり下がりで安定しないため、どうしても声がぶつ切りになってしまう。

それでも、一緒に浮かんできてこちらを見ている霊夢は満足そうだ。


「その程度のブレは慣れれば無くなるわよ」

「慣れる、って言、っても、どれく、らいか、かるのさ?」

「知らないわよ。努力次第じゃない?がんばればすぐよ。すぐ」

「……」


先ほどの適当な説明といい、適当な作戦といい、彼女は感覚派と言うものなのだろう。

ふわっとしたニュアンスでの回答に、僕は言葉を詰まらせてしまう。


「さて、飛べるようにもなったし、そのまま目的地に向かいましょうか」

「りょーかい」


じゃ、ついてきて、と霊夢が高度を上げて先導しだす。

僕はその進行方向に”落ちる”方向を向けた。

すると、


「あら、なかなか早いじゃない」


その速度はまさに重力加速度的に早くなって、ものの数秒で霊夢に追いついてしまう。


「じゃあ、スピードを上げるけど、ついてこれるかしら?」


そう言うと霊夢は、今までがお遊びだったとでも言うような加速を見せて、僕を置いていく。

が、加速度的に早くなる僕は、数秒もすればそれに追いついてしまう。


「う、うそ……これでも追いついてくるの?なら!」

「ちょ、ちょっと霊夢?」


どうやら本気らしいスピードを出して僕を引き離し……僕は数秒で追いついてしまう。


その頃になると、周りの景色は電車かな?とか思える位の速度で過ぎ去っていく。

しかも自分は生身である。もう、只管に恐怖でしかない。

霊夢を追い抜いた辺りで、恐怖に耐えられなくなった僕は全力で止まる方向に力を掛けた。


それに気づいたのか、霊夢はぱっと静止するが、僕は暫く進んでしまう。

それは丁度、それまで自分が進んだ距離と同じ位の距離。


なるほど、重力加速って事は、静止するにも加速した分の時間が掛かると言うことか。


遥か後方で、行きすぎー、と叫ぶ霊夢の方向に戻りつつ、僕はそんな事を考えた。













「急制動を掛けられないなら、そのスピードはあまり当てにできないわね」

「でも、最高速度だけなら」

「……悔しいけど、私より早い事は認めざるを得ないわ」


霊夢のもとに辿り着き、僕の飛行能力について話しつつ、森の中に降り立つ。


そこは、変な雰囲気が漂う奇妙な森のすぐ手前。

小ぢんまりとしたその建物には、古ぼけた『香霖堂』と書かれた看板が掛かっている。

霊夢の話では、ここは骨董品屋との事だが、その閉め切られた暗い店舗は客人を拒んでいるようにしか見えない。

と言うかそもそも周りには森しかないのに、客なんて来るのだろうか?


霊夢にたずねれば、来ないわよ。と、簡潔な返事。

どうやら此処の店主は、儲けなんて二の次、自分の趣味で店と言う体を取っているだけとの事だ。

それが本当であれ嘘であれ、こんなところに店を構えている以上、相当な変わり者であることには違い無いだろう。

霊夢や昨日のスキマ妖怪を見る限り、この幻想郷と言うのは変わった人の巣窟だ。

其の変わり者が変わり者と言うのだから、これは覚悟をして望まねばなるまい。


と、僕が気構えしていると、そんな事を気にもしていない霊夢が、何でもないかのようにガラガラと店の中に入っていく。


「こんにちわー、霖之助さん居る?」

「いらっしゃ……ああ、なんだ、霊夢か」

「何だとは失礼ね。お客様に向かって」

「自分の用事だけ押し付けて、報酬を払わない人間を、客とは言わないよ」


霊夢は気にした様子も無く、それもそうね。と自分の事じゃないかのように奥に進んで行く。

僕も慌てて店の奥へ進むと、そには一人の男性がカウンターらしき台で本を読んでいた。

緑色の和服、と言うよりはアイヌの人が着て居るような服装をして、メガネを掛けた知的な男性だ。


「おや、そちらは見覚えのない顔と服装だね。いらっしゃい」

「はじめまして、調月灯代と申します」

「これはどうもご丁寧に、森近霖之助だ。此処は古道具屋『香霖堂』。何かご入用かい?」

「えっと、霖之助さん、じつわね……」


霊夢が、簡潔に僕の事を霖之助さんに伝える。

外の世界から来た事、帰る事が出来ない事、何がしかの能力でも芽生えてないか、見てもらいに来た事など。

中でも霖之助さんは、僕が外の世界から来たという事に関して興味を引いたようだ。


「外の世界から来た、と言う事は、其の辺に置いてあるものの使用方法なんかも分かるということかい?」

「その辺?」


霖之助さんの指差す方向を見ると、なにやら雑多とした家電用品なんかが棚に並んでいる。

しかし、それらをよくよく見れば、コンセントが抜けて無くなって居たり、炊飯器なのにお釜と蓋が無かったり、

ちょっと機械に詳しくても直す事が出来なそうな、使えないジャンク品だ。


「部品が足りなかったりしてますけど、概ねなんだか分かりますよ」

「なんと、足りない部品も分かるのか」

「外の世界では割とポピュラーだったものが多いんで」


これは拾い物だ…っ、と、なにやら興奮している様子の霖之助さん。


結局、僕の能力を見てもらえると言う話はどうなったのだろうか?

あると帰れなくなるという意味では、無いに越した事がないのだけど……。


と、僕の視線に気づいたのか、霖之助さんはこほん、と一つ咳払い。


「ああ、興奮してしまって悪かったね。それで、能力だったかい?僕の見る限りでは、君には能力が備わっている様だよ」

「え」


あまりにもさらっと、衝撃的な事実を告げる霖之助さん。

それを聞いた僕は、帰る事が遠くなり悲しいやら、能力があってうれしいやら、良く分からない。


「その能力を教えて上げてもいいんだが……一つ、僕と取引をしないかい?」

「取引?」

「そう、取引内容は単純だ。僕は君の能力を教える。代わりに君はそこにあるものの使用方法を教えてくれればいいだけだ」

「僕の能力とかが分かるなら、使用方法くらい分かるのでは?」

「僕の能力は『未知のアイテムの名称と用途が分かる程度の能力』、何に使うかが分かれど、使用方法が分からないのさ」


僕の能力が分かると言うのもその能力のおかげらしい。

ちょっと応用すれば人の能力なんかも調べられるそうだ。


「でもここにある物って、ジャンク品で使用できるものなんかないですよ?」

「なに、そうなのかい?」

「大体の物は致命的な部品がないですし」


それでいいなら教えますよ。と、伝えると、霖之助さんは大分迷いつつ。


「まあ、その部品が流れ着くこともあるだろう。それでかまわないよ」


多分、部品が流れ着いてきてもジャンク品はジャンク品だと思うけれど。

霖之助さんがそれでいいと言うのなら、別にかまわないだろう。


そこで、いつの間にかお茶を飲んでいる霊夢が霖之助さんに尋ねる。


「それで、結局灯代の能力は何なの?」

「また勝手にお茶を引っ張り出してきたな……」

「お茶が私を呼んでいたのよ」


どんないい訳だ。とか思うが、霖之助さんは軽くため息をついて話を進める。

どうやら此処では、霊夢のあの態度のほうが日常的らしい。


「君の能力だが……『みつける程度の能力』だ。物探しなどで役に立つようだね」

「……物探しの能力?」


確かに僕は外に居た頃から失せ物とかを探すことが得意で、学校で頼られることもしばしばあったけど、

迷子の子供とか子猫とか、よく見つけたりしていたけど……。


「まさか、それだけ?」

「普通は能力が重複してあることはないね」

「……その程度の力で、帰れる可能性を犠牲にしたのか……」

「まあ、山菜集めなんかでは重宝しそうよね」


これからは食べたい物が食べられるわ、霊夢が慰めてくる。

が、特に慰めになっている気がしない。


「そう悲観する事でもないだろう。人里では、その程度の能力すら持って居ない人で溢れている」

「能力なんて持っている人のほうが貴重だしね」


確かに、人とは違うとか、特殊な能力、なんて響きには憧れていた。

でも取るに足らない能力と引き換えに、帰れる可能性を減らした事にはショックを隠せない。


「さて、君の能力も教えたことだし、そこにあるものの使用方法を教えて貰うよ」

「……いいですけど」


せめて、何か使える物でもないか、とジャンク品の山を漁る。

そして”見つけた”のは電池式で光ってまわるだけのスタンド、よくお土産のガラス細工なんかを乗せるものだ。

どうやら電池も生きているらしく、スイッチを入れればチカチカと光ながら回り出す。


「おおっ、それは確か、電池式スタンドだったね。動くのかい?」

「そうですね。ただ、光って回るだけですけど」

「物を飾るよう、だったか?確かにこれに物を置いておけば綺麗かもしれないね」

「あら、霖之助さんには丁度いいじゃない」


その辺のコレクションでも飾って見ればいいんじゃない?と、霊夢が雑多と積まれた棚を弄り回す。


「ああ、だが、僕の持っている物でこれに合いそうな物は……」

「ガラス製品なんかはとても良く合いますよ」

「ふむ、ガラスか。確か、この辺に」


そう言って霖之助さんはカウンターのなかをごとごそと漁り、何の変哲もないコップを取り出す。

何でコップがそんなところに……?


「これでどうかな。」

「……それを飾るのなら、少し水を貯めて置いたほうがいいかもしれないです」

「水?これでいいかな」


霖之助さんは、すぐ横にあった水差しからこぽこぽと水を注ぐ。

何でカウンターに水差しがあるかは気にしないで置こう。もうカウンターじゃなくて生活スペースじゃないかとも思う。


水を入れたコップをスタンドに置けば、光るスタンドから様々な色の光を受け取ったコップが、色を変えながらくるくると回った。

コップの底がでこぼこしているので、光を綺麗に乱反射させて、水の内面でオーロラのように光が揺らめいている。


「確かにこれは綺麗ね」

「暗いところだとさらに際立ちそうだ。照明器具も兼用しているようだね」

「ただ、それは電池を使用しているので、何時までも使えるわけではないですよ」

「電池?と言うと、この乾電池、と言うやつかい?」


霖之助さんがなにやら篭のような物を差し出してくる。

中を見て見れば、大分ぼろぼろになった様々な乾電池が入っている。

ただし、液漏れを起こしていたり、端子部分が錆びきっていたりと使えそうにない物ばかりだ。


「確かにこれですけど、此処にあるのは全部ごみです」

「使えないのかい?」

「えっと、電気については分かります?」

「電気?」


まずはそこかららしい。

まあ、あの神社やこの家を見る限り、幻想郷には電気と言う概念自体があるのかも怪しい物だし、しょうがないのかも知れない。


「えっと、エレキテルとかは」

「ほう、一時期江戸を賑わせていた、確か……平賀源内だったかい?」

「そうそう」


なぜエレキテルが出て来たかは、丁度ちょっと前に中学校でそんな事を習ったから、としかいえない。

特に深い意味はないが、上手く説明するものが思い浮かばなかっただけだ。


「彼はとても面白い価値観を持っていた。そのエレキテルと言うのは、妖術で雷を造るものだったとおもうけど」

「あ、それ、雷。雷を貯めておくのが電池、と言うわけです」

「ならば雨の日に外に置いておけば復活するのかい?」

「いや、でもその乾電池自体が多分もう壊れているので」

「むむ、そうだ、もしかして電気、と言うのはそこにある家電と言う物を動かすための動力ではないのか?それならその中の電池で家電が動いたり」

「しませんよ。乾電池は小物を動かす程度の力しかないので、大型の物は無理です」

「しかし電気があれば動くんだね?なら魔理沙に頼んで雷を用意して」


もしかして幻想郷にはライディンができる人が居るのか?

恐るべし、幻想郷……そう言えば神様とかもいるとか言ってたっけ。


「雷は雷でも、出力とか圧力とか色々と調節されたものを出し続けないといけないので、難しいと思いますよ」

「そうなのか……」


がくーんと眼に見えて沈む霖之助さん。

まあ、この辺に山のように集められたものが、ただのガラクタの山だと言われたようなものだしなぁ。


ご愁傷様、と思いながら店内をきょろきょろと見回す。

外の物だけではなく、なにやら古い壷やら皿やら、確かに骨董品屋らしき雑多な物が置かれている。


「ぶっ!?」

「きたないわねぇ、何か見つけたの?」


そこにあったのは、等身大のマネキンだ。

やたら綺麗に磨かれて、服を着させてあるそれは、確かにフィギュアと言ってもいいかもしれない。

……けど、実際にフィギュアがぎっしりと並べられて、

その中にマネキンが立っていると、それはもう異空間と言っても過言ではない。


「うわぁ、ちょっと霖之助さん。何なのこれ」

「ああ、これかい?ちょっと前に無縁塚で大量に拾ってね。名前はフィギュア、用途は観賞用らしいけど」


観賞用、観賞用……?この異空間を見て楽しめるというのか?

フィギュアを見れば所々腕が無かったり首が無かったり、ホラー映画も真っ青な空間だ。


「確かに元は観賞用、といえば観賞用ですけど、既に違うものになってますよ」

「ほう、そうかい。僕も、何かが違う気はしていたんだが」

「そう思った時点で止まって下さい」


手が無かったりしたフィギュアの断面をよく見れば、やたらとリアルに描かれた人の断面図。

ご丁寧に紅い雫があちらこちらに散らばっている。

そして気づけば、マネキンがフィギュアたちを襲っているかのような、人類対巨人みたいな恐ろしい様子がその空間にはあった。

恐らく、何かがおかしいと思った霖之助さんの暴走が、この怪獣映画みたいな空間を作り上げてしまったのだ。


「えっと、フィギュア、というのはですね」


僕もそちらの知識自体はそんなに詳しいわけではないが、

自分なりのオタク知識、というものを幻想郷に伝える羽目となってしまった。












「そろそろ帰るわよー?」

「ああ、もうそんな時間か。もう少し話を聞いてみたかったが仕方ない」

「良ければまた話に来ますよ」

「本当かい!?是非、よろしくお願いするよ」


あれから3・4時間位は優に経っただろうか。

霖之助さんとのオタク談義は、予想外の食いつきによって物凄い長時間となってしまった。

さすがは商売人というべきか、思った以上に霖之助さんは話しやすく、度々脱線する話もとても面白かった。

少なくとも、また此処に来て話してもいいな、と思うくらいには有意義な時間だったわけだ。

だが外は既に夕方が近く、いい加減帰らないと夕食の支度が出来ない。


「じゃあ、今日はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ、有意義な時間だった」

「また来るわ」

「ツケを払いに来るなら大歓迎だよ」


そのうちね、と店を出て行く霊夢。

僕も慌てて店を出ようとすると、霖之助さんに呼びとめられる。


「何です?」

「外の世界と違って、こっち(幻想郷)は物騒だ。これをあげるから持って行くと良い」


そういって渡されたのは、木の棒……ではなく短刀?

抜いて見ると、幻想的な黒ずんだ波紋が美しい。


「そいつは流星刀といって、隕鉄を鍛えた短刀だ。今日の話は僕が貰いすぎていたからね。報酬の代わりだ」

「これを貰うと逆に僕が貰いすぎな気が」

「そう思うなら、また話に来てくれればそれでいいよ」

「……はい、また来ます!」


此処で断っても失礼な気がする。

ということで、ありがたく武器を頂き、ベルトに差す。

すると外の霊夢がこちらを急かす声が聞こえた。


「では、改めて、またのお越しをお待ちしています」


かしこまったような霖之助さんの言葉にくすぐったく感じながらも、僕は店を後にした。












その日の夕餉後、昨日に続いて晩酌の時間。


「へえ、それでその刀を貰ったと」

「そうだけど、すごい良い刀だよね、これ。貰っちゃっても良かったのかな」

「霖之助さんが良いというなら良かったんじゃない?」


既に二人とも風呂に入った後で、寝巻き着を着て何時でも寝れる体勢だ。

お酒を飲みつつ、先ほど貰った刀を霊夢に見せびらかしているというわけだ。


「でもそれ、懐刀程度しか長さがないし、多分本当にいざと言う時しか役に立たないわよ」

「死亡率が少しでも下がるならありがたいよ」


未だ人食い妖怪とやらには遭遇していないが、妖怪自体人の数倍の力を持つという。

少しでも用心しておくことに越した事はない。


「しかし、あのケチな霖之助さんが奮発したわね」

「うん?」

「多分、それ、霊力を込める事が出来る、所謂霊刀の類よ」

「そうなの?」


僕がいまいち分かっていなさそうな顔をすると、霊夢が貸しなさい、と刀を奪っていく。

そして、なにやら集中しだすと、刀身が薄ぼんやりと光出す。


「ほらやっぱり」

「これって、普通の刀だと出来ないの?」


見ている限り、霊夢が霊力?とやらを流しただけに見える。

普通の刀でも同じように流せるのではないだろうか。


「霊力を流す事は出来るけど、奥まで浸透しないわ。周りをつたってそのまま消えていくわね」

「へえ、ホントだ。手渡されても残ってる」


霊夢から手渡されたその刀は、青い光をそのままに宿し、さらに幻想的に光っている。


「これ、どうやって消すの?」

「さあ?」


霊夢は、無責任に話を分投げると、くいっとお酒を傾ける。


取り合えずと、刀を鞘に収めると刀身の光は洩れなくなったが、再び抜くとそのまま光っている。

ぶんぶんと振って見ても、特に変わらず光っている。

何故光っているかすら、よく分からないという謎状態だ。


「多分、害があるわけじゃないし、そのまま持って置けば良いわよ」

「その多分がなければそのまま持っていても良いんだけど」

「おそらく、害があるわけじゃないし、以下略」

「せめて最後まで言おうよ!?」


まあ、霊夢が害がない、って言うのなら、大丈夫、だろう。

僕は刀を鞘に納め、お酒を傾ける。


「明日はどうするの?」

「そうね、あまり意味はないとは思うけど、人里で貴方みたいな例がいないか、調べて見ましょうか」


人里……ああ、あの浮かんだ時に見える村のようなところか。


「場合によっては、人里に貴方を預けちゃっても良いんだけど」

「え?」

「貴重な使用人兼食料源を手放すのも惜しいから、多分ないわね」

「……おーい」


ちなみに、本日の夕食は、香霖堂からの帰り道で僕が見つけた、ギョウジャニンニクや蕗の薹の和え物でした。

幻想郷には山の幸やらが沢山である。


「僕の価値とは一体……」

「冗談よ。貴方が帰れるって分かるまでは面倒見るわ」

「本当にお願いするよ」


一体何時になったら帰れるやら。

多分そろそろ、入居予定だったところから家に電話が行って騒ぎ出している頃だろう。

これ幸いと、僕の資産が売り払われるかもしれない。

……早く、外に出なくては。


「ま、貴方がどういう選択をしようと、私は気にしないわよ」


……?


霊夢はそういって、最後の一口を流し込む。

気づけば、霊夢が用意してきたお酒はなくなっていた。


「それじゃあお休み、また明日も朝食頼むわよ」

「う、うんわかった」


どこか釈然としないモノを感じながら、部屋に戻り、床につく。

この世界に閉じ込められたと言う事で、ごちゃごちゃと考えそうになる頭を、酒の力がぼんやりと眠気を与えてくれる。

その眠気に逆らわず、僕はゆっくりと眠りについた。









とぅーびーこんてにゅー?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ