9.二人の若人
武具を調達してきたジンと合流して、エミリは大通りに戻っていた。
歩きながらジンを見る。
ジンは初心者向けの武具屋で買っていなかったらしいが、見るとそれほど強力そうにも見えない装備をしていた。
胸当てが新しくなっているが、前のものとあまり変わらないようで、体を覆っている範囲も広くない。
剣は前もっていたものとは違うが、これも短く軽めの剣に見える。
ジンが視線に気付いて言う。
「この辺じゃ、いいものをそろえようとしても限度があるしな。とりあえず格好がつけばいい程度の装備だよ」
防具はグレイプレート、防御値は11ということだった。
ただ、剣については少し得意げに掲げてみせる。
「これは強い武器じゃないが、そこそこ面白いぞ。ブルーナイフ。魔力効果が付与されている特効武器だ」
「魔力効果?」
「武器を作るときの錬成時、魔法が使われている武器のことだ。魔法については、知っているか」
「……。いえ」
「そうか。まあ、大ざっぱに言えば特殊能力の一つだな。人は剣で切るだけが能じゃない。モンスターと戦って強くなったり、ある儀式を受けたりすることで、特別な力を得ることがある。それが特殊能力で、一般に“アビリティ”なんて言われたりする。魔法はその一部のことだ。魔法には様々な効果があって、相手を物理的に攻撃するだけじゃなく、幻術をかけたり、味方の戦闘力を高めたり、千差万別だ」
「……。また長い説明をするの」
「え? いや、まあ、……今は気にするようなことでもないから、別にいいが。後々、関わることになるだろうしな」
エミリがかすかに鋭い口調で言うので、ジンは少しだけ遠慮したようにそんなことを言う。
「そう」
エミリはそう返すだけであった。
「とにかく、この武器は特殊な効果がついてるってことだ」
「何」
「風の加護がついてる。特定の敵に効いたり、場合によっては相手を鈍重にさせることが出来る。この武器だけはまあ、それほど安くなかったな」
ジンが言うのでエミリは剣を見た。わかりにくいが、攻撃値を表した刻印があって、数値は“3”だった。
エミリのロングソードは15だったから、それより弱いことはわかる。
「それほど、特殊な効果というのが重要?」
「ま、保険だよ。俺たちは、二人で一つのパーティだ。破壊力は、嬢ちゃん一人で足りてる。俺はそれを補うような何かを持っていた方が、バランスが良くなるってことだ」
エミリは、黙って聞いていた。
実感はないが、おそらくジンが言うならそうなのだろう。
だから、エミリはそれ以降はあまり考えるのをやめた。
と、歩いていると、冒険者が道端で立ち止まって話しているのが聞こえた。
『お前もやられたのか』
『ああ、気付いたら、すっからかんだった』
『綺麗な女だと思ったら、そこから、記憶がねえ……くそっ』
三人ほどが固まって、憎らしげに話しては、大通りを誰かを捜すように見回している。
ジンは、無視しようともしたようだったが、立ち止まって彼らを見た。
「ジン、どうしたの」
「放っておいてもいいが、一応、冒険者にとっては困ることだからな。……要は、こそ泥らしい」
エミリは、かすかに怪訝な様子で黙るしかない。
ジンは彼らに近づいた。
「金を取られたのか?」
「何だお前……あっ」
男たちは驚いた。
「あんた、疾風のジンか? 今はこの町にいたのか……」
「お前たち、こそ泥に遭ったんだろ」
ジン言葉に頷き、彼らは憎らしげな顔になる。
「そうだよ。向こうの裏路地でな。金だけじゃなく、食料やら、細かいもんまで全部だ。道具袋が丸ままやられたよ」
困ったように、肩をすくめる。
エミリも近づいた。
見ると、体格のいい、屈強そうな男たちだった。
歴戦、というふうには見えないが、それでも、まとめて泥棒に遭うような弱そうな印象でもない。
「ジン、どういうこと」
「こいつらが、ものを盗まれた。おそらくは普通じゃない方法でな。やり手も冒険者かも知れん」
冒険者が、盗み、ということをする。
それが想像できなくて、エミリは黙った。
「そういうことに手を染めるやつも、少なくない。ある程度のレベルや、必要な能力を得れば、モンスターを倒すより、金を持ってるやつを直接狙う方が効率がいいと考えるやつもいるんだ」
ジンは見知ったような口調で言う。
「放っておいてもいい、という見方もある。だが、こいつらだけじゃなくて他の冒険者や、俺たちも狙われるかも知れん。町によるが、この町では窃盗は罪だ」
「捕まえるの」
「面倒だが自衛のためだ。これも、冒険者には必要なことかもな」
ジンは苦笑して見回した。
確かに、モンスター退治とは違う。
だが、冒険者にとって金銭は命を繋ぐもので、それを狙われれば、立派な実害だ。
こういうことにも対処をすることも、冒険者には必要だろう。
ジンは彼らにたずねていた。
「心当たりはあるんだろ。女がどうとか言っていた」
「ああ、綺麗な女だと思っていたんだ。見とれるくらいにな。そうしたら、気付いたら持ち物がなくなっていた」
そこでエミリに気付いて、穴が開くほど眺める。
「ん? そこの娘……は、すまねえ、全然別人だな。でも、その娘と同じくらいには、べっぴんだった気がする」
「ほう、だったら、少しは目立ちそうなものだがな」
ジンがエミリをちらと見て言う。
エミリはずっと黙ってたたずんでいた。
「まあいい。俺たちが、もう少し聞き込みしてみるよ。他にも被害者がいるんだろう。この調子じゃ」
ジンは言って歩き出す。
エミリはそのうしろをついていった。
どうやら泥棒捜しをすることになったらしい。
「あれだけで捕まえられるの」
「だから聞き込みだ。何、時間はかからないさ。これでも俺はいろんな人間に会ってきたんだ。多分、わかる」
角を曲がって静かな路地に入ると、その先にいる人物に、ジンは視線を向けている。
道端で、突っ伏して声をあげている若い青年がいた。
「あああ、もうダメだ。こんなところで、泥棒に遭うなんて」
「こっちにもわかりやすい被害者がいたな」
近づくと、こちらは屈強な戦士ではない。
冒険者服を着て、初心者用装備の代表であるブロンズプレート、レザーグローブ、ショートソードを付けた、エミリと年齢的にも大差ない青年だ。
ジンが近づくと顔を上げる。
エミリはかすかに目を見開く。
その青年の顔は、驚くほど整っていた。
暗めの金髪は短いが、美しい容姿を飾り立てている。
だが、彼はうめき声と共に涙をぽろぽろ流していた。
地面に手をついて、容姿を打ち消すほど情けない声をあげている。
「おい、あんた、こそ泥の被害者だろ。話を聞かせてくれ」
「いいんです。僕なんてもう、お金もないし実力もなくて、このまま死んでいくだけですから。ううう」
「何を言ってる。ほら、立て」
ジンが起こすと、彼は涙を拭って立った。
意外にも背が高く、すらりとしていた。
「あなた方は誰ですか?」
「通りすがりの冒険者だ。こそ泥を捜してる。あんた、遭ったんだろ」
彼はまた顔をゆがめた。
「お金を取られて……故郷から出てきて、やっと冒険者として一旗揚げられると思ってたのに……。もう終わりだぁ~」
「剣は持ってるじゃねえか。金がなくても、それがあれば何とかなる」
「本当ですかぁ。でもほとんど使ったことないですけど……」
「いいから、まずは話を聞かせてくれ。お前の持ち金が戻るかも知れん」
すると彼は顔を明るくして本当ですか! とジンを掴んだ。
「本当だよ、けど腕を離せ。犯人は見たか?」
すると彼は少し恥ずかしげに目を伏せた。
「綺麗な女性でした」
「なるほど、同じだな。で、見とれているうちに気付いたら盗られてた、と」
「何で知ってるんですか。あなた方も被害者?」
「どんなやつだったか覚えてないか? ……いや、背丈はどうだった?」
ジンが思い直したように聞くと、彼は顔を赤くして呟いた。
「小さかったと思います。かわいらしい感じでした」
「おい、お前、もの盗られてんのにまだ心奪われてんのか?」
「い、いえ別に。あ、でも、向こうの路地に歩いて行った気がします。いなくなるまで見ていたので」
「気付いたら盗られてた、とか言ってなかったか? すぐにいなくなったんじゃないのか」
「彼女が見えなくなってから、盗られてるのに気付きました……」
また恥ずかしそうに言った。
エミリは黙っていたが口を挟んだ。
「ジン、この人が参考になるの」
すると彼は、先ほどの男たちと同じように驚いた。
「あ! ……って、この女性は、お仲間ですか。綺麗な人だから、びっくりした」
「……」
ジンはなるほど、と少し考えている。
「ちなみに、その女とどんなことを話した」
「冒険者なのですかって、聞かれたから。それではいって言ったら、すごいですねって言われて……。そんなこと言われたの、はじめてだったので」
「まあ、あんた、駆け出しっぽいしな」
「それで、あとは覚えてません」
「ふむ」
それでジンは何かに気付いたようだ。
「嬢ちゃんと似てる、ってわけでもないようだ。けどべっぴんてことは覚えてて、それ以外の記憶は曖昧か。こりゃ決まりだな」
「何が」
ジンはエミリには答えず、見回した。
「あんた、女と会ったのはどれくらい前だ」
「ついさっきですけど」
「なるほど。さっきの男たちは向こうの裏路地だったから……朝から通りを回って、各路地で稼いでるらしい。今頃、東の道かな」
ジンは歩き出した。
エミリにそこで声をかける。
「嬢ちゃん、俺が見つけると思うが、一応嬢ちゃんも目を光らせてくれ。探すのは、背の低い人間。おそらく、子供だ」
「子供……。綺麗な女性ではないの」
「魔法だよ」
「……?」
ジンは言ったきり早足に進み、東の地区に入ると、静かな路地に入った。
すると……すぐに言われたとおりの光景がエミリの目に飛び込んだ。
路地の奥で、子供が、冒険者らしい男三人連れと、何事をかを話しているようだった。
三人連れは、皆その子供に見とれるように顔をゆるめている。
探していた泥棒――だが、エミリは不思議に思った。
「ジン、あれは、男の子じゃないの」
「それが、やつらには、絶世の美女に見えているのさ」
ジンがすたすたと近づくと、その少年は振り返った。
十歳前後と思しき、普通の洋服を着た、黒髪のかわいらしい少年だった。
少年は一瞬、はっとするものの、何事かを呟くとジンとエミリをじっと見つめてきた。
「……」
だが。
「残念だが通じないぜ」
「……っ?」
ジンが言うと、少年はびくりとした。
ジンとエミリに何も起こらないのを見て、急に慌てた顔になる。
「何で……?」
「魔法だろ? “チャーム”」
「……!」
「光と水に、風……いろんな属性値の混じり合った、中々高難度の魔法だ。だが、通じるのはレベルの低い敵だけだ」
「あ、あんたらには、通じない……?」
「この町は初心者が多いから、稼ぎたい放題だったろうが――潮時だ」
すると少年は、ぎり、と歯ぎしりをしてから、ひと息に駆け出した。
エミリは一瞬、急に走り出されたので見失いかける。
だがジンはすぐに少年の袖を掴んでいた。
「うわっ!」
少年はジンに引っぱられて、転げるように止まった。
三人の男たちが、正気に返る。
「ん? あれ、俺たち、どうしたんだ……」
「よくわからんが、武具屋に行く途中だったろ。行こうぜ」
そう言って立ち去ってゆく。
それを尻目に、ジンは少年を捕らえていた。
エミリも近づいた。
「つまり、この子供が、そういう、特殊な能力をつかっていたということ」
「“チャーム”は、相手を幻惑する魔法だ。モンスターの敵意を消したり、人間に使えば、誘惑することも出来る。中々、危険な代物だ」
「くっ、……離せよ! 離せ!」
ジンが言う間も、少年は暴れている。
ジンはもちろん、びくともしない。
「普通の冒険者が使える魔法じゃない。ましてや、こんな子供が使えるなんてな。おい小僧。いくら稼いだ? 少なくとも今日盗ったもんくらいは返してもらうぞ」
「うるさい! ジジイ!」
「何だとぉ?」
ジンが珍しく表情を崩す。
「俺はまだそんな年齢じゃない。せめておじさんと呼んでくれ」
「誰が! くそっ、こんなジジイに捕まるなんて……」
「生意気な子供だな」
少年らしい見た目とは裏腹に、攻撃的な性格のようだ。
小競り合いをしている二人に、エミリが口を挟む。
「結局その子供が泥棒なの」
「冒険者用の道具袋。年代もタイプも違う。それに、中に入ってるこの量の銅貨に銀貨。子供の持てるもんじゃない」
「……」
少年はそれには反論は出来ないようだった。
「言っとくが、窃盗は犯罪だぜ」
「そんなの知ってるよ」
「ならば、なぜ盗みを働いた?」
「金が稼げるからに決まってるだろ。馬鹿じゃないの?」
「口が減らないな。罪は裁かれる。少なくともそれがこの町の法だ。子供でもな」
「……」
「罪だと認められると、どうなるの」
エミリが言うとジンは続ける。
「住民と、一部の滞在冒険者による、住民法廷に出される。そこでの審理で有罪なら……軽い罪なら罰も大したことはないが、こいつの場合はかなりやってるみたいだし、少なくとも牢屋行きだ」
「……」
息を呑むようにしたあと、眼を細めて、少年は首を伸ばす。
がりっ、とジンの腕に噛みついていた。
その隙に逃げるつもりだったようだが――。
ジンは、微動だにしていなかった。
「モンスターを相手にしてる人間が、子供に噛まれたくらいでどうにかなると思うか。お前が盗みのターゲットにしていた冒険者ってのは、そういうやつらなんだぜ。なぜ、ものを盗む」
「こうしないと、生きていけない」
「幼くして魔法も使えるやつが、盗みをしないと生きられない? モンスターを相手にすれば、死なない程度には食える」
「……魔法は生まれつき使えるだけだ。モンスターとなんて、戦えない」
そこで少年は声を落とした。
「一度戦って、死にかけた。あんなやつらと、戦えるわけがない。けど、他に仕事なんてない」
「家族は」
「盗みをしないと食っていけない子供が、身寄りがあると思うか」
少年は、獣のような目で、ジンをにらんでいた。
ジンはひるむ様子もなく真正面から見据える。
「その日食えればいいなら、これほど大金を盗む必要があるかい」
「ジジイには関係無いだろ」
「そうだな」
ジンは少年の腕を引っぱる。
「お前、名前は」
「……」
「教えろ」
「……マーロ」
「何にせよ、お前は少しの間拘留しておく必要がある」
引っぱると、やめろ! と言いながらエミリを見る。
「ねーちゃん! 助けてくれよ! 俺はまだ、子供だぞ!」
エミリはしかし、ジンを止めたりはしなかった。
「子供でも、ものを盗んだ。私には止められない」
二人はマーロを捕まえた。
ジンの知り合いだという町の警備担当の人間にマーロを拘留させたあと、大通りに戻ってきた。
どうやら、以前にも似た少年が拘留されかけた記録はあるようだったが……チャームに耐性を持つほどの強さを備えた担当者が少ないせいか、その都度逃げられていたようだ。
だがジンの知り合いの担当者は元冒険者で、低レベルのチャームくらいはものともしない男だった。
逃げられる心配はないということだった。
「子供相手に厳しいと思うか」
まっすぐ歩いて言うジンに、エミリは横目に見る。
「この町の決まりなら、口を出すつもりはない。それに、有罪でも死にはしないんでしょう」
「ああ。長く牢屋入りはするかも知れんが」
ならば、どうでもよかった。
少年の獣のような視線を、少しだけ思い出しながらもエミリはそれで話を終える。
ああいう子供は、きっと王国にもいたろうし、救われない存在かも知れない。
だが町の法だと言われればそれまでだし、エミリはそれに対して冒険の足を止めてまで何かをしようとは思わない。
本来、冒険者にとって不利益な存在ならば、邪魔なだけなのだ。
ジンとエミリは今日マーロが盗んだ分の金銭は拘留させたあと取り返していた。
それを持って、被害者を回った。
あらかた返し終えて最後の被害者の元へ向かっていると、道端にその姿が見えてきた。
終始情けない顔をしていた、あの若い新人冒険者。
同じ場所にいろとジンが言っていたので、律儀にずっといたようだった。
ジンが近づいて道具袋を掲げると、彼は顔を明るくした。
「わあ! 本当に取り返してくれたんですか! ありがとうございます!」
涙を流さんばかりに、彼はジンにお礼を言った。
「本当に、感謝してもしきれません。えっと、あなたは……」
「俺はジンだ。……こっちはエミリ」
エミリが何も言わないのでジンが勝手に言った。
「本当に助かりました。ジンさんに、エミリさん。えっと、僕はクライスと言います」
青年、クライスに、ジンは苦笑していた。
「それにしても、この中、せいぜい100ロフレくらいしかなかったぞ。これを盗まれただけであんなに落ち込むかね」
「盗まれたときは、動転してて。でもこれがないと、食べ物が買えませんから……。飢えてしまいます」
「そのために冒険者やってるんじゃないのか」
「正直、お金を稼げるほどは……まだ何も出来ていないので」
ジンはちょっと見て言う。
「確かに、装備に使った形跡はほぼ、ないな。あのときの嬢ちゃん見ているみたいだな」
エミリは黙っていた。
私はこんなのではなかった、と口に出しそうになったが、言わないでおいた。
「ここ何日かで出てきたばかりの冒険者か」
「あ、はい。シェッツェからやってきて……」
「シェッツェって」
エミリが聞くと、ジンは農村だ、と答える。
「大陸の北の方にある、結構距離のある村だが。でもこの町とは馬車で繋がってる」
「はい、その馬車で来ました。でも、それでお金は使ってしまって、あとはこれしか……」
「なるほど、冒険者用の馬車は、高いからな。意気揚々とはやってきたが、金もなくモンスターと戦った経験も少ない、と」
図星のようで、クライスは居心地悪そうにしていた。
エミリは、少し不思議になってジンを見ていた。
親しくもない、今日はじめて会った冒険者に、何をそんなに話を聞くことがあるのだろう、と。
ジンはその視線に気付いてか、少しふっと息をついた。
「嬢ちゃん、こいつ、強さこそないが、嬢ちゃんと似たようなもんなんだよ」
「……」
「こいつは、遠からず、冒険に出ないといけなくなる。金もなくなるからな。この調子じゃ、おそらく放っておけば、数日中にモンスターに殺されるだろうな」
「……」
エミリは、少し体を硬くした。
そうか、と思った。
危なっかしい、新人冒険者。
ジンが、ベイトリヒテでエミリに声をかけたときと同じ。
冒険を知らない冒険者。
それが無謀な旅に出ることを察知して、場合によっては、世話を見る。
同じことをしているのだ。
何でこんなことを、と思っていた。
だが、それにエミリは現在進行形で、助けられている。
エミリは、モンスターには苦戦していない。
だが、ジンがいなければ、今、生きてはいないだろう。
そういう確信があった。
そうすると、この考えのなさそうで、いかにも情けないクライスの姿は、エミリそのものに重なって見える。
「死ぬなんて、ひどいです。これでも、ちゃんと冒険の計画はあるんです。盗まれたショックで忘れてたんですけど、そういえば、思い出しました。お金がなくなると思って、ブラッグ洞穴の鉱物採集の仕事を受けてあったんです」
彼は、前向きに語った。
「ブラッグ洞穴って、ジンが言っていた洞窟のこと」
「ああ。割と近くにあって、モンスターが出る洞窟だ。……最深部には鉱物があって、それが武具に使われることが多いんだ。だから、自分で戦う力のない武具屋とか、あっても鉱物集めを他人にまかせたいとき、冒険者に依頼する。こいつが受けたのはそれだろう」
「……」
「報酬は安いが、やりやすい仕事だから、新人はよく受ける、……けどな」
ジンは少し、真顔になってクライスを見ている。
「スライムともろくに戦ったことないんだろ。はっきり言って無謀だ。死ぬぞ」
「そんな大げさな……でも、新人はみんな、それをやってるって聞きますよ」
クライスは意外というように言い返す。
「みんなやるとしても、生還できるのは全員じゃない。これは経験者として言うんだが、冒険を焦るべきじゃない」
クライスは何か感じるものがあったようだが、しかし首を縦には振らなかった。
「でも、僕はもう、お金もなくなるし、やらないといけないんです。僕、村におばあちゃんを残して来たんですけど……冒険者になるの、反対されてたんです。出来るわけないって。でも僕は、この月のうちにちゃんとした成果を出すからって言って、出てきました。成果を残る仕事をしないと、納得してもらえないんです」
それは、クライスの印象と合致するような、優しい口ぶりだった。
けれど、そのうちに、無茶をしでかす危うさがある気がする。
エミリには、何となく、わかる。
「おばあちゃんは、僕が冒険者を目指すことが、嬉しくもあるんです。口では反対しながら。だから、大丈夫ってところを見せれば、きっと喜んで送り出してくれると思います」
クライスはそうだ、と思い出すように言う。
「それに、僕一人で行くわけでは、ないんですよ。新人冒険者が集まって洞窟の仕事を受けようという集いがあって、その中に僕もたまたま紛れこめましたから。仲間はたくさんいるんです」
ジンは、それでも安堵したような顔を、浮かべていない。
「その中に経験の豊富な冒険者はいるのか」
「いえ、僕と、あまり変わらない人たちだと思いますけど……。でも、十人以上いましたし、心強いですよ」
「十人でも、死ぬときは死ぬ」
「え?」
「そいつらは、今この町のどこにいる?」
「え? いや、それは……何日か前、仕事を受けた場ではじめて見た冒険者ばかりだったので……。場所はちょっと。顔も覚えてないし」
「洞窟に出るのはいつだ」
「今日でした。忘れてましたけど、もうそろそろ、洞窟に行かないといけない時間です」
エミリはジンを見ていた。
するとジンも、エミリを見返している。
「嬢ちゃん、悪いな、寄り道だ。洞窟に寄らしてもらってもいいか」
「別に……平気」
エミリも、答えている。
「私も洞窟には行くつもりだったから」