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魔を破する王女  作者: 松尾 京
第一章 はじまり ロッド大陸編
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8.十字町ウォータードーブ

 朝、エミリとジンはウォータードーブの町の大通りに出ていた。

 道は人通りが多く、賑やかなかけ声が飛び交っている。


 ――あれから、エミリはゆっくりと宿で休んだ。


 食べ物をおいしいと感じると、体は徐々に栄養を欲しがって、エミリはどれくらいかぶりに、腹を満たした。


 そうすると、つられたように眠気が襲ってきて、翌日の朝までぐっすりと眠ったのだった。

 自分でも驚くほど軽くなった体で部屋を出ると、ジンは笑っていた。


「少しは健康状態は戻ったようだな。隈も消えてるし、肌つやもいい」


 エミリはそのことについては無表情をつらぬいたが、部屋に戻り際に言った。


「……ありがとう」


 ジンは少し面食らっているようだった。

 からかうようなことを言われる前に、そのときは扉を閉めた。


 それから、前日に言ったとおり、エミリはジンと町を眺めることになったのだった。


 ただ、無益にぶらぶらすることに意味はないは思っている。

 エミリは横を歩くジンに言う。


「これから冒険するのに必要なものはなに」

「食料がいるな。冒険者の集まる町だから、日持ちするものも、かなりの種類があるぞ。肉だって俺が持ってたものより種類豊富だし、まずはその辺を買うか」


 言って立ち寄ったのは、冒険者用の食料品店だ。

 広い店内で、保存食をメインに品揃えはよかった。


 エミリは興味はない、と言いたいところだったが、ものを食べる重要性は、理解してきたところだった。

 肉だけじゃなく、乾燥野菜に、果物まである。


「俺はその辺の野草を食うのにもなれていたが、嬢ちゃんのことを考えると野菜は多少買っておいてもいいかもな」

「……」


 本来は必要ないと言うところだが、今のエミリに反論できたものではない。

 ジンが葉野菜を乾燥させたものを買い込むのを、黙って見ているのだった。


 ジンは別のコーナーに手を伸ばしている。


「甘いものも欲しいだろ。ドライフルーツも買っておくか。どれがいい?」


 エミリはそのとき、わずかにだけぴくりと反応したが、口に出した。


「別に」

「桃がいいだろ」

「私は何も言っていない」


 ジンは苦笑すると、どれ買っても大差ないし、桃にしておくぞ、と言って買っていた。

 エミリは黙っていたが、ほんの少しだけ、昨日の桃の味を思い出していた。


 そんな想像を打ち消すように、足早に歩き出す。

 ジンは慌ててついてきた。


 再び通りを歩く。

 人びとと多くすれ違うが、一目見て冒険者とわかるものも多い。


「どこからこれだけ冒険者が来るの」

「そこら中からだよ」


 ジンはいろんな方向を見回す。


「ここは、大陸の中じゃまあ、南の方だが。それでも王国やアイラほど辺境じゃなくて、大陸を横断したりする冒険者も寄りついて、交通の要所みたいなところになってる。ここから他の場所へ冒険に行ったやつがまた戻って別のところへ行く、みたいな使われ方もして、ある種の拠点にもなる」

「そう」

「だから自然、情報やものが流動して、賑やかな町になる。ここが“十字町”なんて言われるゆえんだな」

「……」


 冒険の、要所。

 ベイトリヒテとは違う、と思った。

 それは直感的なものでもあり、理屈でも少しわかる気がした。


 あの王国は、強い冒険者こそ外に出したがらないのだろう。

 だからきっと、閉じている。


「私たちもここを拠点にするの」

「どうかな。前も言ったが、大陸を出ることが一つの目的だから、それほどは滞在しない。どこかで腰をすえる必要はあるかも知れんが、今は必要ないかもな。今は進んで進んで、それからは状況を見てってとこだな」

「そう」


 相づちだけ打って、エミリは歩みを続けた。

 と、歩く冒険者の、格好や装備が目に入る。

 それらは多種多様で、エミリやジンとは違う。


「あなたは、この町には、装備などもあると言った。冒険には、必要でしょう」

「ああ、そうだな」


 ジンは顎をさする。


「俺も、装備なしのままじゃさすがに困るし、寄っていくか。嬢ちゃんはまあ、まだ買う必要は無いと思うが。多少、このあたりで知識をつけておいた方がいいかもな」


 ジンはすいすいと人波を抜け、大通りから曲がって、少し静かな道に入る。

 人通りは一気に少なくなった。

 だが、それは一般人が減った、ということだ。


 そこを歩く男や、ときに女は、皆丈夫そうな服、胸当て、籠手などを装備し……それぞれに、短いナイフや剣、弓、と言った様々な武器を下げているのだった。


「みんな、冒険者なの」

「ここにあるのは、殺傷能力のある武器に、モンスターに殴られてもぶっ壊れない防具。欲しがるやつはまあ、それしかいないわな」


 ジンは答えながら歩いて行く。


 エミリは、ついていくが、すぐ横に目に入った、大きくディスプレイをしている店の前で止まった。

 他の店より品数も多く、台に種々の武具を並べておいてある。


 剣、ナイフ、棍棒、弓、鎧、兜、プレートに背あてやブーツ、等々。

 エミリが眺めているとジンも並ぶ。


「この店は繁盛しているの」

「初心者向けさ。大量に生産してるから、値段が安くて、手を出しやすい。その分、一つ一つに手間がかかってないから、機能面では劣る。それでも、貧乏な新人冒険者には、助かる店だ」


 確かに、二人の他にも、武具を手にとって眺めたり、それだけでなく躊躇もなく購入したりする若い冒険者が多くいた。

 ジンの言うところの新人ということだろう。


 それでも、値段を見ると1000ロフレを超えるものも少なくなく、これが安いというのは、直感的に理解ができなかった。


「王国だったら、ここにあるものは上等な装備の部類でしょう」

「そうだな。だが外じゃ、それほどでもない。王国は、装備に関しては後進だと言わざるを得ないな。おそらくは、金がかかる政策はしない主義らしいのと、単に強いモンスターが周囲に少ないという理由もあるだろう」


 エミリは、何とも言えなかった。

 自分の装備を見下ろしているとジンは言う。


「別にその装備が弱いってわけじゃないぞ。ここの武具にも負けてない、いい装備だ」

「……使う装備で、そんなに変わるもの」

「使う人間による、と言いたいところだが、やはり装備の力は侮れない。定期的に刷新するのが好ましいだろうな。強さについては、観測値を参考にしろ」

「観測値」


 エミリは鸚鵡返しする。

 台に置いてある兜の側面に、説明がついた札が張り付いている。

 それを読むと、“観測防御値は3”ということだった。


「意味がわからない。教えて」

「つまりだな、この数値が高いほど、頑丈でモンスターからのダメージが少なくなるってことだ」

「こんな数値で、表せるものなの」

「そうだな」


 ジンはかいつまんで、説明をはじめる。


 装備はいいものほど強い。

 その強さを表したのが観測値である。


 材料と製造技術、そのほか工程により装備の強さは決定するわけだが……装備者もモンスターも生き物であり、強い防具を着けていれば必ず死なないかというと、そうではない。


 だが、一つの防具についてどれだけモンスターの攻撃に耐えられるか、というのは、経験則からある程度は予測できる。

 便宜的にそれを能力としたのが観測値だ。


「要は、大体これほどの強さだと思う、っていう参考だが……これが馬鹿にできない。皆がこれを参考にするわけだからな」

「数値が3だと、どれくらい強いのか、わからないわ」


 ジンは台から剣を取った。


「武器と合わせて説明しようか」


 ジンの持った武器、ショートソードの観測攻撃値は7。

 兜、ブロンズヘルムの観測防御値は3。


「計算は単純で、ショートソードでブロンズヘルムを攻撃すると、その差の4がヘルム装備者のダメージとなる。簡単だろ」

「……」


 エミリが何も言わないでいると、ジンは続ける。


「ちなみに、観測値というのは、いつもその値を発揮するわけじゃない。あくまで、指標の一つだ」


 ジンは剣を動かしてみせる。


「例えば、ショートソードを普通に使って、まっとうに斬撃が決まれば、防御0の敵には7ダメージを与えられる。だが、手元が滑ったり、刃が上手く当たらなかったりすれば、ダメージは3だったり1だったりする。それはつまり、観測攻撃値という武器の性能を、100パーセント発揮できなかった、ということだ」

「……」

「逆に言えば、武器の性能を100パーセント発揮すると、攻撃値分の攻撃が決まる。そういう数値だ」


 防具も同じで、上手く防具を使って攻撃を阻めれば、防御値分の防御力を発揮すると言うことだ、とジンは続けた。


「ちゃんと使えばこれだけの性能がありますよ、という物差しでもあるな。……もちろん、数字遊びのゲームじゃないから、必ずそのダメージを与えられるわけでもない。スライムの体力は、これも観測値だが、一般に15だ。これは、普通の人間でもショートソードで三回切れば殺せると言うことだが……それで死なないスライムもいるし、二回で死ぬスライムもいる」


 エミリは黙って聞いている。

 ジンは武具を戻すと、ついでというように説明する。


「ちなみに、武具を装備すると攻撃力防御力がその値になるんじゃなくて、本人の能力に上乗せされる。素の攻撃力が10でショートソードを装備したら、17になる。防御力も同じ。嬢ちゃんは、素の攻撃力が15をとっくに超えてるから、ただ殴るだけでもスライムを殺せたわけだ」


 エミリは、ゆっくりと、頷いた。

 ジンの懇切丁寧な説明を、しっかり理解した。


 ……つもりになっていた。


「……」


 エミリは、先ほどから黙って聞いている。

 無表情を崩さずに、しっかりとジンの言葉に耳を傾けていた。

 顔は、クールであったろう。


 ――しかし。


 エミリは、はじめてモンスターにあったときよりも、足元が冷えて、わななくのを感じていた。

 冷たい汗が、流れ、体は健康を取り戻したはずなのに、気分が優れなかった。


 おかしい。

 ――わからない。


 エミリは……ジンの説明が、全く理解できていなかった。

 特に、計算部分。

 差がどうの、何回切ったら死ぬだのというのが、意味不明だった。



 小さい頃から、『エミリ様は算数が苦手なのねぇ』などと家庭教師に言われていたことはある。


 確かに、貴族学校に入ってからも、数学でまともな点数を取った経験はなかった。


 あまりに難解で、『問題がおかしいのでは?』と教師に訴えたことも、あった。

 そのとき、教師はただただ困り果てたような顔をしていた気はした。


 でも、それは自分に意地悪をした教師が、悪事がばれないようにごまかしていたからだと思っていたのだ。


 そういえば、時間を割いて家族との時間を作っていた父親のロベールにも、数学の問題について聞いたことがあった。


 あのとき父は、『エミリ、本当にこれがわからないのかい?』と冗談でも聞いたような顔をしていた。


 わからない、というとロベールは間を置いてからにっこりとして、『大丈夫、エミリは他に才能があるよ』と妙に温かいまなざしで言われて会話を強制終了させられたものだった。


 あれらはまわりの冗談か、あるいは、逆に自分に数学の才能がありすぎるために会話がかみ合っていないということなのかと思っていたが……。



 ジンが簡単そうに説明するのを聞いて、エミリは戦慄していた。


 バロック平原でレベルの説明をされたあたりからおかしいとは思っていたが……。

 あくまで無表情を貫き、ジンにばれないように、手元でかすかに指を動かして数を数えた。


「……もう一回説明して」

「何?」

「もう一回説明」

「ああ、悪かったな。急に言い過ぎたか。つまり観測値と素の力の合計が17だとする。相手の防御力が8の場合――」

「8? そんな数字さっきなかったじゃない」


 エミリは混乱気味に浅い息を繰り返し、歯がみをして、指を動かした。

 だが重大なことを発見した。


 10以上の数は指では計算できないじゃないか。


「……っ」


 強大なモンスターが現れたかのような緊張が、全身を襲っていた。


 いや。

 目の前に立ちはだかっているのが計算問題じゃなくて、モンスターだったら、一撃殴ればそれで終わるのに――。


 く、と小さく息を漏らす。


「――わかったわ」

「よし、わかってくれたか」

「数の大きい装備を買えばいいんでしょう。単純なこと」

「……。いやま、そうなんだが……。本当に大丈夫か?」

「あなたは装備は刷新していけと言った。予算の許す範囲で、強い装備を見つけたなら買っていけばいいということでしょう。細かいことなんてどうでもいい」


 エミリがすらすら言うと……ジンは何を勘違いしたものか、ふっと笑みを浮かべた。


「ま、そうだな、数字を一目見ればわかることだし、防具についてる札にも説明はある。嬢ちゃんにわざわざ説明するようなことでもなかったかも知れん。わずらわせたな」

「別にいいわ」

「じゃ、俺は自分の装備、買ってくる。時間はかからんからちょっと待っててくれ」


 ジンが道の奥に消えてゆく。


 エミリはしばらくそれを見送って……完全にジンが消えたのを確認してから、無表情のまま、自分の籠手、ウインドグローブを外して穴が開くほど観察した。


 王国の武具屋で調達したときに、ここの武具にあるような札を取り外した記憶はない。

 同じ仕様なら、札がどこかにあってもいいはずだが……。


 だが、グローブには防御観測値と思しき数字の“4”という刻印以外に何もついていなかった。


 他の装備もそうだった。

 ロングソードには“15”、鎖帷子には“10”などとそれぞれ書いてあるだけだ。


 仕様が違うか、もしくはこれらの装備が初心者向けということではないのかもしれない。

 この装備を選んだことに今更ながら後悔が押し寄せた。


 エミリは装備を再び身につけると、最終的に武具屋の店員の男性に言った。


「札だけ欲しい」

「え?」

「その武具についてる、札だけ売って欲しい」

「札だけって……防具はいらないので? 武具屋なのに」

「札だけ」


 エミリはまっすぐに見つめると、店員は困ったように、これは別にただでいいよ、と言って譲ってくれた。


 確かに、初心者向けの防具だからなのかどうか、ジンが行った説明のような丁寧な解説があった。

 武具屋としても、自分たちの武具を使った冒険者に死者が出るのを極力避けたいためだろう。


 エミリは穴が開くほど眺めた。

 だが書いてある内容の計算部分だけがどうしても難解に過ぎたので――あとで読むことに決めてしっかりとポケットにしまい込むのだった。


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