第一章 八節
さてと、どうしたもんかな?
僕は思案する。
捕虜になった場合、マニュアルだと、『大人しくして無抵抗を貫く』ってこになるんだけど、それって同業他社に捕まった場合であって、そもそも部外者の人間に捕まった場合を想定したものじゃない。
というか、今の状況に則したマニュアルなんかなかったハズだ。
うーん。逃げた方がいいのかなぁ。
ちなみに1つだけあるアーチ型した鉄の扉は、薄く開いていて、どうやら見張りもいないらしい。
ふん。嘗められたもんだな?
と、強がってみたものの、考えるまでもなく、白兵戦用でもない全裸のホムンクルスなんて無力もいいとこ。
それに、これは僕の勘なんだけど、多分ここって、砂上陸艦か何かの一室だと思う。
やたらと頑丈そうな扉と、手狭で無骨な造りの部屋も、まんま戦艦のそれだし、さっきから感じている微振動だって、戦艦クラスの魔慟哭炉エンジンのものだ。
そうなれば、この部屋から逃げ出しても行く先はないし、よしんば駆動甲冑を掻っ払って、砂上陸艦から逃げ出せたとしても、絶対に追っ手がかかる。
もし、あのゼロファイターが出て来れば、万に一つも僕に勝ち目なんかない。
僕のヘルメスが万全の状態なら雪辱戦に挑んでみようって気にもなるだろうけど、他の機体じゃ正直、10秒持たす自信がない。
僕は思わず頭を抱え込む。
「あーもー、ヤメッ!」
ひとしきり悩むだけ悩んだら、唐突にどうでも良くなってきた。
というのも、僕の心の奥底には、シロナガスクジラのような諦観が、ドドーンと我が物顔で横たわっていて、それが何かの拍子に心の上澄みにまで浮上してきてしまうと、もう駄目。なんにもする気になれないのだ。
こうなったら、どうにでもなれ、だ。
自暴自棄になった僕はフテ寝することにした。全裸なのも、この際、もうどうでもいい。
僕はベットに戻ろうとして、片足を乗せたその時、何の前触れもなく扉が大きく開いた。
僕は思わず、動きを止めて、扉へと視線を向けた。
扉から顔を覗かせたのは、まだあどけなさの残る少年だった。
見覚えがある。
僕をヘルメスから引っ剥がした少年兵。
彼は呆けたような顔をして、僕が全裸なのに気付くと「うわぁ!」と悲鳴を上げた。
両手に抱えた荷物を盛大に撒き散らしながら、
「ちょ、おま、何で裸でウロウロしてんだよっ!?」
少年は腕で、自分の目をガードしつつも、耳まで真っ赤になって、そう言い捨てると脱兎のごとく、大慌てで逃げだしていく。
なんだとー! あのエロガキ! 人を露出狂みたいに言いやがって!
そもそも、うら若き乙女の裸を前にして何が「うわぁ」だ! こっちが「キャー!」だっての!
口の中だけで毒づきつつも、撒き散らされた荷物の中に、パンツを見つけて、僕はそれをイソイソと身に着けた。
良く見れば、パンツだけじゃなく、待望の服一式に銀のシースに入ったナイフ、22口径のオートマチックまで転がっている。
まぁ、さすがに弾までは入っていないだろうけど。
後は葡萄一房に色とりどりの缶詰が転がっていて、指輪を始めとする宝飾品が幾つか。
まるで子供の宝箱を引っ繰り返したかのようで、僕は幼年期に調整を受けていた初等兵科学校のことを思い出してしまう。
そーいや、週に一度の自由日に宿舎近くの海岸で、ヤドカリやアメフラシを何かの呪いの如く、集めてたっけ。いやー、懐かしいな。
――――――と、その散らばる荷物の中に一輪の花を見つけて、思わず苦笑がもれる。
僕のためにかき集めて来てくれてのかと思うと、正直悪い気はしない。
とはいえ、中にはどうしても持て余してしまうものがあった。
僕はインナー用の薄手のシャツを着て、ベットの上に胡坐を掻く。
床に散らばる缶詰とか、その他諸々を広い集め、ベットの上に置くと、花をキャビネットの一輪挿しに活ける。
――――――で、問題の品である。やっぱ着なきゃ駄目かコレ?
人間の女の子が着るような白のワンピース。
一体僕を何だと思ってこんな服を寄越したんだろう?
軍服とかの方が、ずっと気楽なんだけど。何だかんだで一番着慣れてるし。
どうしたものかと、思案していると、鉄扉が軋んだ音を立てた。
さっきの少年兵が戻って来たのかと思って、首を巡らせて見ると、そこには同位体の姿があった。