第一章 五節
僕は生まれて初めて、怒りに身を任せて行動した。
兵士としては失格だが、それが何だっていうんだっ!
どうせ、お前も自爆兵なんだろ!? いいさ。お前と心中してやるっ!
僕は半ばヤケクソになって、ヒートブレードを展開すると、ゼロファイターに襲いかかる!
ヒートブレードの最高温度は摂氏3100度、鉄の融点を軽く超え、それこそゼロファイターの薄い装甲なんて、容易く焼き切ってしまうだろう。
僕はゼロファイターのコックピットを狙い、ヒートブレードを突き出した。
ほら、見ろ! そんな旧式に乗っているから! ロクな反応も取れない!
微動だにしないゼロファイターに僕は歪んだ優越感に浸る。
僕の繰り出したヒートブレードの切っ先がゼロファイターの外装に触れるよりも、幾らか早く、突然の爆音と共に、ゼロファイターの姿が掻き消えた。
一瞬、自爆して消し飛んだのかと、思ったけど、どうやら違うらしい。
ゼロファイターは背面のバーニアを爆発させるように、一気に吹かしたのだ。
もうもうと舞い上がり出した砂埃に、視界を奪われつつあったが、僕は機影が頭上へと跳躍するのを見逃さなかった。
砂塵に紛れて、上手く逃げた積もりだろうけど、そうはいかない。
前大戦ではそれで通用したかもしれないが、時代は進んでいるのだ。僕もヘルメスもその程度の目眩ましで誤魔化せるほど甘くはない。
僕はヘルメスの上体を無理に捻ると、左腕を上空に向け、すでに臨界に達していたマギサ・デヴァイスを発動させる。
放たれた数条の雷光は確実に上空の機影を捉えた。
「なっ!?」
僕は思わず声を上げる。
そのゼロファイターと思しき影はあまりにあっさりと、それこそ風船か何かのように弾け飛んでしまったのだ。
「デコイか!」
僕は慌てて周囲を見回すものの、辺りには未だ砂塵がもうもうと舞っており、視界はすこぶる悪い。
センサー類もチャフでも撒かれたか、ノイズが走り、使い物にならなかった。
僕は完全にゼロファイターを見失うことになる。
「クソッ!」
してやられた!
ゼロファイターはワザとバーニアを吹かすことで大量の砂塵を巻き上げ、こちらの視界を潰し、さらなる撹乱を狙って、デコイを上空に射出したのだ。
僕はそれにまんまと乗せられたことになる。
ゼロファイターが名機とされる所以は、その隠密性と作戦行動限界時間の長さ、さらには背面の増槽タンクの液体燃料を瞬時に燃焼しての瞬発力の高さにあるという。
僕は背後に気配を感じ、後ろへと振り向いた。
そこにはゼロファイターの姿があった。
モスグリーンを基調にした迷彩に、両肩部には日の丸がペイントされ、不細工に人を模したそれは、駆動甲冑用の刀を腰溜めに構えていた。
ゼロファイターはこちらへと一歩を踏み込むと、流れるような所作で抜刀した。
その動きは恐ろしいほどに合理的で、無駄がなく、そして洗練されていた。
あんな旧式でこれほどのスピードを叩きだすだなんて、もはや神業の領域だ。
とはいえ、僕の目で追えないほどではなかったし、追えるということは、ヘルメスなら十分に対応できるということだ。
僕は刀の制空権から逃れるため、後ろへと跳躍しようとした。
―――――が、ヘルメスは動かない。
ヘルメスの膝が勝手に折れる。どうやらここに来て行動限界を迎えたらしい。
そりゃ、そうだ。
僕は妙に冷めた気持ちでそう思う。
さっきからコクピット内に鳴り響いているのはオーバーヒートを知らせる警告音だ。
機体の状況を省みず、音速機動を繰り返し、数回に渡り、ライトニングヴォルトをブッ放したのだ。
そこまで無茶をやらかせば、内燃機関に綴じ込められている風の下位精霊もさすがにヘバろうというものだ。
迫り来る刀の軌跡を追いながら「そういや、ヘルメスって、ゼロファイターの後継機じゃなかったっけ?」と、どうでもいいことをボンヤリと思い出していた。