第一章 四節
マギサデ・ヴァイスと呼ばれる魔術装置は、光の伝達物質とされるエーテルを錬金術により半霊半物質状のフィラメントと呼ばれる状態に加工し、それを聖刻文字を象らせることで、特定の意味と力場を持たせた物を言う。
僕のヘルメスに搭載されたマギサ・デヴァイスは、『ライトニングヴォルト』の1つだけ。
というのも、音速機動の最中に使用できる魔術は限られていたし、何よりあれこれ搭載しても精霊内燃機関の負担になるだけ。試行錯誤した結果、最終的に僕が選んだのがライトニングヴォルトだった。
そういえば、ちょっと前。前方にいる敵へとフレイムランチャをぶっ放したヘルメスが、その直後トップスピードにまで加速して、ノロノロと進むソレに、自分から突っ込んでって、吹っ飛んだことがあったっけ。
あれは傑作だったなー。しばらく僕の小隊はその話で持ちきりだったっけ。
とか、そんなことを思い出してる刹那の間に、左手のマギサ・デヴァイスが臨界に達したようで、モニタの端に白く灼熱するヘルメスの左手の甲が映り込む。
僕は左手をタウロスへと向けると起唱言語を唱えた。
「神鳴る裁きの雷。顕現せよ! ライトニングヴォルト!」
本来なら361行詞に及ぶ詠唱と、それなりの規模の魔法陣と触媒を必要とするライトニングヴォルトも、マギサデヴァイスの機能を駆使すれば、たった数言の起唱言語のみで発動できる。
―――――――――途端、耳をつんざく音と共に、数条の雷光が放たれ、僕から見て左手の岸壁を焦がしつつ迸る。
十数体のタウロスが雷光に薙ぎ払われ、次々と爆発炎上した。
同じように右の岸壁にも雷光が走ったかと思うと、爆発音が連続する。
それは僕の他にたった一体だけ残った、僚機の放ったものだった。
僕ともう一機のヘルメスは爆炎の間を疾走し、ひたすらに前進する。
標的はタウロスを率いる、敵指揮官機。
それさえ叩けば、兵力の三分の二を失った、僕が所属する小隊は全滅の認定を受け、撤退命令が下されるはずだ。
そうすれば、このクソ忌々しい戦場から離脱できる。
僕と僚機は爆炎を抜けた。
クリアになった視界に映ったのは、数万に及ぼうかという鉄の矢が迫り来るという光景だった。
なっ!? フレシェット弾!!
僕は思わず、声なき悲鳴を上げる。
弾頭1つにつき、千を超える鉄の矢が仕込まれたソレは、駆動甲冑相手にはまず使用されることのない対人兵器だ。
どういうことだよっ! これじゃまるっきり、対ヘルメス戦用の布陣じゃないかっ!?
僕は喚き散らしたくなるのをグッと堪えた。もし、ここで声を上げてしまえば、恐らく僕は平静でいられなくなるだろう。
ヘルメスはその機体の特性上、軽量化が求められ、その結果、他の駆動甲冑に比べ、極端に装甲が薄くなっていた。
それこそ17.2ミリで、あっさり穴が空くほどのオートジャイロ並みに脆い機体だった。
つまり、何が言いたいのかと言うと、フレシェット弾の弾幕なんぞ、それこそヘルメスにしか通用しないと言う事で、その事は要するに、僕たちヘルメス小隊がこの谷を通ることを敵があらかじめ知っていたということになる。
何なんだよ一体!? この局地戦に一体何の意味があるって言うんだよ!
喉元にまで酸っぱい液体が上って来るのを、僕は無理やりに飲み下す。
ググッと歯を食いしばり、
「このまま、訳も分からず、死ねるかコンチキショー!」
僕の中で何かが弾けた。
僕は僚機の背後へと回り込むと、逆噴射でスピードを落とそうとする僚機を抱え込んだ。
僚機の推進装置を破壊し、そのまま第一戦速にまで加速する。
僕は卑怯極まりないことに仲間を盾としたのだ。
そのまま、弾幕へと突っ込むと、数百の鉄の矢に貫かれ、僚機は完全に沈黙した。
僕はフレシェット弾の弾幕を抜けると、ぐったりと動かない僚機を投げ捨て、敵の指揮官機を探して視線を彷徨わせた。
いた。正面。
それはタウロスとは違い人型をした駆動甲冑だった。
背面に妙に大きなバックパックを担いでおり、そのことはこの駆動甲冑もまた精霊駆動式ではないことを意味している。
そして僕はこの駆動甲冑を知っていた。
前大戦の名機、旧日本陸軍所蔵のゼロファイター。
それこそ、戦争記念館に飾ってあってもおかしくない骨董品だ。
ふざけやがって! タウロスと言い、そんな前時代のガラクタでよくも僕を殺したな!
怒りで頭に血が昇る。
目の前に霞がかかったようで、僕は自分が冷静さを失いつつあることを自覚していた。