第一章 三節
僕が乗り込んでいる最新式の精霊駆動甲冑は『ヘルメス』と呼ばれる、音速機動がウリの軽装甲タイプだ。
体高はせいぜい3メートルほどと、精霊駆動甲冑の中でもとりわけ小さく、感覚的には乗り込むというよりも『纏う』というのがしっくり来る。
ヘルメスはその小さいという利点を生かし、偵察や撹乱、破壊工作など隠密性の問われる作戦に従事することが多く、今回のように大部隊に組み込まれて運用されることは異例と言っていい。
なおかつ機体の特性を考えれば、こんな狭い場所で戦闘行為を行うこと事態、無謀なのである。
それが、こんな障害物満載の、しかも罠まっしぐらな絶望的な状況で戦わなければならないのは、全部あのアホのせいである。
ウチの会社の上層部とどんな取引をしたか知らないけど、この無謀な命令だって、自分の安全が保証されているからのことだろう。
『勝とうが負けようが、全滅しようが、関係ねぇ。どうせ戦るなら、ハデに戦れハデに。せいぜい俺を楽しませろ』とか思ってやがるに違いないのだ。
あーもー、何だよもー。このにっちもさっちもどうにもフン詰まりな状態はっ!?
あーもー、考えるのヤメ! こーなったらどうでもいいや。罠だろが何だろうがどうでもいい!
さっさと終わらせて、それでどーにか生きてたら、熱いシャワーを浴びて、明日一日誰に何言われようと、寝て過ごしてやる!
僕はそう決めるとヘルメスを第二戦速にまで引き上げ、半ばヤケクソ気味に突っ込んで行く。
僕の小隊には、僕を含め5機のヘルメスが所属していたが、さっきの砲撃で1機がお釈迦になっている。
数の上では圧倒的に不利なものの、ヘルメスがその真価を発揮した以上、数の上での戦力彼我はもはや、関係ない。
「あはははは」
瞬殺だ。圧倒してやる。
兵器としての本能はどのような状況に置かれても臆するを許さない。ヘルメスの搭乗者として調整を受けている僕らは、神経伝達系統を大幅に強化されており、動体視力も人間離れしている。
音速機動の最中は集中力が極限にまで研ぎ澄まされるため、僕の目には何もかもがスローに写る。
タウロスの60インチ砲が火を吹いて、噴き出した高圧のガスに、成型された砲弾がゆっくりと押し出され、グリグリと回転しながら、こちらへと進んで来る。
そのあまりのノロさに思わず当たっても大丈夫じゃないかと錯覚してしまう。
もちろん、そんな訳もなく、僕は機体を右に振って、それをかわした。
こめかみに近い所の血管がドクドクと脈打ち、ホムンクルスの体液である、桃色した擬似霊薬が、まるで土石流のように循環する。
「あははははははははははっはははははあああ」
心地良い疾走感。
死への恐怖は、とっくに鈍化し、それと入れ違うようにして、ふつふつと沸き上がって来るのは残虐な欲求だ。
さあ、覚悟しやがれ! お前ら全員、皆殺しだ!
童話に出てくる邪悪な狼よろしく、舌舐めずりするブラックな僕を、後ろから追い越したのは僚機である、2機のヘルメスだ。
うわっ。待てよ、ズッコイぞ!
両機はすでに第一戦速にまで加速しており、その右手にはヒートブレードを展開していた。
なるほど、ヘルメスの標準搭載武器の中でも随一の威力を誇るそれなら、タウロスのブ厚い複合装甲でも、それこそバターみたいに切り裂けるだろう。
僕はヘルメスを前傾させると、それでも第二戦速を保ったまま、両機の後ろへと続く。
先行する2機がスピードもそのままに、それぞれが標的とするタウロスへと肉薄すると、ほぼ同時にヒートブレードを突き立てた。
その瞬間、タウロスが爆発した。
その爆発はヘルメスを巻き込んで吹っ飛ばすに十分な威力を備えていた。
ウゲッ! 自爆兵!?
1機は逃げる間もなく爆発に巻き込まれ、もう1機はどうにか逃れたが、その半身を失い、バランスを崩すと、岸壁へとぶつかり、へしゃげて潰れた。
爆発こそ免れたものの、パイロットの安否は不明。
いや、ありゃ死んだな。
待ってろ。
僕は内心で舌舐めずりしながら「仇はすぐに取ってやるからな」と、そう思う。
そう思ってから、すぐに「なんだそりゃ!?」と、思いなおす。
何言ってんだ僕は!? 敵討ちだって?
「プッ。あはははははは」
どうやら、ついに僕も頭がオカシクなったらしい。
僕らは偶発的に産み出された最初のホムンクルスの、その粗悪なクローンに過ぎない。
つまり世界中の戦場で殺しあっているのは、僕に他ならないのだ。
そりゃ、もちろん兵士として行動がワンパターンにならないよう、性別や性格もそれなりに付与されてはいるよ? でも、しょせんは皆、僕なのだ。
あれもこれもそれもそこのも、みぃーんな僕。殺した僕に殺された僕。僕が殺した僕に、これから殺される僕と、これから僕を殺す僕。
敵討ちなんてクソもいいとこ。
死ぬまで終わらない。いや、死んだって終わらない。
僕という個が死んだ後も、えんえんと続く僕と僕の殺し合い。
考えるだけ不毛だな。
今はどうやって、敵である僕を殺すかを考えてればいい。
僕は近接戦闘を諦めると、右手に展開していたヒートブレードを引っ込める。
その代わりにヘルメスの左手、甲の表装に刻印されたマギサ・デヴァイスへと、マナを注ぐための回路を開いた。