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第一章 二節

 人類は過去3度に渡る世界大戦を経験してもなお、大量破壊兵器を捨て去ることは出来なかった。

 今でも国家間の国益の衝突を最終的に解決する手段は戦争に他ならない。

 とはいえ、戦争による経済的・人的損失は計り知れず、何より、殺し殺されることで生じる憎しみの連鎖は容易く当初の目的を見失わせ、ただ泥沼な報復合戦へと姿を変えることも、しばしばだった。


 その不毛を回避するため、ありとあらゆる可能性が模索され、数十年に及ぶ紆余曲折の結果、その一定の回答として開発されたのが『ホムンクルス』である。


 安価で使い捨てに出来る人間ではない『兵士』の誕生は戦争の様相を一変させた。

 軍需産業体が戦争そのものをコーディネートし始めたのだ。


 ホムンクルスを使った戦争代行業の台頭である。


 ホムンクルスが従来の兵士と比べ、安上がりとはいえ、それなりに値が張るのは当然のこと。

 平時に数万もの戦闘用ホムンクルスを保持し続けるのは国家にとって、大きな負担であるのは言うまでもなく、時には経済成長の妨げともなる。

 軍隊とは元来そういうものだと言ってしまえばそれまでだが、そのジレンマを解消したのが、先に述べた戦争代行業というわけだ。


 50数年前、胡散臭さと共に迎え入れられた戦争代行業も、現在では世界中に大小併せて300社以上が乱立し、また多くの国家が外交カードの1つとして、大手代行業者と契約するまでになっていた。

 そのことはある意味、戦争の敷居が下がったともいえ、各国が手軽に戦争へと踏み切る要因ともなっていた。


 事実、国家に雇われた会社同士が、ホムンクルスを駒に『戦死者ゼロの戦争』を毎日のように世界中の『戦場』で繰り広げているのだ。






 ――――――――――つまりはこれも、そんな『戦争』の1つ。





 僕は戦争代行業『クセノフォン』に所蔵されるホムンクルスだ。最新鋭機のヘルメスを駆り、敵駆動甲冑を破壊するためだけに存在している。


 だと言うのに、突撃命令はまだ出ない。

 僕はまんじりともせず、岩陰からちょこちょこ顔を覗かせては、散発的に反撃を繰り返していた。


 ―――――――――と、敵の動きに違和感。

「ん。何だろう?」

 心なしか、火線が弱まったような気がする。

 んなバカな。普通に考えたらあり得ないことだ。

 敵は間合いを詰められたら、そこで終わりの『タウロス』である。

 どうあってもこちらの接近を阻むため、アホみたくバカスカ砲撃してくるのが当然だ。

 しかも敵はこちらの有効射程の外にいる。

これだけ距離をとられたら、こちらの標準兵装である20ミリライフルなんて、まず当たりゃしないし、当たった所でタウロスの厚い装甲の前では無力に等しい。

 そんな一方的に叩ける状況で弾薬をケチるような真似、絶対にしない。


 ところが実際に、敵の砲撃は弱まり、着弾点も遠ざかっていくのだ。

 さらに付け加えるなら、狙いもメチャクチャだ。

 あはは。ヒドイな。最初の見事な一撃がウソのようだ。ほら、今の砲撃なんて見当違いもいいとこ。僕達が潜んでいる岩陰から3、40メートルはズレている。


 僕は敵に何が起こっているかを確かめるため、視覚センサの感度を上げてみる。

 モニタの中のタウロスはハエトリグモぐらいの大きさからタランチュラサイズにまでズームアップされる。

「おいおい。ウソだろ?」

 タウロスは後退していた。

 あんな旧式で出て来ておいて、今さら逃げるって何だ?

 意味が判らん!

 モニタの中の敵は見事なまでのみっともなさで、ワタワタと逃げ出して行く。

 弾幕のつもりなのか、逃げながら撃つものだから、狙いもロクに付けられない。

 それに何だ! あの鈍臭さ? 僕が小隊長なら思わず追撃命令を出しているところだ。


 ―――――――ああ! そういうことか!

 突然に僕の脳裏へと閃くものがある。

 これはアレだ! ワザとだ!

 アイツら、ワザと逃げるフリして、こっちを深追いさせて罠に嵌める積もりでいるんだ!

 そう確信する僕。とはいえ、根拠はない。言うなれば兵士としての勘というやつだ。


 そんな僕の耳元で唐突に、ジジッと羽虫が暴れるような音がした。

 それは通信回線の開く音だった。

 声が溢れて、僕はそのガチャ声に思わず眉をしかめてしまう。


 この声の主は、この小隊唯一の『社外』人物であり、お飾り小隊長。どっかの独裁小国家の将軍だかなんだかのバカ息子。

 箔を付けたいとか、女にモテたいとか、どうでもいいような理由で『戦争』に首突っ込んだ脳足りん。


 先の大戦で極東アジアに乱立した小国家群の、そのほとんどが独裁国家で、面白半分に戦争体験したがる脳腐り。

 不幸なのはそんな『ウ○コヤロー』の下で戦わされている僕達だろう。

 思わず白兵戦用に支給されている携行火器で自分の頭を撃ち抜きたくなる。

 とはいえ、無理なんだよねー。自殺なんて高尚な真似、したくても出来ない仕様になっているのだ。

 何せ、僕らって会社の大切な財産だから。



 と、まぁ。そういった事情はともかくとして、いまいち要領を得ん無線からの指示を要約すると、どうやら『全機、散開して敵を各個撃破しろ』ということらしい。

 うわーい。アホだ。アホがいる。

 お飾りならお飾りらしく大人しくしててくれ。頼むから。


 思わず天を仰ぎ見る僕。

 こんな時でもヘルメスは僕の動きに従い、忠実に空を見上げてくれる。

 バイザーに写るのは広大無辺の青。

 どこまでもヒトゴトのように、どこまでも晴れ渡る能天気な空。

 それがゆえに羨ましくもあり、それがゆえに恨疚しい。

 なんか腹立つな。

「見納めかなー。空」

 ボソリと呟いてみる。

 命令がどれだけ理不尽でも僕たち『戦争用ホムンクルス』に拒否権はない。

 そもそも権利とか義務とか、そんな不気味な代物、人間様だけのものだ。


 なにしろ僕らはパーツ。消耗されるだけの備品に過ぎない。

[どうした戦人形ども! さっさと追撃に移らんか! それとも何か!? 俺の命令が聞けんというのか!]

 全回線だだっ開きで、そう怒鳴る小隊長。

 絶対、敵にも聞かれてる。

 無線を傍受したその先で、敵の小隊長が小躍りしているのが目に見えるようだ。


 むー。仕方ない。どうせ命令不服従は銃殺だしなー。

 僕は渋々、精霊封入式内燃機関の出力を上げると、隠れていた岩陰から身を躍らせた。

「ヘルメス第3小隊所属04号機、戦闘機動へと移行する」

 僕から出た声は、自分でも驚くほど抑揚がなかった。


 ヘルメスの動力炉に封入されている風の下級精霊シルフが、強制的にマナを絞り取られ、金切り声を上げた。

 それを残響音に、僕とヘルメスは疾駆する。



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