第一章 一節
悪魔の喉笛と呼ばれる谷に差し掛かり、警戒レベルが一段階引き上げられることになった。
そのことはつまり、待ち伏せや奇襲を受けることを前提としての進軍を意味し、それだけ戦死の可能性も高まるということだ。
先頭に高性能爆薬や魔力残渣を検知する特殊車両を立て、地雷やブービートラップを警戒しつつ、時速40キロほどでノロノロと谷底を嘗めるように進軍する。
「暑っちーな、もう」
僕は空調の調子があまり良くない、精霊駆動甲冑の中で汗だくになりながら、悪態を吐くと、いい加減うんざりして、空を見上げた。
僕の脊髄と直接繋がっている精霊駆動甲冑は僕の動きに連動して、空を見上げてくれる。
バイザーを通して見る空も肉眼で見るのと変わらず、底抜けに青い。
その遥かな蒼穹をアリエット級戦術飛空艇が、鳶のように弧を描いているのが見て取れる。
「いいよなー。偵察部隊の連中は楽できて」
僕は口の中だけで、小さく呟く。
今回の『戦争』は地上戦のみで行うことが、向こうのお偉方とウチの上層部とで取り決められているらしく、敵の航空戦力を警戒する必要はないと、あらかじめ通達されていた。
ま、だからと言って、その取り決めがバカ正直に守られるとは限らないし、何より制空権が確保されていないエリアを航空支援なしに、進軍するだなんて、考えただけで生きた心地がしない。
それでも汗だくになりながら、進軍することしばし、僕のすぐ脇を併走する僚機が不意の一撃を受け、へしゃげると、次の瞬間、爆発した。
「うへぇ。さっそくの敵襲。メンド臭っ!」
僕は半ばうんざりしつつも、敵の姿を探して四方へと視線を走らせる。
「えーっと」
弾の飛んで来た方角からして、あっちかな?
適当に当たりをつける。
「いた。2時の方角」
切り立った崖の中腹に複数の機影を発見。
蜘蛛を思わせるそのシルエットは多脚式駆動甲冑『タウロス』のものだ。
開発コンセプトは着る戦車。
四本の脚を備えたタウロスは機動力よりもその汎用性を重視した駆動甲冑であり、多脚式にしたお陰で作戦行動域が大幅に向上した好例だ。
今もほぼ垂直の壁に張り付くようにしてこちらを狙っている。
「なるほど」
確かに地の利と長距離射程、それに数を頼みにすれば、こちらの最新鋭機の『ヘルメス』とも互角に渡り合えるかもしれない。
ま、だからってあんな旧式に乗せられるだなんて、僕なら死んでもゴメンだ。
―――――って言うかマジで死ぬし。
精霊封入式内燃機関を搭載していない駆動甲冑なんて今の戦場じゃ骨董品に等しい。
タウロスの頼みと言えば、長距離射程とブ厚い装甲だけ。
そんな機体で戦場に出て来るだなんて、自殺行為に等しい。
―――――ああ。そうか。
僕は1つの可能性に思い至る。
もしかすると、あれに乗っている連中『志願兵』なのかもしれない。
頭のネジが数本ブッ飛んだ戦争愛好者たち。兵士としての耐用年数を大幅に超え、分解処理を待つだけの日々に耐え切れず、戦場で死ぬことを望むロートル共。
そうだといいな。と、僕はそう思う。
生き残ることのみに長けた負け犬連中。キャンキャンとうるさく吠えて煩わしい。もうお前らは用済みなのだと、あのみっともない戦車モドキもろとも思い知らせてやる。
僕は適当な岩陰に身を隠すと、ヘルメスの標準武装である20ミリライフルで弾幕を張りながら少し楽しくなってくる。