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鬼の子

里の近く、青々とした葉を繁らせた木々で挟まれた細い獣道。時折、そよ風が吹いて葉を揺らす音が心地よい、そんな穏やかな昼下がり。


2人分の声と足音が響く。


「祐、早くしないと日がくれるよ?」

「分かってるって。大丈夫、日が暮れるまでまだまだかかるから」


急かしている女の子は烏間 香奈美。


その容姿は、短く切り揃えられたさらさらの黒髪に同じ色彩の大きい瞳。


16歳くらいだと思われる女の子が着ている服はすずかけという麻できた法衣に、頭には多角形の小さな帽子をちょこんと乗せ、それをあごひもで締めている。


足には下駄を履いているが歯が一本で少し長い。見るからに山道に向いてない履物だが、香奈美の歩みはよどみない。


一方、祐と呼ばれた少年は鬼頭 祐武。女の子と同じ黒髪、黒目。上は作務衣に下は袴、草履を履いている。



その中で目を引くのが、祐武が腰に差している刀である。長刀で、普通の刀の1.5倍程の長さがある。



2人はここから少し離れた場所にある里の者で、今日は山頂付近で採れる薬草を採りにきていた。


姓から分かる通り、2人は鬼の力を手に入れた武家の末裔である。


もちろん、2人もその力を継いでいる。



(でも、2人で鬼が棲む山に行かせる?)


祐武は、歩きながらブツブツ文句を言う。


里の大人達から言いつけられて来たのだが、こういうことは前からよくあった。


幸か不幸か、稀に鬼と遭遇しても小型の鬼ばかりで、十分2人で対応できていた。


「たくさん薬草とって、皆の役に立たないとね!」


(香奈美は真面目だな…)


そんな香奈美のことは素直に好感が持てる。


だが、明らかに周りから疎まれている。

でなければ、成人の儀も終わっていない者2人だけで山には行かせないだろう。


香奈美もそのことを感じているだろうに、そんな影をみせたりしない。


(ほんと、香奈美には頭が上がらないな)


「何にやけてんるの?」


気づいたら、香奈美が振り返ってこちらを見ていた。


「いくら私が美人で2人っきりだからって…」


何を勘違いしたのか、やや頬染めて腰をくねくねしている。


香奈美は里の中でも群を抜いて容姿端麗で、周りから、特に女性から避けられている理由ではないかと思う。


「いや、香奈美はいつも可愛いなと思って」


とりあえずそう返す。


瞬間に香奈美の顔が真っ赤になり、


「もう、祐はいつも女性にそんなこと言ってるんでしょ!」


となぜか怒られたが、満更でもなさそうである。




そんなことを話しながら山を登ること1時間。緑が少なくなり山頂が見えてきた。


目的の薬草は、高度の高い場所にしか生えない高山植物で、良く山頂付近の岩場の隙間に生えていることが多い。


2人は良く採りにくることもあり、すぐに見つけ採取を始める。



30分程で持ってきた籠二つがいっぱいになる。


「よし、そろそろ帰ろうか」


香奈美に声をかける。


「うん。これだけあれば大丈夫だよね」

「だな。日が暮れる前に帰るとしますか。鬼が出ると面倒臭いし」


確かに行き道では鬼と遭遇しなかったが、帰りも遭遇しないという保証はない。


香奈美も同意見らしく、すぐに帰り支度をして駆け寄ってくる。


そして2人は帰路につく。



しばらく歩き日がだいぶ傾いてきた。


(今日も無事に帰れそうだな)


と祐武が考えていた時、


急に息を合わせたように2人は立ち止まる。


「香奈美」

「ええ、いるわね」


その直後に、


ガサッ


と、前方の木の影から小鬼が姿を表す。しかも、


ガサ、ガサガサッ


と、次から次に出てくる。


合わせて10体の小鬼が出てきた。どうやら、小鬼の群と遭遇してしまったらしい。


しかし、祐武と香奈美は落ち着いていた。


小鬼がこちらに動き出す前に祐武はもう小鬼に向かって走りだし、その左右を香奈美の放った蒼い炎の玉が追い越し、先頭とその横にいた小鬼を吹き飛ばす。

蒼い焔は一瞬で小鬼を包み、かなりの高温なのか小鬼はすぐに灰になってしまった。


祐武はそれには見向きもせずに、他の小鬼に急接近、抜刀のまま横薙ぎに首を切断。


そのまま走り抜け、次の小鬼の首もあっさり落とす。


残りの小鬼は動揺しているのか、立ち止まっているところに焔玉が追撃。また燃え上がる。


あっと言う間に、10体の小鬼が死体に変わる。


だが、祐武と香奈美は緊張を解かずに、じっと林の奥の暗闇をにらんでいる。


すると、


ズン ズン ズン


明らかに小鬼とは違う足音か近ずいてくる。


そして、その巨体が姿を表す。


身の丈4mくらい、頭部は豚、身体は人間とほぼ変わらないが、手足が極太で筋肉質にみえる。


そんな凶悪かつ醜悪な外形に臆することもなく、瞬時に距離を縮める祐武。


香奈美も、祐武が走り出すと同時に蒼い焔玉を鬼の頭に向かって飛ばす。


しかし、鬼は焔玉を片手をかざすだけで防ぎ、びくともしない。


祐武はその間に、間合いに入り、抜刀しながら刀を振り抜こうとするが、鬼の脛の半ばで刃が止まってしまった。


「グギャッ」


それでも効果はあったらしく、鬼が叫ぶ。


それに構わず、すぐに力任せに刀を抜くと、


「ギャクッ」


と、叫び祐武を睨み、怒気をはらませて右腕を振り下ろしてくる。


祐武は右に一歩ずれて紙一重でかわす。かわすと同時に横薙ぎに腕を切りつけるが、軽い切り傷を与えることしかできなかった。


すぐに鬼の追撃。左右の腕を交互に振り下ろしてくる。


それをすべて紙一重でかわす祐武。


鬼の身体から考えたら、一発でもまともに当たれば人間の身体ではひとたまりもない。


そんな攻撃を冷静に見抜きかわし続ける祐武の戦闘能力は常人とは一線を画している。


そして、香奈美の放った焔玉が今度は鬼の頭部に命中し、堪らず鬼が顔を覆う。


その間に祐武は鬼と距離をとり、香奈美の位置まで後退する。


「やっぱり、このままじゃきついな。香奈美、ちょっと頼める?」

「うん、任せて」


香奈美は両手を鬼に向ける。


すると、顔を爛れさせた鬼の足元を中心に星形に蒼く光り五芒星を形成する。その線状が空に向かって淡い光の壁ができた。


鬼はその光の壁に囲まれ、徐々に星が縮んで動きを封じられてしまう。


祐武は香奈美の頼もしい返事を聞き、すぐに精神統一に入る。


すると、祐武の身体から氣が陽炎のように吹き出してくる。

そして、真っ黒だった髪の色素が徐々に薄くなっていく。すぐに透き通るくらいまで色素がなくなり白く淡く光っている。

さらに額から二本の白い角が生えてくる。長さは約10cm。鬼の角と酷似している。

黒かった瞳も鮮やかな紅の虹彩に変わっていた。




「ありがとう。もういいよ」


祐武が言う。いつもと同じ声なのに、なぜか香奈美は安心感に包まれたような感覚になる。


「分かった」


香奈美は結界を解く。


しかし、


鬼は解放されても何故か動かない。一点を凝視したまま膠着している。


その目線の先には祐武がいて、ゆっくり鬼に歩いて行く。


鬼は祐武に恐怖を感じているのか、一歩後ずさるも、


「ガアアアァァーーー」


と、雄叫びをあげながら祐武に突進する。


それでも、祐武はゆっくり鬼へと歩く。


鬼が腕を振り上げ、突進の勢いも乗せ拳を祐武に振り下ろす。


ズドォン


接触する寸前まで祐武は動かず、直撃したのは間違いない。普通に考えて、即死。


しかし、


鬼の腕が空中でとまっていた。


いや、


よく見ると、祐武が左手だけで鬼の拳を掴んでいた。そして、右手の刀であっさり鬼の腕を切断してしまった。


「グギャーーーッ」


鬼が叫び、恐慌に陥ってしまったのか、祐武から距離をとり、そのまま背を向け逃げ出そうとする。


その背に向かって、祐武は跳び上がり、4mの鬼の頭から一刀両断。


ズズゥン


祐武が着地した後、鬼の身体は左右に倒れる。




「お疲れ様。久しぶりね、祐のその姿」


香奈美が倒れた鬼の死骸を蒼い炎で灰にしながら近ずいてきた。


「ふぅー」


息を吐き、氣が抜けているのか、祐武の容姿は元の黒髪、黒眼に戻り、角もなくなった。


「そう?そういえば前にこの姿になったのはいつだったかな」

「ええっ! 忘れたの?」

「い、いや、ちゃんと覚えてる、よ?」


そんなきつめの返事が返ってきたので、慌てて返事をするが、


(全然覚えてない…)


「もう、どうせ覚えてないんでしょ?ほんと祐は武術以外はからっきしなんだから」


顔に出ていたのか、あきれられたが本当のことなので何も言い返せない。


(本当に頭が上がらない…)


それから2人は里に帰った。






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