神の遺伝子(脚本ver.)
【本文】
『神の遺伝子』(脚本ver.)
ジャンル:心理ホラー/ブラックコメディ想定尺:約60分舞台:現代日本登場人物:青年、ひとり。
第一幕 普通の人間(0〜15分)
1 内景・ワンルーム・朝
カーテンの隙間から、白っぽい光が差し込んでいる。
狭い部屋。脱ぎ捨てられた衣服。コンビニの袋。空のペットボトル。
布団の中で、青年が目を覚ます。
枕元のスマートフォンを手に取る。
画面には通知がいくつか並んでいる。
ニュース。広告。おすすめ動画。
青年はひとつの動画を再生する。
画面の中では、海の上を歩く男が、まばゆい光に包まれている。雲が割れ、空から光が降り注ぐ。
動画の字幕。
《現代に救世主が現れた》
青年は鼻で笑う。
青年「すげえな。何でも作れるんだな、今は」
動画を最後まで見ずに閉じる。
スマートフォンを枕元に置く。
しばらく天井を眺める。
青年「……腹減った」
起き上がる。
2 内景・ワンルーム・昼
青年はカップ麺を食べている。
ノートパソコンの画面には、求人サイト。
職種、勤務地、給与。
青年はスクロールする。
ひとつの求人を開く。閉じる。
別の求人を開く。閉じる。
やがてブラウザを最小化し、動画サイトを開く。
おすすめ欄には、朝に見た奇跡の動画が並んでいる。
同じ男。同じ光。同じ海。
だが、投稿者は違う。字幕も違う。
《世界が隠していた真実》
《科学では説明できない現象》
《この男を見てはいけない》
青年は笑う。
青年「見てはいけないって、見せたいんじゃねえか」
再生する。
今度は、男の顔が画面いっぱいに映る。
その顔が、青年自身の顔に変わる。
青年は箸を止める。
画面を凝視する。
映像が切り替わる。
元の男の顔。
青年は数秒、黙っている。
青年「……似てるだけか」
動画を巻き戻す。
もう一度、再生する。
今度は、最初から自分の顔に見える。
青年は笑う。
青年「俺じゃん」
笑い声が、狭い部屋に響く。
3 内景・ワンルーム・午後
青年は動画を保存する。
画面を拡大する。顔を確認する。
動画の説明欄を読む。
《この人物の正体を知っている人はいませんか?》
コメント欄には、さまざまな書き込みが並んでいる。
《役者だろ》
《AIじゃないの?》
《いや、目を見ればわかる》
《この人、昨日うちの近所にいた》
青年は鼻で笑う。
青年「いるわけねえだろ」
自分の顔が映った静止画をスクリーンショットする。
検索欄に、自分の名前を入力する。
結果は出ない。
青年は動画をもう一度再生する。
画面の中の自分は、海の上に立っている。
青年「俺、水泳苦手なんだけどな」
笑う。
動画の最後。
画面の中の男が、カメラをまっすぐ見つめる。
青年は再生を止める。
停止した男の目が、こちらを向いている。
青年は画面を閉じる。
4 内景・ワンルーム・夜
部屋の明かりは消えている。
青年は布団の中で、スマートフォンを見ている。
朝の動画は、すでに何百万回も再生されている。
別の投稿者が、同じ映像を使っている。
さらに別の動画。
青年の顔が加工され、後光が差している。
《彼は日本に現れた救世主なのか》
青年はコメント欄を読む。
《この人を見ていると涙が出る》
《何かを思い出しそうになる》
《私たちはずっと待っていた》
青年は口元を緩める。
青年「何を待ってたんだよ」
画面をスクロールする。
《この人の名前を知りたい》
青年は自分の名前を入力しかける。
指が止まる。
少し考える。
やめる。
青年「……まあ、面白いからいいか」
スマートフォンを伏せる。
部屋は静かになる。
数秒後。
スマートフォンが震える。
画面が点灯する。
新しい通知。
《あなたに関する動画が急上昇しています》
青年は布団から手を伸ばす。
画面を開く。
その顔に、スマートフォンの光が当たる。
暗闇の中で、青年は笑っている。
その笑みが何を意味するのか、まだ誰にもわからない。
『神の遺伝子』
第一幕・後半「選ばれた男」
(想定尺:約8分)
5 内景・ワンルーム・朝
青年は布団の中でスマートフォンを見ている。
画面には、自分の顔。
昨夜よりも動画が増えている。
海の上を歩く自分。光に包まれる自分。群衆に囲まれる自分。
最後の映像では、青年が空を見上げると、雲の間から光が差し込む。
青年は笑う。
青年「いや、盛りすぎだろ」
動画を閉じる。
別の動画を開く。
今度は、自分が病人に手をかざしている。
病人が立ち上がる。
青年「誰だよ、この人」
コメント欄を開く。
《この人は本物だと思う》
《目に嘘がない》
《本人が否定しても、神は神だ》
青年は眉をひそめる。
青年「本人って、俺のこと?」
画面をスクロールする。
《この動画の撮影場所を特定した》
《日本にいるらしい》
《会いに行きたい》
青年は少しだけ笑顔を消す。
スマートフォンを伏せる。
しばらく天井を見る。
青年「……暇な奴らだな」
だが、数秒後には再びスマートフォンを手に取っている。
6 内景・ワンルーム・昼
青年はノートパソコンに向かっている。
動画サイトの投稿画面。
タイトル欄に入力する。
《あの動画の男、俺です》
少し考え、末尾に「(笑)」をつける。
青年は自分の顔を撮影する。
背景には、散らかった部屋。
青年「どうも。ネットで神様になってるらしい男です」
自分で笑ってしまう。
青年「残念ながら、空も飛べません。水の上も歩けません。家賃も払わなきゃいけません」
一拍。
青年「信じるなよ。あれ、AIだろ」
撮影を終える。
動画を確認する。
自分の顔が、画面の中にある。
青年は再生する。
自分の声が、部屋のスピーカーから流れる。
《信じるなよ。あれ、AIだろ》
青年は停止する。
投稿ボタンの上で指が止まる。
青年「……まあ、いいか」
投稿する。
画面に表示される。
《アップロードが完了しました》
青年は椅子にもたれる。
青年「これで終わり」
7 内景・ワンルーム・夕方
青年はコンビニの弁当を食べながら、スマートフォンを見ている。
自分の投稿にコメントがつき始めている。
《本人キター!》
《謙虚なのも本物っぽい》
《神が自分を神と認めるわけないだろ》
《試されているんだ、俺たちは》
青年は口を半開きにする。
青年「……は?」
スクロールする。
《奇跡を否定することで、信仰を試している》
《この人は、自分が何者か知らないのかもしれない》
青年は笑う。
青年「いや、知ってるよ。俺だよ」
さらにスクロール。
《こういう偽物が一番危険》
青年の指が止まる。
青年「偽物?」
自分の投稿を見直す。
画面の中の青年が笑っている。
青年は動画を閉じる。
弁当をひと口食べる。
咀嚼する音だけが聞こえる。
しばらくして、青年はもう一度スマートフォンを開く。
8 内景・ワンルーム・夜
部屋は暗い。
青年はベッドに座り、動画を眺めている。
自分の否定動画が、別の投稿者によって切り抜かれている。
タイトル。
《救世主、ついに沈黙を破る》
青年「沈黙してねえよ。しゃべってるだろ」
動画は、青年の顔のアップから始まる。
《信じるなよ。あれ、AIだろ》
その部分だけが繰り返される。
編集によって、前後の文脈が消えている。
別の動画。
《彼は自分が神だと知らない》
さらに別の動画。
《救世主の否定発言を分析してみた》
青年は動画を止める。
青年「……何を分析するんだよ」
コメント欄を開く。
《否定しているのに、なぜか説得力がある》
《本物だからこそ、普通の人間のふりをしている》
青年はスマートフォンを下ろす。
部屋の中は静かだ。
冷蔵庫の低い唸り。
遠くを走る車の音。
青年は顔を上げる。
誰もいない部屋。
青年「……俺、何やってんだろ」
少し笑う。
スマートフォンが震える。
通知。
《あなたの動画が急上昇しています》
青年はすぐに画面を見る。
先ほどまでの表情が消える。
動画の再生数が増えている。
コメントも増えている。
青年は画面をスクロールする。
何度も。
何度も。
やがて、口元がわずかに緩む。
9 内景・ワンルーム・深夜
青年はノートパソコンの前に座っている。
画面には、自分の顔を使った動画が並んでいる。
どれも自分ではない自分だ。
聖人のように微笑む自分。怒りに満ちた目で世界を見下ろす自分。光の中で両手を広げる自分。
青年はひとつの動画を再生する。
画面の中の自分が語りかける。
《恐れることはない》
青年は音量を下げる。
《私はあなたたちを見ている》
青年は停止する。
青年「……見てねえよ」
画面を閉じようとする。
だが、指が止まる。
青年はもう一度、動画を再生する。
今度は最後まで見る。
画面の中の自分が、まっすぐカメラを見つめている。
青年もまた、画面を見つめている。
しばらく、どちらも動かない。
青年は小さく笑う。
青年「……俺、こんな顔するんだ」
動画を停止する。
画面が暗くなる。
黒い画面に、青年自身の顔がぼんやり映る。
彼は自分の顔を見つめる。
そして、スマートフォンを手に取る。
再生数を確認する。
また増えている。
青年は画面を閉じない。
暗い部屋の中、スマートフォンの光だけが彼の顔を照らしている。
第一幕・後半 終
『神の遺伝子』
第二幕「神の再生回数」
(想定尺:約20分)
10 内景・ワンルーム・朝
青年はスマートフォンのアラームで目を覚ます。
止める。
目を閉じる。
またアラームが鳴る。
青年は舌打ちしてスマートフォンを手に取る。
通知が大量に届いている。
彼は眠そうな目で画面をスクロールする。
自分の動画が、さらに拡散されている。
再生数は昨夜の数倍。
青年「……マジかよ」
動画を開く。
画面の中の自分が、神々しい光を背負っている。
青年は布団の中で笑う。
青年「俺、昨日カップ麺食ってただけなんだけど」
コメント欄を開く。
《彼の言葉を聞いて、長年の苦しみから解放された》
《この人の目を見ればわかる》
《偽物だと言う人は、何を恐れているのか》
青年は画面をスクロールする。
ふと、指が止まる。
《この人を見ていると、なぜか自分が恥ずかしくなる》
青年はそのコメントを読み直す。
少しだけ表情が変わる。
青年「……なんでだよ」
スマートフォンを置く。
すぐに、また手に取る。
11 内景・ワンルーム・昼
青年は鏡の前に立っている。
寝癖のついた髪。無精ひげ。くたびれたTシャツ。
鏡の中の自分を眺める。
青年「救世主ねえ……」
顔を左右に向ける。
口角を上げてみる。
真顔に戻す。
青年「無理だろ」
スマートフォンを鏡に向け、自分を撮影する。
画面には、鏡の中の青年。
青年は撮影を止める。
録画を再生する。
自分の顔が映っている。
何の変哲もない顔だ。
青年「ほらな」
動画を削除しようとする。
そのとき、通知が入る。
《あなたの動画について、新しいコメントがあります》
青年は通知を開く。
《彼は普通の人間に見える。だからこそ本物なのかもしれない》
青年は鏡を見る。
もう一度、スマートフォンの画面を見る。
鏡の中の青年と、画面の中の青年。
どちらも同じ顔だ。
青年はスマートフォンを下ろす。
青年「……くだらねえ」
だが、今度は笑わない。
12 内景・ワンルーム・夕方
青年はパソコンで動画を編集している。
自分の否定動画を切り抜き、短い動画にしている。
タイトル欄。
《俺は神じゃありません》
青年は入力を止める。
少し考えて、タイトルを変更する。
《俺は本当に神じゃないのか?》
自分で吹き出す。
青年「釣りじゃねえか」
投稿する。
動画のサムネイルには、青年の顔。
青年は椅子にもたれる。
青年「まあ、どうせ誰も見ねえし」
しばらくして、通知が鳴る。
再生数が増えている。
青年は画面を見つめる。
もう一度、通知が鳴る。
また増える。
青年は動画を開き、コメントを読む。
《ついに自覚した?》
《この問いかけ自体が答えなのでは》
《彼は人間として生きることを選んでいるのかもしれない》
青年は笑う。
青年「いやいやいや……」
笑いながら、次のコメントを読む。
《この人が神かどうかは、本人が決めることではない》
青年の笑いが止まる。
青年「……誰が決めるんだよ」
画面は答えない。
13 内景・ワンルーム・夜
青年はベッドに座り、動画を見ている。
自分の顔を使った新しい奇跡の映像。
荒れ狂う海が静まり、雲が割れ、光が降り注ぐ。
映像の最後、青年がカメラに向かって微笑む。
青年は動画を止める。
青年「これ、俺の顔を使う必要ある?」
再生する。
今度は音声を切る。
画面の中の青年は、何も言わずに微笑んでいる。
青年は自分の顔を触る。
頬。鼻。口元。
スマートフォンの画面を見つめる。
動画の中の青年も、同じ顔をしている。
青年は再生を止める。
しばらくして、動画のコメント欄を開く。
《この笑顔を見ていると安心する》
青年は口元を動かす。
同じ笑顔を作ってみる。
ぎこちない。
青年「……違うな」
もう一度、画面を見る。
動画の中の自分は、完璧な笑顔で微笑んでいる。
青年は何度か試す。
そして、ふと気づく。
自分が笑顔を作るたび、スマートフォンの画面を確認していることに。
青年は手を止める。
画面を伏せる。
部屋の中に、冷蔵庫の音だけが残る。
14 内景・ワンルーム・深夜
青年はパソコンの前に座っている。
動画サイトの管理画面。
再生数。視聴者の反応。収益化に関する案内。
青年は数字を眺めている。
自分が投稿した動画よりも、自分の顔を使った偽の奇跡動画のほうが、圧倒的に再生されている。
青年は椅子を回す。
青年「そりゃそうだよな」
自分の動画を開く。
画面の中の青年が言う。
《俺は神じゃありません》
再生数は伸びていない。
青年は別の動画を開く。
《現代の救世主、その正体》
こちらは桁違いに再生されている。
青年は画面を見比べる。
青年「……俺が俺じゃないほうが、人気あるんだ」
冗談のようにつぶやく。
笑おうとする。
笑えない。
パソコンの画面には、二つの動画が並んでいる。
片方は、現実の自分。
もう片方は、ネットの中で作られた自分。
青年はマウスを動かし、後者をクリックする。
動画が再生される。
光の中の青年が、こちらを見つめる。
青年はしばらく画面を見つめる。
やがて、音量を上げる。
《恐れることはない》
青年は目を細める。
《私は、あなたたちを見ている》
青年は画面に顔を近づける。
青年「……俺は、何を見てるんだろうな」
15 内景・ワンルーム・翌朝
青年は机に向かっている。
目の前には、スマートフォンとノートパソコン。
青年はカメラを起動する。
画面に自分の顔が映る。
青年「えー……昨日から、いろいろ言われてますけど」
一度、録画を止める。
撮り直す。
青年「俺は普通の人間です。奇跡なんか起こせません」
言い終えて、画面を見る。
悪くない。
青年は投稿画面を開く。
タイトル欄に入力する。
《最後に言います》
投稿ボタンを押す。
数秒後、動画が公開される。
青年は椅子にもたれ、腕を組む。
青年「これで終わり」
スマートフォンを机に置く。
部屋を出ようとする。
数歩進む。
足が止まる。
青年は振り返る。
机の上のスマートフォンを見つめる。
戻ってくる。
画面を点灯させる。
再生数を確認する。
まだ、ほとんど増えていない。
青年はしばらく見つめる。
青年「……まあ、そんなもんか」
スマートフォンを置く。
今度こそ部屋を出る。
16 内景・ワンルーム・夜
青年が帰ってくる。
部屋は朝と同じだ。
彼は上着を脱ぎ、椅子に掛ける。
スマートフォンを見る。
通知が大量に届いている。
青年は画面を開く。
自分の否定動画が、切り抜かれている。
タイトル。
《救世主、最後の告白》
別の動画。
《彼はなぜ自分を神だと認めないのか》
さらに別の動画。
《この映像に隠されたメッセージ》
青年は画面をスクロールする。
自分の言葉が、まったく別の意味に変えられている。
《奇跡なんか起こせません》
その一文だけが切り抜かれ、何度も再生されている。
青年は口を開く。
青年「……だから、起こせないって」
自分の声が、部屋に響く。
スマートフォンからも、同じ声が流れる。
《奇跡なんか起こせません》
青年は画面を見つめる。
青年「……」
動画のコメント欄。
《彼は、奇跡が起きることを否定していない》
青年は眉を寄せる。
別のコメント。
《自分に奇跡を起こす力がないと言っているだけだ》
青年はゆっくりスクロールする。
《つまり、奇跡そのものは存在する》
青年の指が止まる。
しばらく、画面を見つめる。
青年「……そういう意味じゃねえよ」
スマートフォンを伏せる。
だが、数秒後。
また手に取る。
17 内景・ワンルーム・深夜
青年は布団に入っている。
部屋は暗い。
スマートフォンの光が顔を照らしている。
彼は自分の動画を再生する。
《俺は普通の人間です》
一時停止。
画面の中の自分を見つめる。
青年「……普通って、なんだ?」
自分でも、なぜそんなことを言ったのかわからない。
動画を閉じる。
おすすめ欄に、新しい動画が表示される。
《あなたが見ている世界は、本当に現実ですか?》
青年は眉をひそめる。
青年「またかよ」
動画を開く。
画面には、抽象的な映像。街を歩く人々。信号。交差点。窓に映る顔。
ナレーションはない。
字幕だけが表示される。
《あなたは、他人の意識を直接見ることができますか?》
青年は再生を止める。
しばらく画面を見つめる。
青年「……見られないだろ、そんなもん」
スマートフォンを置く。
天井を見る。
目を閉じる。
しばらくして、目を開ける。
スマートフォンを手に取る。
先ほどの動画を、もう一度再生する。
画面の中では、人々が何事もなく歩いている。
青年は画面を見つめる。
自分の顔が、黒い画面にぼんやりと反射している。
画面の中の人々。
画面に映る自分。
青年は、どちらからも目を離せない。
第二幕・前半 終
『神の遺伝子』
第二幕・後半「本物の自分」
(想定尺:約12分)
18 内景・ワンルーム・朝
青年は目を覚ます。
枕元のスマートフォンを探る。
画面を点灯させる。
通知はない。
青年は少しだけ画面を見つめ、スマートフォンを置く。
起き上がる。
カーテンを開ける。
向かいの建物。電線。曇った空。
いつもの景色。
青年は窓を開ける。
車の音が聞こえる。
どこかで犬が吠える。
青年はしばらく外を眺めている。
スマートフォンが震える。
青年はすぐに振り返る。
画面には、新しい通知。
《あなたの動画が話題になっています》
青年は窓を閉める。
カーテンを引く。
部屋が少し暗くなる。
19 内景・ワンルーム・昼
青年は机に座っている。
パソコンの画面には、自分の顔を使った動画が並んでいる。
新しい動画を開く。
画面の中の青年は、薄暗い部屋に座っている。
背景も、どこか見覚えがある。
壁の色。カーテン。机の位置。
青年は顔を近づける。
動画の中の青年が、ゆっくり顔を上げる。
青年は息を止める。
画面の中の部屋は、自分の部屋によく似ている。
だが、細部が違う。
机の上に、見覚えのない花瓶がある。
壁には、見たことのない絵。
動画の中の青年が、カメラに向かって微笑む。
字幕が現れる。
《あなたは、ここにいる》
青年は動画を停止する。
画面を閉じる。
すぐに、もう一度開く。
同じ映像。
青年は自分の部屋を見回す。
机。壁。カーテン。
花瓶はない。
絵もない。
青年「……気持ち悪いな」
動画を閉じる。
だが、パソコンの画面には、暗くなった自分の顔が映っている。
青年は画面を見つめる。
20 内景・ワンルーム・夕方
青年は洗面所で顔を洗っている。
水を止める。
顔を上げる。
鏡の中の自分。
濡れた髪。赤くなった目。
青年はタオルで顔を拭く。
鏡から目を離そうとする。
その瞬間、動きが止まる。
鏡の中の自分が、まだこちらを見ている。
もちろん、自分も鏡を見ている。
青年は瞬きをする。
鏡の中の自分も瞬きをする。
青年は少し笑う。
青年「……寝不足だな」
洗面所を出る。
カメラは鏡を映したまま、数秒間動かない。
誰もいない洗面所。
水滴が、蛇口から一滴落ちる。
21 内景・ワンルーム・夜
青年はパソコンの前に座っている。
検索欄に文字を入力する。
《自分が現実だと証明する方法》
検索結果が表示される。
哲学の解説。意識についての議論。夢と現実の違い。
青年はページを開き、少し読む。
閉じる。
別のページを開く。
《他人に意識があることを証明できるか》
青年はスクロールする。
「哲学的ゾンビ」という言葉が目に入る。
青年「……哲学的ゾンビ?」
説明を読む。
外見も、行動も、会話も、人間と区別できない。だが、内面的な意識経験を持たない存在。
青年は椅子にもたれる。
青年「……そんなの、わかるわけないだろ」
画面を見つめる。
自分の顔を使った奇跡の動画が、別のタブで再生されている。
光の中の青年。
その横に、哲学的ゾンビについての文章。
青年は二つの画面を交互に見る。
青年「……じゃあ、俺以外の人間が、本当に意識を持ってるって、誰が証明できるんだ?」
部屋は静かだ。
青年は、自分の問いに答えない。
22 内景・ワンルーム・深夜
青年はスマートフォンを持ったまま、布団に横たわっている。
動画を再生する。
画面の中の青年は、海の上に立っている。
青年は小さくつぶやく。
青年「お前は、いいよな」
画面の中の青年は、何も答えない。
青年「何でもできて」
一時停止。
青年は画面を見つめる。
青年「……俺より、俺らしいじゃん」
しばらくして、動画を再生する。
画面の中の青年が両手を広げる。
雲が割れる。
光が差し込む。
青年はスマートフォンを顔の近くに持っていく。
画面の光が目に映る。
青年は目を閉じる。
そのまま、しばらく動かない。
やがて目を開ける。
画面の中の青年は、まだ両手を広げている。
青年はスマートフォンを胸の上に置く。
天井を見つめる。
青年「……あっちが本物だったらな」
言ったあと、自分で笑う。
青年「何言ってんだ、俺」
スマートフォンを手に取る。
動画をもう一度、最初から再生する。
23 内景・ワンルーム・翌朝
青年は机に座っている。
カメラを起動する。
画面に自分の顔が映る。
青年「おはようございます」
少し間が空く。
青年「今日は、ひとつだけ話したいことがあります」
青年は自分の目を見つめる。
青年「俺が神かどうか、って話じゃないです」
言葉を探す。
青年「……俺が、本当にここにいるのかって話です」
沈黙。
青年はカメラを見つめる。
青年「今、これを見てる人には、俺が見えてると思います」
少し笑う。
青年「でも、俺には、あなたが見えない」
沈黙。
青年「あなたが本当にいるのか、俺にはわからない」
青年は録画を止める。
画面を確認する。
自分の顔が映っている。
彼は再生する。
自分の声が聞こえる。
《あなたが本当にいるのか、俺にはわからない》
青年は再生を止める。
自分の顔を見つめる。
青年「……俺も、同じじゃないか」
画面を閉じる。
24 内景・ワンルーム・夜
青年は投稿した動画の反応を見ている。
コメント欄には、さまざまな意見が並んでいる。
《哲学的な話だね》
《この人、かなり追い詰められてない?》
《怖い》
《でも、言ってることは間違ってない》
青年はスクロールする。
ひとつのコメントで止まる。
《彼は、こちら側の世界に気づき始めている》
青年はその文章を読む。
もう一度読む。
青年「……こちら側?」
画面を見つめたまま、指が止まっている。
青年は返信欄を開く。
文字を入力する。
《どういう意味ですか?》
送信する。
数秒後。
返信が表示される。
《あなたなら、もうわかっているはずです》
青年は画面を見つめる。
そのコメントの投稿者名を確認する。
プロフィールを開く。
投稿はない。
登録情報もほとんどない。
青年はページを閉じる。
再び開く。
何も変わっていない。
青年はスマートフォンを置く。
椅子から立ち上がる。
部屋の中を歩く。
窓を開ける。
外を見る。
向かいの建物。電線。曇った空。
いつもの景色。
青年は窓を閉める。
部屋の中を見回す。
机。椅子。ベッド。
自分の手を見る。
指を一本ずつ曲げる。
青年「……ここにいる」
自分に言い聞かせるように。
青年「俺は、ここにいる」
しばらくして、スマートフォンを手に取る。
画面を点灯させる。
自分の顔を使った奇跡の動画が、再生されている。
青年は停止しない。
画面の中の自分が、こちらを見ている。
青年もまた、画面を見つめている。
やがて青年は、ほとんど聞こえない声でつぶやく。
青年「……どっちが?」
第二幕・後半 終
『神の遺伝子』
第三幕「神」
(想定尺:約15分)
25 内景・ワンルーム・朝
青年は机に座っている。
パソコンの画面には、昨夜の自分の動画。
《あなたが本当にいるのか、俺にはわからない》
再生数は増えている。
コメント欄には、さまざまな意見が並ぶ。
《考えさせられた》
《この人、何かに気づいてしまったんじゃないか》
《彼はもう、こちら側の人間じゃない》
青年は最後のコメントを読む。
画面を閉じる。
しばらく何もせず、椅子に座っている。
やがて青年は、スマートフォンを手に取る。
自分の顔を使った奇跡の動画を開く。
画面の中の青年は、海の上に立っている。
青年は、その顔をじっと見つめる。
青年「……お前は、どこにいるんだ?」
返事はない。
動画の中の青年は微笑んでいる。
青年は画面を閉じる。
26 内景・ワンルーム・昼
青年は、机の上にスマートフォンを置いている。
カメラを起動する。
自分の顔が映る。
青年「俺は、普通の人間です」
一拍。
青年「少なくとも、昨日まではそう思っていました」
自分の言葉に戸惑う。
青年「……いや、違うな」
録画を止める。
削除する。
もう一度、録画を始める。
青年「俺は神じゃありません」
言い終えて、画面を見る。
何かが気に入らない。
青年「……違う」
録画を止める。
削除する。
しばらく考える。
そして、また録画を始める。
青年「俺が神じゃないって、誰が決めたんですか?」
青年は自分の顔を見つめる。
青年「俺ですか?」
沈黙。
青年「あなたですか?」
画面の中の自分が、こちらを見つめている。
青年は録画を止めない。
長い沈黙。
やがて、青年は録画を終了する。
動画を投稿する。
タイトルはつけない。
27 内景・ワンルーム・夕方
青年はベッドに座っている。
スマートフォンを見ている。
投稿した動画の再生数が増えている。
コメントが流れる。
《彼はついに認めた》
《この動画を見た瞬間、涙が出た》
《本物だ》
青年は画面をスクロールする。
《彼は神だ》
青年はその文字を見つめる。
もう一度、読む。
《彼は神だ》
青年はスマートフォンを下ろす。
部屋を見回す。
散らかった床。
空のペットボトル。
脱ぎ捨てられた服。
青年はゆっくり立ち上がる。
洗面所へ行く。
鏡の前に立つ。
自分の顔を見つめる。
青年「……俺は」
言葉が続かない。
しばらくして、青年は鏡に向かって微笑む。
その笑顔は、画面の中の青年に似ている。
28 内景・ワンルーム・夜
部屋は暗い。
青年は床に座り、スマートフォンを見ている。
画面には、奇跡の映像が次々と流れている。
海を割る青年。
空から光を降らせる青年。
病人に手をかざす青年。
世界中の人々が、彼の前でひざまずいている。
青年はそれらを無言で見つめている。
やがて動画が終わる。
次の動画が自動再生される。
そこには、何もない部屋が映っている。
見慣れた机。
見慣れた椅子。
見慣れたカーテン。
青年は顔を上げる。
自分の部屋と同じ構図だ。
画面の中の部屋には、誰もいない。
カメラは動かない。
長い沈黙。
青年はスマートフォンを持ち上げ、画面を拡大する。
机の上に、スマートフォンが置かれている。
その画面が、こちらを向いている。
青年は息を止める。
自分の部屋の机を見る。
そこにも、スマートフォンがある。
青年は画面と机を交互に見る。
動画の中のスマートフォン。
現実のスマートフォン。
青年は、ゆっくりと自分のスマートフォンを裏返す。
画面が消える。
黒いガラスに、青年の顔が映る。
青年はその顔を見つめる。
29 内景・ワンルーム・深夜
青年は、パソコンの前に座っている。
画面には、検索欄。
青年はゆっくり文字を入力する。
《俺は神なのか》
検索結果が表示される。
占い。宗教。心理学。哲学。
青年はどれも開かない。
検索欄を消す。
新たに入力する。
《現実とは何か》
検索結果が表示される。
青年は画面を見つめる。
その中のひとつを開く。
文章が並んでいる。
青年は少し読む。
スクロールする。
そして、ページを閉じる。
青年「……違う」
椅子にもたれる。
青年「そういうことじゃない」
部屋の中を見回す。
青年「ここにあるものは、全部見える」
机。椅子。壁。窓。
青年「触れることもできる」
自分の手を握る。
青年「痛みもある」
自分の腕をつねる。
顔をしかめる。
青年「……でも」
言葉が途切れる。
スマートフォンを手に取る。
画面には、光の中の自分。
青年「こっちだって、見える」
動画の中の青年は微笑んでいる。
青年「こっちだって、本物みたいだ」
沈黙。
青年「……何が違うんだ?」
答えはない。
30 内景・ワンルーム・朝
青年は、ほとんど眠っていない。
机の上には、スマートフォンとパソコン。
画面には、自分の顔を使った動画が並んでいる。
青年はひとつを再生する。
画面の中の青年が、カメラを見つめる。
青年は画面に近づく。
青年「お前は、俺なのか?」
動画の中の青年は微笑んでいる。
青年「それとも、俺がお前なのか?」
沈黙。
青年は突然、笑い出す。
最初は小さな笑い。
やがて、声が大きくなる。
青年「……そうか」
笑いながら、うなずく。
青年「そういうことか」
彼はスマートフォンを両手で持ち、画面を見つめる。
青年「俺は、ここにいる」
一拍。
青年「いや」
笑みが消える。
青年「俺は、こっちにいる」
画面の中の青年を指さす。
青年「ここが現実なんだ」
31 内景・精神科病院・保護室・不明
白い壁。
床。
固定された監視カメラの映像。
青年が床に座っている。
病院に来るまでの経緯は描かれない。
青年は壁を見つめている。
しばらく、何も起きない。
青年「……聞こえてるか?」
返事はない。
青年は監視カメラを見上げる。
青年「俺はわかったんだ」
沈黙。
青年「お前らは、俺が狂ったと思ってる」
青年は笑う。
青年「違う」
立ち上がる。
青年「俺は、やっとわかったんだ」
カメラを見つめる。
青年「ここは偽物だ」
壁に向かって歩く。
青年「この部屋も」
床を指さす。
青年「この身体も」
胸に手を当てる。
青年「この痛みも」
一拍。
青年「全部、俺に見せるために作られたんだ」
青年は監視カメラを見上げる。
青年「お前らは、俺を試してるんだろ?」
笑う。
青年「……もういいよ」
ゆっくりと首を振る。
青年「わかったから」
32 内景・精神科病院・保護室・続き
青年は部屋の中央に立っている。
監視カメラを見上げる。
青年「俺は神だ」
小さな声。
青年「俺は神だ」
もう一度。
青年「俺は神だ!」
声が壁に反響する。
青年「お前らは哲学的ゾンビだ!」
青年は壁に向かって叫ぶ。
青年「人間のふりをしてるだけだ!」
監視カメラを指さす。
青年「意識なんかない!」
青年は笑いながら、カメラを見つめる。
青年「俺だけが、本物なんだ!」
突然、静かになる。
青年は息を整える。
壁際に座る。
顔を両手で覆う。
長い沈黙。
やがて、顔を上げる。
監視カメラを見つめる。
そして、微笑む。
33 内景・どこかの部屋・夜
スマートフォンの画面。
動画サイト。
再生中の映像は、保護室の監視カメラ映像。
青年が絶叫している。
《俺は神だ!》
映像は荒く、音声にはノイズが混じっている。
動画のタイトル。
《自分を神だと信じた男》
映像の下には、再生回数。
コメント。
共有ボタン。
画面を持つ手が、ゆっくりスクロールする。
コメント欄。
《怖すぎる》
《笑えない》
《この人、本当に大丈夫なのか》
さらにスクロール。
《でも、最後の顔を見た?》
スクロール。
《何かに気づいてる》
さらにスクロール。
再生回数が表示される。
数字が増えている。
画面を持つ手が止まる。
収益化の管理画面が開く。
推定収益。
その数字を見つめる青年の顔。
口元が、ゆっくりと緩む。
ニヤリ。
暗転。
THE END




