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「妹のほうが可愛い」と言われたので、妹と結婚させといた

作者: 古沢樹
掲載日:2026/07/04

「やっぱり、ミシェルのほうが可愛いよなぁ」


 婚約者であるジュリアン様は、

 私が淹れたお茶を飲みながら、

 悪びれもせずにそう言った。


 場所は我が家の地味な応接室。

 夜会でもなければ、

 お城の晩餐会でもない。


 ただの、週末の定期面会である。


 彼の視線の先には、

 庭でちょうちょを追いかけている

 私の妹、ミシェルがいた。


「そうだね。ミシェルは可愛いよ」


 私は手元に広げた

 実家の領地報告書に目を落としたまま、同意する。


「だろ? エレノアはなんていうか、いつも数字ばかり見ていて可愛げがないんだよなぁ」


「よく言われるわ」


「ミシェルはいいなぁ。いつも俺の後ろを三歩下がって、袖をきゅっと掴んでついてくるんだ。……あーあ、俺の婚約者がミシェルだったら良かったのに」


 そこまで言って、ジュリアン様は

 ハッと口を塞いだ。


 一応、失言だという自覚は

 あったらしい。

 おそるおそる私を見てくる。


 私はペンを置き、

 にっこりと微笑みかけた。


「じゃあ、結婚する?」


「……え?」


「ミシェルと、結婚しちゃえば?」


「な、何を言っているんだエレノア! 俺と君は親同士が決めた婚約者で――」


「書類なら、今ここで私が書くわよ」


私は引き出しの中から、

あらかじめ用意しておいた

『婚約者変更申請書(兼・持参金スライド同意書)』

をスッと差し出した。


「え、なにこれ」


「ジュリアン様。私は可愛げがなくて、ミシェルは可愛い。そしてあなたたちは両想い。……誰も不幸にならない、完璧な解決策よ」


「いや、でも、世間体が……」


「大丈夫。ジュリアン様が『ミシェルへの愛を抑えきれずに略奪した』ってことにすれば、あなたの男っぷりも上がるわ」


「お、俺の男っぷりが……?」


 ジュリアン様は、

 あからさまに鼻の下を伸ばした。

 チョロすぎる。



「お姉様ぁ! 本当にいいのですか!?」


 翌日。

 事の顛末を聞いたミシェルが、

 私の部屋に飛び込んできた。


 目が完全に「欲しかったおもちゃを貰える子供」のそれである。


「ええ、いいわよミシェル。ジュリアン様、とってもあなたのことを褒めていたわ」


「まぁ! ジュリアン様ったら! でも、お姉様の婚約者を奪うなんて、私、悪い女だわ……!」


 ミシェルは両手を頬に当てて、

 くねくねと身をよじる。


 悪い女だと思っている人間の顔ではない。

 嬉しさが隠しきれていない。


「気にしなくていいのよ。私、ジュリアン様の好みに合わせるの、ちょっと疲れてたから」


「え? ジュリアン様って、とっても優しくて素敵で、王子様みたいじゃありません?」


「そうね。毎日『僕の好みのドレスを着て』って言われるから自分でドレスは選べないし、デートの遅刻は当たり前で、外食の会計のときはなぜか財布を忘れる、とっても素敵な王子様よ」


「……えっ?」


 ミシェルがピキリと固まる。


「あと、彼の家、ちょっと借金があって。私の持参金で補填する予定だったの。でも大丈夫! 今回の婚約者変更で、私の持参金はそのままミシェルにスライドされるから!」


「しゃ、借金……? 私の持参金で、返すんですか……?」


「そうよ! 愛するジュリアン様のためだもの、安いものよね?」


 私が満面の笑みで肩を叩くと、

 ミシェルは引きつった笑顔で


「え、ええ……愛の力で、がんばるわ……」


 と呟いた。


 もう後戻りはできない。

 だって、サインしちゃったんだもの。



 それから3ヶ月後。


 ジュリアン様とミシェルの結婚式は、

 滞りなく行われた。


 私は「妹に婚約者を譲った、気立ての良い姉」として、

 親戚一同から大絶賛された。

 おまけに、自由の身だ。


 ある日、街のカフェで

 のんびりとハーブティーを飲んでいると、

 げっそりとやつれたジュリアン様が

 向かいの席に飛び込んできた。


「エレノア!! 助けてくれ!」


「あら、ジュリアン様。……あ、今は義理の弟ね」


「笑い事じゃないんだ! ミシェルのやつ、全然僕の言うことを聞いてくれないんだよ!」


 ジュリアン様は頭を抱えた。


「デートに遅刻したら『女の子を待たせるなんて最低!』って激怒されて、僕の好みのドレスを着てくれって頼んだら『センスが古い』って一蹴されたんだ!」


「まぁ、ミシェルは自己主張が激しいタイプだものね」


「それに! 会計の時に『財布を忘れた』って言ったら、『男のくせに情けない!』って言われて、僕の私物を質に入れたんだぞ!?」


「あはは、ミシェルらしいわ」


「笑うな! 君はあんなに優しく、僕の遅刻を許して、お会計もスマートに払ってくれたのに!」


 ジュリアン様は涙目で私の手を握ろうとしてきた。

 私はそれを、スッとフォークで遮る。


「ジュリアン様。私は数字を見るのが得意な、可愛げのない女ですよ?」


「いや! 今思えば、あの冷静沈着さこそが至高の癒やしだったんだ! 頼む、エレノア、僕の元に戻って――」


「おーい、ジュリアン?」


 背後から、ものすごく低い声がした。


 振り返ると、そこには

 両手に大量の買い物袋を下げた

 ミシェルが立っていた。


 般若のような顔をしている。


「み、ミシェル……!?」


「何浮気しようとしてるのよ、この甲斐性なし! さっさと荷物持って、次の店に行くわよ! まだ私の靴を買ってないんだから!」


「ひ、ひえぇっ!」


 ジュリアン様はミシェルに首根っこを掴まれ、引きずられていった。


「お姉様ぁ、また実家に遊びに行きますねー!」


 去り際、ミシェルだけは元気に手を振ってくれた。


 ……うん。

 やっぱりあの二人、

 お似合いの夫婦だと思う。


 私は残ったハーブティーを飲み干し、

 新しく買い揃えた「領地経営の専門書」を開いた。


 誰にも邪魔されない、

 静かで可愛げのない時間が、

 そこには広がっていた。

ご覧くださりありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
姉妹共にハッピーエンドですね(≧∇≦) 楽しいお話をありがとうございます(*˘︶˘人)
つまりミシェルくらい心身共に強くないとクズの伴侶には相応しくなかったと。 丸く収まりましたね(╹▽╹)
>>「デートに遅刻したら『女の子を待たせるなんて最低!』って激怒されて、僕の好みのドレスを着てくれって頼んだら『センスが古い』って一蹴されたんだ!」 >>「それに! 会計の時に『財布を忘れた』って言っ…
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