「妹のほうが可愛い」と言われたので、妹と結婚させといた
「やっぱり、ミシェルのほうが可愛いよなぁ」
婚約者であるジュリアン様は、
私が淹れたお茶を飲みながら、
悪びれもせずにそう言った。
場所は我が家の地味な応接室。
夜会でもなければ、
お城の晩餐会でもない。
ただの、週末の定期面会である。
彼の視線の先には、
庭でちょうちょを追いかけている
私の妹、ミシェルがいた。
「そうだね。ミシェルは可愛いよ」
私は手元に広げた
実家の領地報告書に目を落としたまま、同意する。
「だろ? エレノアはなんていうか、いつも数字ばかり見ていて可愛げがないんだよなぁ」
「よく言われるわ」
「ミシェルはいいなぁ。いつも俺の後ろを三歩下がって、袖をきゅっと掴んでついてくるんだ。……あーあ、俺の婚約者がミシェルだったら良かったのに」
そこまで言って、ジュリアン様は
ハッと口を塞いだ。
一応、失言だという自覚は
あったらしい。
おそるおそる私を見てくる。
私はペンを置き、
にっこりと微笑みかけた。
「じゃあ、結婚する?」
「……え?」
「ミシェルと、結婚しちゃえば?」
「な、何を言っているんだエレノア! 俺と君は親同士が決めた婚約者で――」
「書類なら、今ここで私が書くわよ」
私は引き出しの中から、
あらかじめ用意しておいた
『婚約者変更申請書(兼・持参金スライド同意書)』
をスッと差し出した。
「え、なにこれ」
「ジュリアン様。私は可愛げがなくて、ミシェルは可愛い。そしてあなたたちは両想い。……誰も不幸にならない、完璧な解決策よ」
「いや、でも、世間体が……」
「大丈夫。ジュリアン様が『ミシェルへの愛を抑えきれずに略奪した』ってことにすれば、あなたの男っぷりも上がるわ」
「お、俺の男っぷりが……?」
ジュリアン様は、
あからさまに鼻の下を伸ばした。
チョロすぎる。
◆
「お姉様ぁ! 本当にいいのですか!?」
翌日。
事の顛末を聞いたミシェルが、
私の部屋に飛び込んできた。
目が完全に「欲しかったおもちゃを貰える子供」のそれである。
「ええ、いいわよミシェル。ジュリアン様、とってもあなたのことを褒めていたわ」
「まぁ! ジュリアン様ったら! でも、お姉様の婚約者を奪うなんて、私、悪い女だわ……!」
ミシェルは両手を頬に当てて、
くねくねと身をよじる。
悪い女だと思っている人間の顔ではない。
嬉しさが隠しきれていない。
「気にしなくていいのよ。私、ジュリアン様の好みに合わせるの、ちょっと疲れてたから」
「え? ジュリアン様って、とっても優しくて素敵で、王子様みたいじゃありません?」
「そうね。毎日『僕の好みのドレスを着て』って言われるから自分でドレスは選べないし、デートの遅刻は当たり前で、外食の会計のときはなぜか財布を忘れる、とっても素敵な王子様よ」
「……えっ?」
ミシェルがピキリと固まる。
「あと、彼の家、ちょっと借金があって。私の持参金で補填する予定だったの。でも大丈夫! 今回の婚約者変更で、私の持参金はそのままミシェルにスライドされるから!」
「しゃ、借金……? 私の持参金で、返すんですか……?」
「そうよ! 愛するジュリアン様のためだもの、安いものよね?」
私が満面の笑みで肩を叩くと、
ミシェルは引きつった笑顔で
「え、ええ……愛の力で、がんばるわ……」
と呟いた。
もう後戻りはできない。
だって、サインしちゃったんだもの。
◆
それから3ヶ月後。
ジュリアン様とミシェルの結婚式は、
滞りなく行われた。
私は「妹に婚約者を譲った、気立ての良い姉」として、
親戚一同から大絶賛された。
おまけに、自由の身だ。
ある日、街のカフェで
のんびりとハーブティーを飲んでいると、
げっそりと窶れたジュリアン様が
向かいの席に飛び込んできた。
「エレノア!! 助けてくれ!」
「あら、ジュリアン様。……あ、今は義理の弟ね」
「笑い事じゃないんだ! ミシェルのやつ、全然僕の言うことを聞いてくれないんだよ!」
ジュリアン様は頭を抱えた。
「デートに遅刻したら『女の子を待たせるなんて最低!』って激怒されて、僕の好みのドレスを着てくれって頼んだら『センスが古い』って一蹴されたんだ!」
「まぁ、ミシェルは自己主張が激しいタイプだものね」
「それに! 会計の時に『財布を忘れた』って言ったら、『男のくせに情けない!』って言われて、僕の私物を質に入れたんだぞ!?」
「あはは、ミシェルらしいわ」
「笑うな! 君はあんなに優しく、僕の遅刻を許して、お会計もスマートに払ってくれたのに!」
ジュリアン様は涙目で私の手を握ろうとしてきた。
私はそれを、スッとフォークで遮る。
「ジュリアン様。私は数字を見るのが得意な、可愛げのない女ですよ?」
「いや! 今思えば、あの冷静沈着さこそが至高の癒やしだったんだ! 頼む、エレノア、僕の元に戻って――」
「おーい、ジュリアン?」
背後から、ものすごく低い声がした。
振り返ると、そこには
両手に大量の買い物袋を下げた
ミシェルが立っていた。
般若のような顔をしている。
「み、ミシェル……!?」
「何浮気しようとしてるのよ、この甲斐性なし! さっさと荷物持って、次の店に行くわよ! まだ私の靴を買ってないんだから!」
「ひ、ひえぇっ!」
ジュリアン様はミシェルに首根っこを掴まれ、引きずられていった。
「お姉様ぁ、また実家に遊びに行きますねー!」
去り際、ミシェルだけは元気に手を振ってくれた。
……うん。
やっぱりあの二人、
お似合いの夫婦だと思う。
私は残ったハーブティーを飲み干し、
新しく買い揃えた「領地経営の専門書」を開いた。
誰にも邪魔されない、
静かで可愛げのない時間が、
そこには広がっていた。
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