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第37話 「混じる異変」

 冬期祭の名残が、まだ街に漂っていた。

 片づけられずに残った飾り灯が、夕暮れの風にかすかに揺れている。


 通りの端には、昨日まで並んでいた屋台の跡。

 焼けた甘い匂いだけが、石畳にうっすらと染みついていた。


 ラナスの空気は澄み、冬らしくよく冷えている。

 けれど――その冷たさとは別に、言葉にしづらい違和感があった。


 人通りが、いつもより早く引けている。

 歩く人々の足音はどこか急ぎ足で、

 街灯の下に落ちる影が、わずかに落ち着きなく揺れていた。


(……なんだろう)


 ラネッサは、買い物袋を提げた手に少し力を込めた。


 空はきれいだった。

 薄い雲を透かして、光柱ネットの軌跡が糸のように延びている。


 その静けさが、かえって胸をざわつかせる。


(……空気が変だ)


 完全に言語化できるほどではない。

 だが、いくつもの戦場を越えてきた身体が、

 ごく小さな“ずれ”を確かに捉えていた。


 その瞬間。


 背中に、視線が触れた。


 街のざわめきから浮いた、異質な気配。


 ラネッサは歩調を乱さぬまま、横目で通りを流し見た。


(……六人)


 立ち止まらず、歩幅も変えない。

 だが、思考はすでに戦闘用へ切り替わっていた。


(……素人じゃない)


 気配の消し方が、情報部のそれだ。


 目的は不明。

 だが、少なくとも“善意”ではない。


 ラネッサは袋を持ち替えるふりを装い、

 さりげなく人通りの少ない路地へと足を向けた。


(釣れるなら……釣ってやる)


 背後の気配が、わずかに揺れる。

 男たちが距離を詰めてきていた。



 角を曲がった、その瞬間。


 男のひとりが、ほぼ無音で合図を出す。


 ――同時に、全員が動いた。


 だが。


(……遅い)


 空気が、わずかに歪む。


 白い光が、ラネッサの周囲に静かに立ち上がった。


 回転が噛み合う。


 ――神速〈アクセル・ギア〉


 次の瞬間、世界が線になった。


 ラネッサは視界の外を滑るように移動し、

 最初の男の死角へ入り込む。


 指先に仕込んだスタン・インパクターを、首筋へ。


「っ……!」


 電気衝撃。男が崩れる。


 返す動作で、次の背後へ。

 間を与えず、またひとり。


(三人……四人……)


 残る気配はひとつ。

 距離を取っていた、見張り役だ。


 ラネッサは地面を蹴り、後方へ大きく跳躍。

 空中で身を翻し、着地と同時に男の背後へ回り込む。


「さて――あなたは何者?」


 問いかけに、返答はなかった。


 代わりに、男は振り向き様に腰のナイフを抜く。


 次の瞬間、

 ラネッサはすでにインパクターを当てていた。


 男は声を上げることもなく、意識を失った。


 路地に倒れる影が、六つ。


 ラネッサは大きく息を吐く。


(……何だったんだ?)


 そのとき。


 腕のリングが震え、優先通信の表示が浮かび上がった。


 ――受信:カネス


 ラネッサは、わずかに眉を寄せて通話を開く。


「……どうした?」


 冬の空気の中で、

 次の“波”が、静かに近づいていた。

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