第36話 「冬期祭の夜」
冬期祭の夜、ゴーシュのホールは珍しく“貸し切り”になっていた。
外では冬風が街を白く揺らしている。
それに反して店内は、柔らかな灯りに包まれていた。
少し落とされた照明と、穏やかな音楽が、今夜を特別なものにしている。
ラネッサ、ミリア、カネス、ガルド、ロウガン。
ピオラは椅子の周りを気ままに漂い、
そしてジロー――久しぶりに顔を出した彼も、その輪の中にいた。
取りとめのない会話が続くだけの時間。
それなのに、理由もなく、
(……ああ、こういう時間が、ずっと続けばいいのに)
そんなことを思ってしまう夜だった。
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料理の皿がいくつか空になった頃、
ジローがコップを置き、少し間を取ってから口を開いた。
「……実はさ、ORB――星環統合学環に行きたいと思ってるんだ」
「ORB?」
「七大勢力〈セブンスリンク〉が協力して作る、新しい学術拠点だよ」
ジローは肩をすくめ、照れたように笑う。
「学校っぽい形はしてるけど、実際は……
世界の縮図みたいな場所らしい」
「縮図?」
「だってさ。七大勢力〈セブンスリンク〉って、普段はお互い距離あるだろ?
でもORBには、あっちこっちから人が集まるんだ」
指を折りながら続ける。
「五大財閥〈ファイブキャピタル〉の御曹司に、血統律家〈ブラックヘックス〉の後継ぎ候補。
それに……ユグラーナからHigh Sylthも来るって噂でさ」
声に、わずかな高揚が混じる。
「本当に、いまの世界構造をそのまま小さくしたみたいな場所だよ」
ナユカは、素直に感心した。
「ジロー、そんなところに行けるの?」
「一般枠もあるんだ。努力すれば……まあ、可能性はあるよ」
そう言って、ジローは少し照れくさそうに笑った。
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近くのテーブルから、ふと男たちの声が聞こえてきた。
「……だからさ、昨日のやつ。
チンピラ数人に絡まれたのに、一瞬で黙らせたぞ」
「見たことねえ顔だったけど……
あの動き、素人じゃないだろ。
なんでこんな街にいるんだ?」
ナユカはグラスを手にしたまま、無意識に耳を傾けていた。
(……何者なんだろう。
この街に……?)
胸の奥に、かすかな影が落ちる。
けれど振り返れば、すぐそばで笑い声が弾んでいた。
ラネッサが冗談を言い、
ミリアが少しはしゃぎ、
ピオラは意味ありげに光ったり、消えたりしている。
――その空気が心地よくて、
さっきの話は、いつの間にか意識の外へ遠のいていった。
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(……なんか、久しぶりだな。こういうの)
任務でも、緊張でもなく。
誰かを守らなければならない時間でもない。
ただ、みんなで食べて、笑って、話しているだけ。
それが、どうしようもなく大切に思えた。
――まさかこの夜が、
二度と訪れない時間になるとは。
このとき、誰も、まだ知らなかった。




