第35話 「アストラ情報部」
アストラ公域情報庁――
通称《A.I.B.(Astra Intelligence Bureau)》。
光柱ネットを流れる機密回線を眺めながら、
シル・アークライトは低く悪態をついた。
「……最悪だな」
最新の報告書には、簡潔な一文が表示されている。
《ブラン・アルヴィナ第11・12・24正教艦隊、北部宙域へ進軍開始》
「北部……ってことは、ラナス方面かよ」
シルは眉間を強く押さえた。
数ヶ月前のGRA――
銀河地域調整会議、通称ラナス会議。
その場で起きたアルヴィナ高官襲撃事件は、
公的には単なるテロとして処理されている。
だが。
「報復にしては遅すぎるし……
規模がバカみたいにデカいんだよ。常識的に考えて」
ブラン・アルヴィナは、激情で軍を動かす組織ではない。
まして今は、アストラとの国境問題を抱え、
南部宙域の緊張が続いている最中だ。
そんな時期に――
主力艦隊の八分の一を、別方面へ投じる?
どう考えても異常だった。
いや。
最悪のパターンが、ひとつだけある。
「……まさか、嗅ぎつけたのか?」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
ラナス会議を襲ったテロ組織――
《灰の環(Ash Ring)》。
世間では“思想的暴走”として片づけられているが、
シルは、その裏に走っていた微かな糸に気づいていた。
──あのテロの正体は、
アストラ内部の一部勢力が、既存の過激派を
ほんの少し後押しした事件だ。
・組織を作ったわけではない
・資金と装備を、わずかに流した
・動機を刺激し、標的とタイミングを調整した
・あとは、勝手に暴走するのを待つだけ
いわば――
「暴れ馬の手綱を、一瞬だけ引いた」程度の介入。
証拠は残らない。
失敗しても、“テロ組織自身の判断”として処理できる。
……そのはずだった。
「失敗した上に……
後始末だけ山ほど回ってくるとか……
笑えねぇな」
もしブラン・アルヴィナが、
その誘導の痕跡を嗅ぎつけたのだとしたら――
「……主力を八分の一。
証拠狩りに来る気なら……
やばい、なんてもんじゃねぇぞ」
吐き捨てるように呟きながら、
シルは別の報告書を開き、眉をひそめた。
「……いや。別の線もあるか」
ブラン・アルヴィナは宗教国家だ。
軍とは別に、独自の情報網を持っている。
アストラの関与とは無関係に、
まったく別の理由を掴んで動いている可能性もある。
(……トップが代替わりしたばかり、だったな。
内部事情か……それとも、別件か……)
シルは深く椅子に沈み込んだ。
「明日から三連休だってのに……
ほんと、勘弁してくれよ……」
その瞬間、光柱画面に新たな警告が走る。
――《艦隊、ラナス外縁宙域へ接近中》
シル・アークライトはこめかみを押さえ、
重く息を吐いた。
「……全く。最悪だな」
その呟きだけが、
硬く張りつめた静寂の中へ、静かに溶けて消えた。




