第29話 「重さ」
ラネッサの告白から三日が経っても、
ナユカの胸の奥は、ずっと落ち着かなかった。
(……クレナ・シグ。結神。
僕が……そんな……?)
怖い。
その感情は、確かにある。
けれど、それと同時に――
胸の奥に、かすかな火が灯っているのも否定できなかった。
選ばれたような感覚。
遠い場所へと繋がる扉の前に立っているような、高揚。
抑えようとしても、足取りは自然と少し速くなる。
「――ナユカ」
呼ばれて振り向くと、カネスが立っていた。
「ご機嫌じゃねえか」
「……ご機嫌ってほどじゃないよ」
そう言いながらも、ナユカは視線を逸らす。
「でも……正直に言うと、ちょっとだけ……
ワクワクもしてる」
言葉にした瞬間、胸がざわついた。
「僕だけの力があるって思うと……」
カネスの目が、ほんのわずかに細くなる。
「……そうか」
短く息を吐き、踵を返した。
「よし。じゃあ来い。
結ってやつを、教えてやる」
人通りの少ない裏路地へ入ると、
カネスは無造作にナイフを一本取り出した。
光を反射する刃を、柄ごとナユカへ差し出す。
「これで、俺を刺せ」
「……え?」
思考が止まる。
「大丈夫だ。
マンダロットが見えてるんだろ?」
喉が鳴った。
「……うん」
(怖い……でも……)
カネスは、冗談を言っている顔じゃない。
なにかを、見せようとしている。
ナユカは、ゆっくりと腕を伸ばした。
そして――
突き出した。
──肉を割る、はっきりとした感触。
「っ……!」
次の瞬間、
カネスの腕から赤い血が滴り落ちた。
現実の色だった。
ほんの一瞬、時間が止まる。
ナユカは滴る血を見つめたまま、
次の瞬間、声だけが遅れて出てきた。
「……なんで……
治さないの……?」
声が震える。
カネスは歯を食いしばりながら、笑った。
「何言ってんだ。治せねぇよ。
結〈ノット〉は、そんな万能じゃねえ」
笑っているのに、声は厳しかった。
ナイフの“重さ”が、急に現実になる。
手が震え始める。
(……僕……人を……)
膝が、抜けそうになる。
「怖いか?」
ナユカは、答えられなかった。
カネスは血を押さえながら、静かに言う。
「ナユカ。
力ってのはな、“人を傷つける”ってことと、
いつも隣り合わせだ」
「選ばれた。すげぇ力。
そう思うのは普通だ。悪いことじゃねぇ」
一拍。
「……だがな」
真っ直ぐ、ナユカを見る。
「痛いだろ。
人を傷つけるってのは」
「力を持つってのは、
こういう“重さ”を背負うってことなんだ」
ナユカは、震える息を吐いた。
カネスの声は、優しかった。
だが、逃げ場はなかった。
「忘れんな。
お前は優しい」
「だからこそ――
この重さを、ちゃんと知っとけ」
それは怒りでも、説教でもない。
少年が、力に飲まれないために必要な――
大人の選択だった。




