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第28話 「神契者(コントラクター)」

「……結神?」


 ナユカの声は、自分でも驚くほどかすれていた。


 脳裏に、アシナの姿がよみがえる。

 赤い光。角。鱗。

 生き物の形をした“神”。


 ただ存在するだけで、呼吸が詰まるような圧。


 ラネッサは静かに頷き、小さく息を吐いた。


「そう。白の結統〈ホワイト=ライン〉の頂点――

 “クレナ・シグ”」


「それが、お前の中に眠っている」


 理解が追いつかず、ナユカは瞬きを繰り返した。


「……でも……なんで……

 どうして、わかるの?」


 ラネッサはすぐには答えなかった。

 少し間を置いてから、言葉を選ぶ。


「もちろん、調べたからだ。

 でも、私たちにそれに気づいたのは、

 “長く一緒にいたから”だ」


「……一緒に?」


「結〈ノット〉の渦には“特徴”があるんだよ」


 ラネッサは指先を上げ、

 空中に小さな渦の幻影を描いた。


 淡い青の光。

 その奥で、わずかに別の色が混じって揺れている。


「色。匂い。揺らぎ。

 手触りだって、全部違う」


「特に、高位契者の渦にはね――

 その者が属する“結眷”の色が、はっきり混じる」


 ナユカは、目を離せずに見つめた。


 青の中に、淡い白。


「ナユカ。

 お前の渦の中にある“白い線”……」


 ラネッサの声が、わずかに低くなる。


「それは、私たちとは比べ物にならない。

 力としては、まだ赤子同然だけど……」


 一拍。


「それでも、私より濃い《線》が混じっている」


 息が、止まりそうになる。


(……僕が……そんなものを……?)


 ミリアが腕を組んだまま、柔らかく言った。


「それは“契約”を意味するの。

 本契約じゃなくてもね」


「結神の力に触れた者にしか、

 あれは宿らない」


 ナユカは、喉を鳴らした。


「契約……?

 いつ……僕……」


 記憶は、ない。


 ラネッサは何か言いかけて、

 その言葉を飲み込んだ。


 そして、表情を引き締める。


「ナユカ」


 声の質が変わる。


「ここからは“お願い”じゃない。

 “約束”してほしい」


「……約束?」


 ラネッサは、真正面からナユカを見る。


「クレナ・シグを……起こさないでほしい」


「ずっと、という意味じゃない。

 “今は”、だ」


「……どうして?」


 ラネッサの拳が、きゅっと握られる。


「アシナが、結神を暴走させたのを覚えてるな?」


 忘れるわけがなかった。


 結神〈カグラ〉。

 あの圧。あの暴走。

 視界が焼け、空気が裂けた、あの瞬間。


 ラネッサは低く言う。


「アシナがやったことは……

 常識では“あり得ない”」


「若さも、未熟さも関係ない。

 あの状態で結神を起こせば――」


 言葉を切る。


「普通なら、結〈ノット〉に殺される」


 背中に、冷たい汗が流れる。


「異常なんだよ。

 アシナだけが、例外なんだ」


 ミリアも、静かに続けた。


「ナユカ……

 少なくとも、今のあなたがクレナ・シグを起こせば、

 きっとそうなるわ」


 沈黙。


 ラネッサは、そっとナユカの肩に手を置いた。


「お前は、まだ“耐えられる形”じゃない」


 声が、わずかに揺れる。


「……お願いだ」


 ナユカは、うつむいた。


 拳を、強く握る。


 胸の奥で、

 なにか赤い熱が、ゆらりと揺れた気がした。


 けれど、それが何なのか――

 まだ、わからなかった。

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