第25話 「マンダロット」
その日の朝、ナユカはラネッサの仕事を手伝うため、
ガイドの軽い依頼をひとつこなしていた。
(……そんなに深刻な話なのかな)
ラネッサとミリアの、どこか噛み合わない態度が頭をよぎる。
不安がないわけじゃない。
でも、それ以上に――
(光の板……あれ、一体なんだったんだろう)
興味のほうが、はっきりと勝っている自分に気づいていた。
――
ゴーシュの酒場・貸し切り
少し早めに酒場へ入ると、すでに席には
ラネッサ
ミリア
カネス
ガルド
ロウガン
が揃っていた。
空気は、わずかに重い。
けれど、誰の表情にも拒む色はない。
「遅いぞ、ナユカ」
振り返ると、ラネッサが腕を組んで立っていた。
「えっ、約束より十分早いよ!」
「早いのは当然だ。プロとしての最低限だ」
そこまで言ってから、ラネッサはふっと笑う。
「……冗談さ」
その一言で、張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。
ナユカも、ようやく肩の力を抜く。
「仕事はどうだった?」
「まあ……ぼちぼちってところかな」
「はっ、生意気だね」
軽い雑談が続く。
“いつもの距離感”が、ほんの少しだけ戻ってきたことを、
三人とも無意識に感じていた。
心の奥では、それぞれ緊張している。
だからこそ、あえていつも通りに振る舞っている。
――
やがて、ミリアがコップを置き、
静かにラネッサへ視線を送った。
ラネッサは小さく息を吸う。
「ナユカ。今から、お前が知りたいことを話す」
言葉を選ぶように、間を置く。
「ただし、言えないこともある。
……個人の事情ってやつだ。理解してくれ」
「うん。わかった」
ラネッサは頷き、右手を持ち上げた。
「その前に一つ、確認する。
――これは、見えるか?」
ラネッサは、ひとつ息を整え、
利き手の拳を軽く胸に当てた。
次に、人差し指と中指を揃え、
額に、ほんの一瞬だけ触れる。
その直後――
ふっと、空気が震えた。
ラネッサの前に、小さな光の粒が生まれる。
それは渦を描くように、彼女の身体の周囲を回り始めた。
続いて――
六角形の光のパネルが、複数、ふわりと展開される。
だがそれは、一定の形を保たない。
光が解け、回転の途中で球体に戻り、
またパネル状へと組み上がる。
外周を回るパネルの動きと、内側の球体の速度は異なるが、
ときおり“噛み合う瞬間”を作るように同調する。
光は、呼吸するみたいに強弱を繰り返していた。
「うん……見える」
ナユカは、目を離せずに言った。
「ねえ、これ……何なの?
光のパネルみたいなやつ」
ラネッサは目を閉じ、数秒だけ黙った。
――ここから先は、戻れない。
心の中で、そう線を引く。
次の瞬間、光のパネルはすっと消えた。
「……わかった」
静かな声。
「じゃあ、話そうか」
その響きには、はっきりと重さがあった。
「ナユカ。
結〈ノット〉は知っているよな」
「うん……」
「この宇宙と、“別の宇宙”が干渉したときに発生するエネルギー。
それを扱う技術体系の総称が――結〈ノット〉だ」
「二つを“結ぶ”から、そう呼ばれている」
「それは……聞いたことある」
ラネッサは、言葉を急がない。
「そして――今お前が見たのが、
結〈ノット〉を最大限に活かすための“インターフェイス”だ」
一拍。
「《マンダロット》」
その名が落ちた瞬間、
酒場の空気が、わずかに張り詰めた。




