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第23話 「それでも、前に進む」

「遅いぞ、ナユカ」


 振り返ると、ラネッサが腕を組んで立っていた。

 いつもより、ほんの少しだけ声が硬い。


「えっ、まだ約束の時間より十分も早いよ!」


「早いのは当たり前だ。プロとしての最低限」


 そう言いながらも、口元はわずかに緩んでいる。


 ——気まずさを隠そうとしている。

 ナユカには、それがはっきり分かった。


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「ほんと、あんたたち……」


 ミリアが輪に加わり、肩をすくめて言った。


「まだまだ下っ端なんだから、私たちより遅いなんてあり得ないでしょ」


 いつも通りの軽口。


 ぎこちなさは、まだ残っている。

 けれど——

 あの日のような、「奥歯に物が詰まった空気」ではなかった。


 三人とも、心のどこかでほっとしていた。


――


 今日の依頼は、森に出没する大型原生生物——

 熊に似た“クラウ・ビースト”の追い払い。


 五人の小隊で森へ入る。


 湿った風。

 揺れる枝。

 ときおり聞こえる鳥の声。


 自然は、人間の都合を考えてくれない。

 原生生物も、当然のように警戒心が強い。


(……静かすぎるな)


 そう思った、そのときだった。


 ピオラが、ふわりと動いた。


 ナユカの視界に、“何か”が引っかかる。


 ——木々の影。

 ——仲間の、背後。


(……あれ?)


 背景に溶け込んでいたそれを、

 ナユカはほとんど反射で認識していた。


「危ないッ!」


 声より先に、体が動く。


 仲間の背中を思いきり突き飛ばした。


 直後、太い前脚が横なぎに振り抜かれ、

 ナユカの膝をかすめた。


「ナユカ!」


 ラネッサが即座に動く。


 迷いのない一撃で原生生物を牽制し、

 低い声で小隊へ指示を飛ばした。


 数秒後、クラウ・ビーストは森の奥へと駆け去っていく。


 静寂が戻った。


――


「……大丈夫か」


 ラネッサが駆け寄る。


「う、うん。ちょっと擦りむいただけ……」


 膝から血がにじみ、足首も軽く捻っていた。


 ラネッサは手際よく処置をし、包帯を巻く。


「お前は、いつも無茶をするな」


 叱る口調。

 けれど、手つきだけは不思議と優しい。


「助けたいと思うのは悪くない。

 でも、向こう見ずは違う」


 一度、ナユカの目を見る。


「——ちゃんと見極めろ。分かったな?」


「……うん」


 夕暮れの光が森を染めていた。

 赤と金が混ざる色が、二人の影を長く伸ばす。


――


 しばらく歩いたあと、

 ナユカがぽつりと口を開いた。


「ねぇ……」


「なんだ?」


「本当に……聞いちゃダメなの?」


 沈黙が落ちる。


 風が枝を揺らし、

 遠くで鳥が鳴いた。


「……明日、話すよ」


 ラネッサは前を向いたまま、そう言った。


 その横顔は、いつもの強さとは少し違っていた。

 何かを決めた人の顔だった。


 ナユカは小さく頷き、

 夕暮れの森の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

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