第8話 「静かな森と、ひと休みの道具」
しばらく歩くと、開けた荒地はいつの間にか深い緑へ変わっていた。
木々の背は高く、枝はひねりを帯びて空を覆う。葉の裏には銀色の筋が走り、風が吹くたび、淡く光が反射する。
「ここ……森なんだね」
アシナは見上げながらつぶやいた。
「正確には“旧生育帯”。人工植林の名残だよ」
ジローが答え、端末に記録を打ち込む。
足元には、見たことのない花が散らばっている。
花弁は半透明で、指先で軽く触れると温度に反応して、じんわり色が変わった。
「きれい……」
アシナの声は小さかった。
だが、森は美しいだけではない。
ときおり、茂みの奥から低い唸り声のような音が響く。
「気をつけろよ。ここの生物は“人の気配に慣れてない”。不用意に近づくと襲われる」
ジローの言葉に、ナユカは思わず背筋を伸ばした。
ピオラは森の陰影を静かにスキャンし続けている。
レンズが小さく瞬くたび、周囲の情報が内部に蓄積されていくのがわかった。
……とはいえ。
歩き始めて二時間ほど。
さすがに疲労が足に溜まり、ナユカは肩で息をした。
「……ちょっと休まない?」
「賛成。足が棒だよ……」
アシナが肩を落とす。
「じゃあ、日陰に入ろう。昼にしよう」
ジローの提案で、三人は大きな倒木のそばに腰を下ろした。
⸻
ジローはリュックから、手のひらサイズの金属箱を取り出した。
角にある黄色い三角のマークが、ただの箱じゃないことを示している。
「それ、また新しいやつ?」
ナユカが覗き込む。
「“フィールド・ウォーマー”。遠征用の簡易調理器だよ。最新型」
ジローは蓋を開け、パネルに数回触れた。
すると――箱の中央に、ふわりと光の膜が浮かび上がる。
空気を震わせるような微細な音が流れ、膜の中心が淡く紅く染まり始めた。
「パック、そこに置いて」
ジローの指示で、ナユカは小さな真空パックを光膜の上に乗せた。
数秒後。
パックの中がみるみる温まり、香りが立ちのぼる。
焦げでも蒸気でもなく、きちんとした食事の匂い。
「わ……ほんとに料理になってる」
アシナの顔がぱっと明るくなる。
パックを開けると、香ばしい照り焼き風の肉、温野菜、穀物の混ぜご飯。
見た目は普通の食事なのに、どこか“機械で再現された精密さ”が漂っていた。
「加熱時間は全部自動。気温とか中身の量で勝手に調整するんだって」
「便利……」
アシナがスプーンを手にして感心する。
ピオラはその様子をじっと見て、光を一瞬だけ強くした。
まるで“味を想像している”みたいに。
「ピオラ、食べたい?」
ナユカが冗談めかす。
ピオラは、ほんのわずかに首を横へ傾けた。
そのしぐさが妙に人間らしくて、アシナがふっと笑った。
「……でも、なんだろ。こういう時間っていいね」
アシナが言う。
「うん。旅っぽい」
ナユカも頷く。
風が木々を揺らし、光が揺れる。
緊張の中にも、こうした静かな時間があることが、旅の特別さを際立たせていた。




