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第11話 「ラミオとピルル」

 雲を抜けた瞬間、視界に海上都市が広がった。


 群青の水面の上に敷かれた光の線。

 その線が何十層にも重なり、エリド・コンコード全体が淡く脈動している。


 まるで“巨大な心臓”が、海の上で息づいているようだった。


 アーグレイア自治宙域の連絡艇は、その光の網に沿うように、ゆっくりと高度を落とす。


 ラミオは窓際で肘をつき、

 白い防壁ドームと、その中心に伸びる巨大な会議棟を見下ろした。


(……今回もまた、派手なものを作る)


 わずかに肩の力が抜ける。

 彼はもともと、こういう“見せるための巨大建造物”に関心が薄いほうだ。


 だが今回は、文句を言える立場ではなかった。


 なぜなら――

 アーグレイアが“切ったカード”が、自分そのものだからだ。


 本来、GRAの調整会議にラミオが呼ばれることはない。

 外交局の専門家や事務方が来るのが筋だ。


 しかし今回は違った。


 アストラとの問題が再燃し、

 ORB(星環統合学環)の主導権争いも尾を引く中、

 アーグレイアは“宰相ミレイユの夫”という最大の象徴を送り込んできた。


 名目は「調整責任者」。

 実質は――最大級の政治的メッセージ。


(……ミレイユの顔を立てなきゃならん。面倒事ばかりだ)


 本音では、もっと静かな日常に戻りたい。

 だが、自分には力も立場もある。

 望まなくとも、状況がそれを許さない。


 連絡艇が軽く揺れ、着陸態勢に入った。


 海上ハブの連絡桟橋が近づき、

 港湾スタッフと警備隊が慌ただしく走り回っているのが、窓越しに見える。


 ラミオは立ち上がり、軽く伸びをした。


「ラミオ様、こちらへ」


 護衛兼秘書の女性が、先に降り口へ向かう。


 ラミオが続こうとした、その瞬間――

 背後から、やたら丁寧な声が落ちてきた。


「おや……これはこれは。

 アーグレイアの“宰相の杖”殿ではありませんか」


 足を止めたラミオの視界に入ったのは、

 やせ細った体躯に白い制服をまとった男だった。


 金縁のメガネ。

 無表情なのに笑っているように見える口元。

 動作の一つひとつが、わざとらしいほど優雅だ。


 ピルル・ヴォーチェ。


 ブラン・アルヴィナ圏

《ASB(オーレリウス盾局)》第三機動監察部・部次長。


 つまり、“各勢力の中でも特に厄介”と評される情報局の男。


 ラミオは、ほんの一瞬だけ眉を動かした。


(……ああ、こいつか)


 二年前の外交レセプション。

 ブラン側の要人が騒ぎを起こし、混乱が広がったとき、

 状況を強引に抑え込んだのが、この男だった。


 手際は良かった。

 だが――やり方が荒すぎた。


 当時、ラミオはそれを“見なかったこと”にしたが、

 良い印象は残っていない。


 ピルルは胸に手を当て、ひどく丁寧に頭を下げる。


「これはピルル殿でしたかな。お久しぶりです。

 お元気で? 教皇様も代替わりされて大変でしょう。

 ……ずいぶんと“綺麗好き”な方だとか」


 ラミオは、新教皇ヴァルステラ・ルーメンが

 過剰なまでに改革を急いでいることを、皮肉混じりに口にした。


 ピルルは一転、柔らかな笑みを浮かべる。


「いやいや、そちらほどではありませんよ。

 先日のアストラ情勢、相当にお忙しかったでしょう?

 アーグレイアのご苦労、噂に伺っております。

 結神契者様が極秘で現地に赴かれた――

 なかなか容易な話ではなかったとか」


 その一言で、ラミオの目がわずかに細くなった。


「……その話を、どこで?」


 アシナが現地へ飛び、火種を収めた件は完全な極秘扱いだ。

 アーグレイア内部でも、ごく一部しか知らない。


 だがピルルは肩をすくめ、平然と答える。


「耳がいいのですよ、こう見えて。

 風の向きには、つい敏感でして」


(……慇懃無礼。これ以上でも以下でもないな)


 ラミオは内心で舌打ちしたが、

 もちろん表情には出さない。


「ご心配には及びません。

 アーグレイアは問題ありませんよ、ピルル部次長」


「それはそれは。

 では今回のGRAでも、

 “アーグレイアの賢杖ワイズスタッフ”としてのご活躍を期待しています」


 くすぐるような言い回し。

 嫌味でもあり、試しでもあり、探りでもある。


 リコルが一歩前へ出かけたが、

 ラミオは軽く手を上げて制した。


「……会議でお会いしましょう」


 それだけを残し、ラミオは秘書の女性とともに歩き出す。


 背後で、ピルルが軽く会釈する。


「ええ、ぜひ。

 また“興味深い話”を聞かせてください」


 その声に、ラミオは振り返らなかった。


(……ブラン・アルヴィナの連中が、

 今回どれだけ首を突っ込んでくるか……)


 政治の場に立つ者としての直感が、

 ピルルの存在を“ただの雑音ではない”と告げている。


 ラミオは息を整え、港の通路を抜けていった。


 GRA開幕まで、五日。


 エリド・コンコードには、すでに風が吹き始めていた。

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