第10話 「エリド・コンコードへ」
翌朝。
ナユカたちの拠点である〈地区〉リンドマールのハブ・ステーションは、朝の人混みでざわついていた。
ナユカ、ミリア、ラネッサ――そしてサブリックから選抜された計十数名のメンバーが、移動ゲート前で待機している。
ミリアが小さく顎を上げて示した。
「……あれ。私たちの便よ」
光の輪で構成されたレールを滑るように近づいてくるのは、
海上渡航用シャトル〈シーゼロ・ライン〉。
“列車”ではなく、連なる光の輪をくぐり抜ける浮遊艇だ。
半透明の船体が光を受けて淡く脈動し、底面の反重力板が海面上の空気をなめらかに押し返している。
サブリックのチームが乗り込むと、振動もなく静かに加速した。
街並みが遠ざかり、建物がまばらになっていく。
やがて視界が一気にひらけ、海が現れた。
太陽光が水面に跳ね、白い粒子となって窓いっぱいに飛び込んでくる。
ナユカはしばらくその景色を見つめ、静かに息を吸った。
「……きれいだ」
声は小さいが、飾りのない素直な感想だった。
ミリアがわずかに笑う。
ラネッサは景色を見つめたまま、表情を変えない。
ただ、その横顔にはいつもよりわずかな緊張が滲んでいた。
――管制局〈サブリック〉のマスターが言っていた。
“最近、アストラとエイレネの活動家が接触したらしい”
本来なら交わらないはずの組み合わせ。
ただの噂かもしれない。
だが、疑われるだけの動きが実際にある――その程度の話だ。
ラネッサも、それを知っている。
シャトルは海上すれすれを走り、白い航跡を引いて進む。
――
約一時間後。
海上都市――エリド・コンコードが姿を現した。
水面に広がる巨大な光環の都市。
近づくほど建設フレームの密度は増し、空には建設ドローンが幾層にも飛び交っている。
道路の外縁にはまだ工事用の足場が残り、
会議の規模に対して準備の時間が足りていないことが、一目で分かった。
ミリアが短く息を吐く。
「工事、残ってるのね……五日後なのに」
施設整備、警備ラインの再試験、搬入、照明の調整。
都市全体が、“会議規模の拡大”という緊張に追われている。
――直前になって、急遽扱う議題が増えた。
そんな噂が頭をよぎる。
宿舎に到着し、チェックインを済ませたあと、
チームはロビーの一角に集まり、翌日の予定を確認した。
「明日、西口ゲートから会場まで。全部歩いて把握する」
ミリアが端末を閉じる。
「輸送ライン、人の流れ、警備の死角。局長クラスが入る前に掴んでおきたい」
「……了解」
ラネッサの声は、いつもより硬い。
ナユカはちらりと彼女を見る。
(……やっぱり、緊張してるのかな)
ナユカが小さく息をつくと、ミリアが淡々と付け加えた。
「気は抜けないわよ。こういう仕事は、“何も起きなかった”時に初めて意味が出るんだから」
ラネッサも小さく頷いた。
――
宿舎ロビーのガラス越しに見える海は、夕暮れの色に沈んでいた。
建設クレーンの影が長く伸び、
都市全体が静かな緊張を帯びている。
五日後、GRA(銀河地域調整会議)。
本当に何も起こらないなら、それでいい。
だが、願うだけでは許されない立場でもある。
ナユカは深く息を吸い、
そのまま静かに自室へ戻っていった。




