第6話 「ピオラとの雑談」
工房の扉を開けると、油と金属の匂いがふわりと押し寄せてきた。
奥ではジローが工具を置き、顔を上げる。
「おかえり、ナユカ」
「ただいま」
そう返してから、ナユカは棚の方へ目を向けた。
「ピオラも、ただいま」
呼びかけると、棚の横に浮いていたピオラが、
ぽん、と軽く跳ねるように近づいてきた。
ふわりと一周。
いつもより、どこか動きが柔らかい。
ナユカはその様子を目で追いながら、ジローに向き直る。
「なんかあった?」
「え、なにが?」
「ピオラ、ちょっと機嫌よさそうじゃない?」
「うーん……ナユカが帰ってきたから、じゃない?」
「だとしたら……かわいいな」
ピオラは軽く明滅して、また棚のほうへ戻っていった。
最近気づいたことだが、
どうやらピオラには“機嫌”があるらしい。
怒っている時は、呼んでもちらっと見るだけで寄ってこない。
機嫌がいい日は、今日みたいに近づいてくる。
この時代、自我を持つ機械は珍しくない。
それでも、ピオラのレトロな外見からは想像していなかったので、
そうした小さな変化が、毎回ちょっと嬉しかった。
⸻
「で、仕事はどうだったんだい?」
ジローが椅子を回しながら聞いてくる。
「うん……やっぱり難しいね。全然ついていけない時がある」
「高ランクの人たちと一緒なんだろ? そりゃ大変だよ」
「なんかね……手際がいいんだよ。全部」
ナユカは言いながら、手を前で組んだ。
「ロープを巻いてると思ったら、もう次の準備に入ってたりして。
段取りも連携も、ぜんぜん違う」
「へぇ……」
「……なんか、自信なくすよ」
「なくすくらいでいいんじゃない?」
ジローはあっさり言った。
「無茶するタイプだし」
「……ひどいな……」
ナユカは苦笑いした。
⸻
少し間を置いて、ジローが思い出したように言う。
「そういえばさ、来月ラナス会議に行くんだっけ?」
「うん。そうなんだ、緊張するよ」
「緊張する?」
「そりゃするよ。だって偉い人たち、いっぱい来るんでしょ」
ラナス会議は、
銀河北部宙域の各惑星が年に一度集まる大規模な協議だ。
治安、交易、移民、惑星間のトラブル――
この地域じゃ、事実上の生命線みたいなものでもある。
「しかも今回はさ。
重要案件があるらしくて、
七大勢力〈セブンスリンク〉からも、人が来るって話だ」
ナユカが付け足す。
「でもさ、アシナの方がずっと立場上じゃない?」
ジローは、少し意地悪そうに笑った。
「アシナは別枠だろ。それは」
ナユカは肩をすくめる。
「やり取りはしてるの?」
「ん? ああ……メッセージは」
「今は直接話せないからね。
星間の磁気嵐の影響で……だから、文字だけ」
「ふぅん……」
「でもさ、検閲されてるみたいで、めちゃくちゃ硬い文章なんだよ。
“アーグレイア王室においては健勝にて――”みたいな」
ジローが吹き出しそうになる。
「ナユカも送ってるの?」
「送ってるよ。こっちも同じくらい硬い文章で返してる」
「アシナ、たぶん笑ってるね」
その瞬間、
棚の上のピオラが小さく“ぴかっ”と光った。
まるで会話に、そっと混ざったみたいに。




