第2話 「初めの依頼」
森へ向かう道は、街のざわめきから少し外れるだけで、急に静かになった。
舗装は途切れ、赤土の道へと変わる。
木々の間から淡い光が差し込み、葉の影がゆっくりと揺れていた。
「今回の依頼は、こいつだ」
ラネッサが端末を軽く振る。
表示されたのは、体長二メートルほどの獣の写真だった。
毛並みは粗く、四肢は太い。
熊にも似ているが、眼光だけが妙に鋭い。
「“グロウム”だよ」
ミリアが横から言った。
「この時期になると、餌を求めて街の近くまで来ちゃうの。危険ってほどじゃないけど、子どもが巻き込まれる事故が出る前に、森の奥へ戻してあげる」
“倒す”のではなく、“戻す”。
それが、この惑星での基本らしい。
「レンジストじゃなくて、うちらに依頼が回ってきたのは……人手不足だから?」
ナユカが尋ねると、ラネッサは首を横に振った。
「それもあるけど、今回は“学び”の方が大事だと思ってね」
そう言いながら、荷袋をナユカの胸元に軽く押し付ける。
「ナユカ。あんたの仕事は荷物の管理。
私たちが何を求めるかを把握しておきなさい。
無駄に広げず、すぐ出せるように」
「うん、わかった」
そう答えると、ラネッサは森の奥を指した。
「まずは足跡を探す。森は変化が早いから、地面だけじゃなく周囲もよく見るんだよ。
木の皮、折れた枝、匂い……全部が手がかりになる」
ミリアが、軽い調子で付け足す。
「要はね、森の“空気”を読むの。
グロウムが近い時は、鳥の鳴き方だって変わるから」
ナユカは深く息を吸った。
森の匂いが、胸いっぱいに広がる。
――全然知らない。
だけど、学べることばかりだ。
歩きながら、ラネッサは続ける。
「グロウムはね、臆病な生き物なんだ。
人がいきなり近づくと暴れるけど、距離を置けば逃げる。
だから今日は追い返すだけでいい。……倒す必要はない」
ナユカは頷きながら、荷袋の口を少し開いて中身を確認した。
捕獲用のロープ、麻酔弾、音響装置、餌の香り袋。
ひとつひとつの名称が、まるで別の言語のように新しい。
そのとき、森の奥で枝が折れる音がした。
ラネッサが手を上げ、合図する。
「ナユカ。
“音響装置”の小さい方。すぐに出して」
ナユカは、荷袋をひっくり返すことなく中を探った。
位置を覚えていたおかげで、すぐに指先が触れる。
手渡すと、ラネッサはわずかに口角を上げた。
「うん、それでいい」
褒められた、という実感が胸に落ちる。
ほんの小さなことなのに、心の奥がじんと熱くなった。
木々の影が揺れ、森の奥へ向かう空気が変わる。
今日の仕事は、ここから始まる。




