第6話 「冒険の一歩目」
朝の光はまだ弱く、町はうっすらと白い霧に包まれていた。
人影もまばらな時間帯で、路地を歩くと靴底が小石を弾く音だけが静かに響く。
ナユカは工房へ向かいながら、軽く肩を回した。
昨夜は興奮してほとんど眠れなかったはずなのに、不思議と体は重くない。
今日は、遺跡へ向かう最初の日だ。
そう意識すると、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じた。
夜明け前の空には、群青と橙がまだらに混ざっている。
薄い雲の隙間から差し込む光が、ゆっくりと地平を縁取っていく。
ナユカは荷物を肩に掛け直し、深く息を吸った。
冷たい朝の空気が肺に入り、胸の奥がひりりとする。
「おはよう!」
声に振り向くと、アシナが小走りで近づいてきた。
白い息を吐きながら、肩に掛けたリュックを直している。
「ちゃんと準備したよ」
「ナノ・ロープでしょ。それからバイオ・バリアパッチ、迷彩クローク、インスタント・ボンドガンに、それから……」
アシナは準備したものを、リュックから出して見せる。
「もういいよ、大丈夫。
それより、思ったより早かったね」
「この前、約束したでしょ。昨日は楽しみで、あんまり眠れなかったの」
アシナは少し照れたように笑った。
そこへ、ジローが両手でピオラを抱えて現れる。
「おはよう」
「ピオラ、動かせそうなの?」
「それがね……ちょっと見て」
ジローがそう言って手を離すと、ピオラはふわりと宙に浮いた。
「え……」
「すごい……」
アシナは驚いたまま、浮かぶ円盤から目を離せない。
「でしょ。でも、それだけじゃない」
ジローはピオラの背後へ回り、背面にあるパネルを操作した。
青白い六角形の光が、宙に展開する。
「見てて」
そう言ってパネルに触れた瞬間、
ジローの姿がすっと消えた。
「……え!?」
二人が同時に息を呑む。
次の瞬間、何もなかった空間に、ジローの姿が戻る。
「光学迷彩だよ」
「……へぇ」
ナユカは思わず、感嘆の息を漏らした。
「こんなこと、できるんだ……」
「精度も高い。軍事用より上かもしれない」
「他にもあるの?」
アシナが身を乗り出す。
「うん。例の地図もね。表示サイズを変えられる」
「範囲も絞れるし、拡大縮小も自由だ」
ジローはパネルを切り替え、地図を操作して見せた。
「……」
「ピオラって、いったい何なのかしら」
答えは出ない。
けれど、この地図が指し示す先に、何かがある――
そんな予感だけは、確かにあった。
まだ薄明の光に包まれた町を背に、三人は歩き出す。
遠くに霞む山脈の影。
その向こうには、まだ誰も知らない何かが待っている気がした。
朝の光が、三人の影を長く伸ばしていく。
風は冷たい。
それでも胸の奥が落ち着かず、
じっとしていられない感じがしていた。




