第59話 「それぞれの最善」
報告を受け取った瞬間、
ミレイユの心臓がひとつ、冷たく沈んだ。
部屋は静かだった。
作戦室の中央に置かれた机の上、ただ一つ灯されたランプが資料を淡く照らしている。
書かれていたのは──
結神カグラの顕現
その“契者”がアシナであること
そして、制御不能な暴走
ミレイユは読み終えると、そっと画面を閉じた。
「……これは……」
思わず息が漏れた。
驚愕ではない。
**恐ろしいほどの“現実味”**が彼女を締めつけた。
(アシナ……。
あの子が──結〈ノット〉の頂点と繋がってしまうなんて……)
こめかみを押さえ、机に肘をつく。
胸の奥がきしむ。
だが、次に浮かんだのは情ではなく、
国家を背負う者としての冷徹な計算だった。
(……アシナを国家の中心に据えれば……)
心は痛んだ。
しかし判断は、迷いも揺らぎもなかった。
(アルセスも、リオネルも
……切らなければならない)
その瞬間、胸の奥で何かが小さくひび割れた。
ミレイユは長く息を吐き、顔を上げた。
ちょうどそのとき──訪問者を告げる音が鳴った。
「姉さん、少し時間いいかい?」
リオネルの声だった。
続いてアルセスの気配もする。
ミレイユは一瞬だけ息を呑んだ。
(……言わなければ)
そう思い、
ミレイユは静かに彼らを部屋に招いた。
⸻
「報告を読んだ。
姉さん、
……俺たちを切る気だろ?」
ミレイユの息が止まった。
驚きではなく、“見抜かれた”痛みだった。
「リオネルと相談した。
……それで構わない」
アルセスの、いつもの皮肉のない静かな声。
「アーグレイアのためになるなら、俺たちが道をどくのは当然だろ。
……そうだよな?」
アルセスも深く頷く。
「僕は王位にこだわってはいない。
荷が重いと思っていたくらいだ。
正直、少しほっとしている」
リオネルは寂しそうに笑う。
「でも……三人でアーグレイアの未来を語った夜、覚えてるだろ?
あの時は――最高だった」
「最高だったな」
その言葉に、ミレイユの胸が張り裂けそうになる。
堪えていたものが溢れた。
⸻
「……すまない」
深々と頭を下げる。
肩が震えていた。
「本当に……すまない。
三人で“アーグレイアを変えるんだ”って……
あの夜は、夢みたいだった」
声がかすれる。
「でも……あの子を迎えれば、
アーグレイアはもっと良くなる。
絶対に……もっと良くなる。
私が、して見せる」
「……いや。
私は、そうしたい……」
「……だから……すまない。
約束は、果たせない」
涙が音もなくこぼれ落ちた。
⸻
リオネルが目元を拭い、
アルセスは優しく微笑んだ。
「泣くなよ、ねえさん。
わかってる。全部わかってる」
「約束が違う形になるだけさ。
僕たちは僕たちの場所でアーグレイアを支える。
君は……君の選んだ最善を」
⸻
こうして、三人の約束は形を変えて終わった。
しかしそれは、
“裏切り”ではなく、
“受け継がれる意思”となる。
この夜、静かに流れた涙こそが、
アーグレイアを揺さぶる新しい時代の
最初の幕開けだった。




