第50話 「旅の終わり」
遺跡の外。
兵士たちは動かず、音もなく、ただ周囲を塞いでいた。
その沈黙だけで、足が地面に縫いつけられた。
光学迷彩を解除した結査部隊は、すでに完全に包囲を形成していた。
逃げ道は、ない。
それは三人とも理解していた。
「……どうして……?」
最初に口を開いたのはアシナだった。
自分が目をつけられる理由は、薄々分かる。その覚悟もしていた。
けれど──この武力行使の意味だけは、分からない。
結査隊員は答えない。
ヘルムの奥で、わずかに視線が動く。
だがその一秒すら“感情”ではなく、“任務遂行の判断”にしか見えなかった。
「対象、アシナ・アルヴェイン。接触に入る」
その声は氷のように冷たかった。
「アシナ……!」
「逃げる……? いや無理だ……!」
ナユカとジローは何とか頭を回そうとした。
が、現実の速さに気持ちが追いついていない。
この距離、この人数、この装備。
子どもがどうにかなる状況ではなかった。
結査部隊の一人が、すっと腕を上げた。
その手首──
手袋と袖の境目が微かに“開く”。
「──!」
次の瞬間、ほとんど無音のまま、透明なガスがアシナへ向かって噴射された。
催眠ガス。
即効性、高濃度、屋外制圧用。
避ける暇などない。
訓練された動作は一切の無駄がなく、“仕事”のそれだった。
だが──
アシナは倒れなかった。
ガスが触れた瞬間、アシナの身体を薄い膜のような光が包む。
(……結〈ノット〉?)
「……効かない、か」
淡々と、隊員が呟いた。
その声音には驚きも焦りもない。
“次の行動に移る”というだけの判断だった。
隊員は一歩踏み込み──
アシナの首元へ片手を伸ばす。
「アシナ!!」
ナユカの叫びが割れた。
だが、間に合わない。
結査隊員の指がアシナの頸動脈に触れた。
軽い、ほんの軽い圧。
だが正確無比な位置取り。
次の瞬間──
アシナの身体が、力を失って崩れ落ちた。
気絶。
外傷もなく、呼吸も安定したまま。
訓練された者にしかできない、短時間制圧。
「アシナ……っ!」
駆け寄ろうとしたナユカの前に、一人の隊員が静かに立つ。
手首がまた開いた。
透明な霧がふわり、と舞う。
「あ……」
ナユカは抵抗する間もなく崩れた。
「ナユカ!!」
ジローは声を上げたが──
別の隊員のガスが彼を包み、膝から落ちていく。
どちらも苦痛はなく、眠るように意識が途切れた。
最後に、ピオラ。
ピオラは逃げず、ただ“守るように”アシナへ寄ろうとした。
「非人型対象──抑制に入る」
隊員の手から走った細い電流が、ピオラの身体に触れた。
「……!」
光が一瞬だけ乱れ──
ピオラはその場に降下し、動きを失った。
破壊ではない。
短時間の機能停止。
⸻
「対象三名──および機体一体──制圧完了。
ターゲット確保」
隊員同士が無線で短く報告を交わす。
声に感情はなく、ただ“仕事が終わった”というだけの調子。
夜の静けさが戻る。
結査部隊は無駄な足音ひとつ立てず、その場を離れていった。
影のように溶け──森へ消える。
残されたのは、何もできなかった二人と、動かないピオラだけ。
旅は、完全に終わった。




