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第47話 「新たなる火種」

 ミレイユに“敗北”を宣告されてから、数日が過ぎていた。


 ヴォルニア将軍は、執務机に沈み込むように座っていた。

 背筋は伸びている。だが、そこにかつての張りはない。


 怒りも、焦りも、もう湧かなかった。

 数十年かけて築き上げてきた軍の影響力が、わずか数週間で削ぎ落とされた。

 それも、戦争でも反乱でもなく――静かな手続きによって。


(……見事だな)


 皮肉ではない。

 本心からの評価だった。


 軍を潰したのではない。

 「自分が軍にいる理由」だけを、きれいに消された。


 ヴォルニアは、机に置かれた自分の手を見つめる。

 この手で下した命令の数。

 この手で救ったもの、壊したもの。


 だが今や、その手は何一つ動かせない。


 そのとき。


 ノックもなく、扉が静かに開いた。


「ヴォルニア将軍、至急です!」


 副官の声には、明らかな緊張が滲んでいる。


「……今度は何を奪われた?」


 乾いた声だった。

 皮肉でも強がりでもない。ただの事実確認。


 だが返ってきた言葉は、想定の外だった。


「いえ……結査部隊からの、観測報告です」


 ヴォルニアの視線が、ゆっくりと上がる。


 結査部隊。

 軍所属の“観測”のための組織。

 誤報を出した記録は、ほぼ存在しない。


「……よこせ」


 副官が差し出した端末が、空中にホログラムを展開する。


《未登録の揺らぎ反応を確認。

 属性不明。

 結神契約の兆候に類似。

 ただし、契約者の記録は存在せず。》


 一行ずつ、将軍は噛みしめるように読んだ。


「……ありえん」


 声が、低く落ちた。


(契約者ではない。

 だが、結神級の反応……?)


 そんな例は、アーグレイアの歴史に存在しない。

 結〈ノット〉は契約の儀によって初めて形を得る。

 それが常識だった。


 だが――

 結査部隊が「確認した」と言っている。


 沈黙が落ちる。


 長い沈黙の末、ヴォルニアの表情が、ほんのわずかに変わった。


 それは、まだ希望とも呼べない。


 だが確かに、火が灯った。


「……運命、という言葉は嫌いだが」


 低く呟く。


「このタイミングで、これが出るというのなら……」


 ミレイユにすべてを奪われた、その直後。

 軍も、政治も、手足を縛られた状態で舞い込んだ“異常”。


 奇跡ではない。

 だが、偶然とも思えなかった。


「本人の意思など……問題ではない」


 声に、かつての将軍の色が戻る。


「扱い方はいくらでもある。

 結査は“観測”しかしていない。

 つまり――まだ、誰のものでもない」


 ヴォルニアは立ち上がった。


「結査部隊に伝えろ。

 行動を許可する。ただし――」


 一拍。


「絶対に、悟られるな。

 王弟殿下に、だ」


「はっ!」


 副官は即座に踵を返し、部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 再び訪れた静寂の中で、ヴォルニアは深く息を吐いた。


(ミレイユ……)


 名を、胸の内だけで呼ぶ。


(お前が描いた盤面に、

 まだ“想定外”は残っている)


 それはまだ、反撃ではない。


 だが確かに――

 ミレイユにとって、

 まだ見えない、致命的な一手であった。

 

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