第46話 「仕組まれていたもの」
ヴォルニア将軍は執務室で、表示された大量のデータを前に腕を組んでいた。
第三王子リオネルの辞退。
第一王子派・第三王子派の急速な弱体化。
そして、次期王最有力がアルセスへと“自然に”移ったこと。
理解が追いつかない。
(……何かがおかしい。だが、どこから崩れた?)
その時──扉がノックもなく静かに開いた。
「──誰だ。今は取り込み中だぞ」
部下が一歩進み、緊張気味に告げる。
「……第二王子殿下です」
「……は?」
将軍は反射的に立ち上がった。
なぜ今、このタイミングで。
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ミレイユ・エリステア・ロウ・アーグレイアは、音もなく部屋に入った。
金色の髪が光を受けて淡く揺れ、
切れ長の瞳は、驚くほど静かだった。
「突然押しかけてしまって申し訳ありません。
……直接お話した方が良いと思いまして」
穏やかな声だった。
だが、その雰囲気だけで、将軍の背筋は冷える。
「……殿下。一体何をお話に?」
「“わけがわからない”──そういう顔をしてらっしゃいます」
柔らかく微笑む。
しかし、微笑んでいるのに“逃がさない”気配があった。
「どうして第三王子が辞退したのか。
どうして第一王子派も第三王子派も同時に崩れたのか。
どうして治安悪化が“都合よく”収まったのか。」
「……!」
「そして──クルシオンが、なぜ国境まで軍を動かしたのか。」
将軍の喉が、ごくりと鳴った。
⸻
「まず、アーグレイアの病巣は何か。
私はずっと、ここが腐りかけていると感じていました」
ミレイユの声は静かで、淡々としていた。
「汚職、癒着、違法売買、既得権による停滞……。
“結〈ノット〉を持つ者”への甘え。
アーグレイアを良くするためには、それらを一掃しなければなりません」
将軍の眉が、わずかに動く。
「10年前。
リオネルが《第一位階》の結〈ノット〉と契約した。
本来ならアルセスが次期王……そこに“力の上下”が割り込む。
争いは避けられません」
ミレイユは軽く肩をすくめた。
「この混乱を利用して、私は“改革”を進めることにしました。
そのためには──仲間が必要でした」
将軍の呼吸が止まる。
「……まさか……」
「……私たち三人は、
互いに“潰し合う必要がない”と理解していました」
淡々と、まるで“当たり前の事実”のように。
「クルシオンの軍事行動はどうでした? 驚いたでしょう?」
ミレイユは楽しげに笑った。
「……では、あの動きも?」
「外交とは、必ずしも表に出るものだけではありませんよ」
将軍の顔から血の気が引く。
「あなた方軍部は国境にかかりきり。
その間に私は治安維持権を掌握し、
腐敗した勢力を一気に片付けた」
すべてが自然現象のように見えた出来事が、
一本の線でつながっていく。
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「……では、殿下は
自ら王位に就くおつもりだったのか?」
「いいえ。
王とは“立つもの”ではなく、“置かれるもの”です」
ミレイユは静かに言葉を続ける。
「王は穏健でなければ務まりません。
力の象徴であるリオネルは“最も強いが、最も王に向かない”。
判断力と統治能力では、アルセスが上です」
「……では、第三王子の辞退は……」
「……結果として、そうなりました。
それ以上でも、それ以下でもありません」
将軍は、ただ呆然と立ち尽くした。
ミレイユは最後に、少しだけ優しげな表情を見せた。
「処分については、最小限にしました。
無用な混乱は好みませんので。
ただ、監視はつけますから──変な気は起こさないでくださいね」
その柔らかさが、氷より冷たく感じられた。
「……殿下……あなたは……」
「将軍。あとは私たちに任せて、
あなたはもう何も望まず、静かに余生をお過ごしください」
そう言い残し、ミレイユは静かに部屋を出た。
扉が閉まった瞬間──
ヴォルニア将軍は、初めて理解した。
アーグレイアはすでに
“王弟の描いた設計図の上”にあったのだ、と。




