第45話 「空席の玉座」
その知らせは、会議が終わった直後だった。
ヴォルニア将軍が資料をまとめ、椅子から立ちあがろうととした、その瞬間。
副官がほとんど駆け込むように司令室へ入ってきた。
「──将軍閣下。急報です」
声が、わずかに裏返っている。
その調子だけで、内容がただ事ではないことは分かった。
「また治安関係か?」
将軍はそう言いながら振り返る。
「それとも補給線か。今度はどこだ」
「い、いえ……王宮からの、正式発表です」
副官は一度、唾を飲み込んでから告げた。
「第三王子リオネル殿下が、
王位継承権を――辞退されました」
言葉が、室内に落ちた。
誰も、すぐには反応できなかった。
「……今、何と言った?」
将軍の声は低く、静かだった。
怒号ではない。だが、その静けさが逆に空気を凍らせる。
「辞退、です」
副官は視線を逸らさず、続けた。
「王宮からの公式文書として確認済みです。理由は――
“政治的安定のため”」
政治的安定。
その言葉が、妙に空虚に響いた。
ほんの数週間前まで、
第三王子リオネルは「ほぼ確定」と言われていた存在だ。
軍部も、議会も、その前提で動いていた。
将軍の脳裏で、ここ最近の出来事が一気に繋がり始める。
(第三王子派は、この数週間で急激に力を失った)
(第一王子派も、同時に削られた)
(軍寄りの人間も、要所から外されていった)
そして――
(その上で、リオネル殿下自身が辞退する?)
「……では」
将軍は、ゆっくりと口を開いた。
「次期王は、誰になる」
問いには迷いがなかった。
答えがあると分かっている問いだった。
「……王宮の見解では」
副官は一瞬だけ言葉を選び、
「第一王子アルセス殿下が、最有力とのことです」
「アルセス……」
名を口にした瞬間、
将軍の胸に、はっきりとした違和感が広がった。
第一王子派は、弱体化していたはずだ。
支持基盤も、資金も、人脈も、確実に削られていた。
それなのに――
なぜ“今この瞬間”に、彼だけが浮上する?
「……理解できん」
それは副官に向けた言葉ではなかった。
机に、あるいは自分自身に向けた独り言だった。
「何が、どうなっている……」
⸻
同じ頃。
軍でも、議会でも、王宮でも。
王都のあらゆる場所で、人々は同じ言葉を口にしていた。
――どういうことだ?
第三王子派は削られ、
第一王子派も削られ、
混乱が収束し始めたと思った矢先に、
その中心にいた第三王子が自ら退く。
そして残ったのは、
本来なら不利だったはずの第一王子アルセス。
誰かが声高に決めたわけではない。
誰かがクーデターを起こしたわけでもない。
だが、気づけば――
玉座の前には、ただ一つの道だけが残されていた。
王宮は静かだった。
廊下は整い、会議は滞りなく進み、
表向き、何の混乱もない。
それは「すでに片付けられたあと」の静けさだった。
何かが終わり、
何かが始まっている。
だが、その境目がどこだったのかを、
正確に指し示せる者は、もういなかった。
ヴォルニア将軍は、
その時点ではまだ知らない。
この瞬間、
アーグレイアの玉座は――
すでに“空席ではなくなっている”ということを。




