第44話 「静かに崩れるもの」
クルシオン艦隊撤退から、一週間。
アーグレイア軍本部には、ようやく“日常”が戻り始めていた。
「境界ライン、変化なし」
「監視衛星すべて稼働。異常は確認されていません」
「……続けろ」
ヴォルニア将軍は短く答え、深い息を吐いた。
(あとは王位継承……リオネル殿下が即位すれば、大局は安定する)
そう思いながら、宙に表示されている画面のデータに目を通す。
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その日の報告には、見慣れぬ人事報告が混ざっていた。
――治安維持局・局長 更迭
――王都警備隊・副隊長 解任
――地方治安部隊 数名、職務停止
名前のいくつかは、第一王子派の官僚だった。
「……ずいぶん、一度に動いたな」
将軍は眉をひそめる。
汚職の噂があった者もいる。
だが、ここまで“色の違う派閥”が一斉に処分されることは珍しい。
(治安が乱れれば、こういうことも起きるか……)
無理に納得し、別の報告に目をやった。
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数日後。
「将軍、キレス議員からの面会申請ですが……」
「ああ、あの熱心な第一派の議員か。何の用だ」
「……申請は取り下げられました。議員本人が拘束されたとのことです」
「……いつの話だ?」
「先週の終わり。汚職容疑とのことですが、詳細は……」
将軍は言葉を失った。
第一王子派と第三王子派の古参議員が、揃っていなくなっていく。
偶然にしては、方向が揃いすぎている。
(……考えすぎか)
そうでなければ、説明がつかない。
自分でそう切り捨てるしかなかった。
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また別の日。
「将軍、辺境部隊の補給契約についてですが……」
「ランダ線の会社だろう。あそこは信頼できる」
「……その会社も調査対象になっております」
「……またか」
将軍は小さく息をのんだ。
軍に近い企業、第一王子派の物流網、第三派の議員──
“癖はあるが使える”人々が、理由も説明もなく抜け落ちていく。
だが、どの案件も“治安悪化に伴う調査”と書かれている。
法的には正しい。故意には見えない。
偶然にしては多すぎるが、筋を通していないわけではない。
「……後任を急げ。補給が滞るほうが危険だ」
「はっ」
命令は、淡々と飛ぶ。
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夜。
窓の外には王都の灯り。
街は静かで、表向きには治安は完全に戻っていた。
(……結局、クルシオンの動きは何だった?)
ヴォルニア将軍は歩きながら考える。
国境に注意を奪われていた数週間──
その間に、王都は“誰がいつのまにか掃除した”と言わんばかりの状態になった。
第一派も、第三派も、軍寄りの議員も。
どの派閥にも偏らず、まるで「線で切り抜いた」ように消えていく。
(……だが今は考えている時間はない)
王位継承が迫っている。
リオネル殿下が王となれば軍は安定し、これ以上の混乱はなくなる──はずだ。
ヴォルニア将軍は、そう信じたかった。
だがその足下では、すでに“別の陣営”が、
静かに、確実に、新しい地図を書き始めていた。




