第41話 「見えない浸食」
クルシオン艦隊の動きが報じられてから、アーグレイア軍本部の時間は狂ったように加速した。
監視網は常時稼働し、将軍直下の指揮系統は休む暇もない。
「A-9帯、再度確認しろ!」
「はい、偵察艇“エアル7”、すでに出ています!」
次々と報告が重なり、ヴォルニア将軍はまともに座る時間すらなかった。
(……妙だ。国境のあの辺りを制圧するのに、なぜこの規模の軍が必要だ?)
慎重すぎる──。
クルシオンの精鋭なら、この三分の一で十分だ。
では、この規模で軍を動かす狙いは何だ。
しかし考える余裕は、すぐ別の報告に奪われた。
「将軍閣下! 市街地の治安が急激に悪化しています!」
「……なんだと?」
「各区で同時に小規模な暴動が発生。
政治団体、宗教組織、労働組合……理由は統一されていません!」
「ふざけるな……この状況で何を考えている!」
将軍は激昂した。
「軍警察を出しましょうか?」
「今はクルシオンが最優先だ。兵力は割けん。
治安維持は……」
言いかけたところで、副官が声を潜めた。
「……王弟殿下の護衛団が、すでに何区かで治安回復に当たっているとのことです」
ヴォルニア将軍の目が細くなる。
「ミレイユ殿下が?」
「はい。“やむなく”護衛団を動かしたそうで……」
ヴォルニア将軍は一瞬だけ、言葉にならない違和感を覚えた。
――だが、それはすぐに「今は考えるべきではない」と切り捨てられた。
チッ、と小さく舌打ちしたが、
「……助かる。軍は今、動けん」
そう答えるしかなかった。
治安は悪化し、逮捕者は急増。
その中には、将軍派の地方後援者、軍寄りの議員たちも少なくない。
──元々、逮捕されても仕方のないやつらだ。今は……目をつぶるしかない。
将軍には、国内を気にする余裕などなかった。
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「将軍、クルシオン艦隊、速度を落としています!」
「……何?」
「一部は後退。残りも境界ラインを越える気配がありません」
「……本当に、何がしたい」
将軍は深く息を吐く。
圧力だけなのか。
示威なのか。
それとも、アーグレイア内部の何かと連動しているのか。
「王都の治安は?」
「回復傾向です。王弟殿下が直接指揮を……」
「……あの方が?」
普段、政治に深入りしないミレイユ。
柔らかな印象と裏腹に、今回だけは動きが速すぎた。
ヴォルニア将軍は、確かにわずかな違和感を覚えた。
だが──
宇宙規模の危機を前に、その直感を追う余裕はない。
「……クルシオンを監視し続けろ。
揺さぶりだろうと本命だろうと、一瞬たりとも目を離すな」
ミレイユが治安を掌握しつつあることは、まだ“雑音”にすぎなかった。
現時点では──。
だが、この雑音こそが、
アーグレイアの中枢をひっくり返す“本流”へ変わることを、誰も知らなかった。




