第40話 「激震」
その報せは、軍本部を凍りつかせた。
「……クルシオンが、国境線へ軍を展開?」
副官の声は、わずかに震えていた。
ヴォルニア将軍は、信じられないものを見るように視線を上げる。
「間違いないか?」
「──間違いありません。
偵察報告、三件一致。
クルシオン艦隊の一部が、星間座標〈A-9帯・第六境界ライン〉へ進行中。
アーグレイア中継拠点“ランダ・ステーション”への到達予測、七十二時間以内」
「……そんな馬鹿な」
室内の空気が、一瞬で冷え込んだ。
ヴォルニア将軍は立ち上がり、椅子が後ろへ滑るほどの勢いで前に出る。
「……ありえん」
クルシオンは閉鎖的だが、好戦的ではない。
利を好み、合理を重んじる傾向が強い。
金融と貿易に長け、外交摩擦は極端に少ない。
そして──
戦争を、最も嫌うはずの国だった。
かつてのアーグレイア×クルシオン戦争。
停戦協定が結ばれてから実に20年以上の時が経つ。
以降、これまで両国が緊張関係になる事はなかった。
クルシオンは必ず「損得」を計算する。
見返りのない戦いはしない。
曖昧な威圧もしない。
中途半端な動員など、最も嫌う国だ。
だからこそ──
この動きには、説明がつかなかった。
「奴らが、このタイミングで……?
いったい、何の目的で……?」
将軍の眉間に、深い皺が刻まれる。
三ヶ月後、アーグレイアでは次期王が決まる。
情勢だけを見れば、第三王子リオネル殿下がほぼ確実。
この時期に、クルシオンが軍を動かす理由など、
どこを探しても見つからない。
「全戦力を動員しろ」
将軍は低く言った。
「情報部、諜報班、衛星監視。
使えるものは全部使え。
本当なのか、示威なのか、それとも……裏があるのか。
全て洗い出せ」
「は、はい!」
司令室が一気に慌ただしくなる。
端末が起動し、通信が飛び、指示が連鎖的に走る。
ヴォルニア将軍は、卓上に投影された星図を見下ろした。
戦争そのものを、彼は恐れてはいなかった。
勝ち筋の見えない戦いも、これまで幾度となく経験してきた。
だが──
理由の見えない行動だけは、別だった。
敵意があるなら、対処できる。
野心があるなら、交渉もできる。
だが、目的の分からない軍事行動は、
どんな兵器よりも厄介だ。
「……くそ」
将軍は、かすかに歯噛みした。
理屈では説明できない。
だが、長年の経験が、はっきりと告げている。
これは単純な軍事行動などではない。
──アーグレイアそのものが、変わる予感がする。
──だが、それは何だ。
将軍は拳を握り、机を叩いた。
正体の分からない何かが、
水面下で、先に動き始めている。
状況は、静かに、しかし確実に動き出した。
誰も口にはしなかったが、
誰もが感じ始めている。
──これは、ただの軍事行動ではない。
──“何か”が、すでに始まっている。




